■ 体温を知らない唇
幸村の唇に触れてみたい、と思い始めたのはほんの数日前、ごくごく最近のことだ。
勿論、真田自身そんな素振りはおくびにも出さない。そんな色事に気を取られているなんて知れてしまえば後輩達にも示しがつかないし、何より自分自身が赦せなくなる。
そんな思考をはやく振り払ってしまおうと幸村の方を向けば、タイミング悪く視線がかち合ってしまった。
「あ。真田、なんか隠してるでしょ」
「!」
刹那、心臓が跳ね上がる音が聞こえたような、そんな気がした。
人より無駄に勘の鋭い幸村は少しの機微だけで真田の心理をいとも簡単に掬い上げてしまう。
いってよ、と幸村は真田の心を透かしてみるかの様に挑発気味に身を乗り出してくる。
「おまえに隠し事などはせん、はやとちりはよせ」
「嘘。真田は嘘吐いたらすぐ顔に出るからね。わかるよ、俺は」
思わず顔に手をあてれば、それも嘘だよ、と幸村が可笑しそうにくつくつと笑い声を漏らした。
真田は急いで動揺を覆い隠そうとするが、時、既に遅し。
「……で、なに隠してんの?」
まったく、正にしてやられたとはこの事だ。
「その…だな、」
口籠る真田を逃がしはしない、といった風に刺すような視線で見つめてくる幸村の口元は、僅かに弧を描いていた。
「言わないと離してあげない」
「……、ぅ……」
何者にも染まっていないおまえの唇を自分色に染めたい、なんて。
言えるわけがない。
end.
2012/9/30 加筆修正
御題はAコース様より
[
prev /
next ]
4/303