■ 泣き虫はどっち?

※入学当初の話。真田と幸村は初対面という設定です。



 啜り泣くような声が聞こえた。一瞬空耳かと耳を疑ったが依然、泣き声が止む気配はない。

「……ッぅ、く…、……ッ」

 声を漏らすまいと噛み締めた唇から溢れた嗚咽は運悪く幸村の耳に拾われてしまった。

「誰かいるの?」

 幸村の声に、嗚咽がぴたりとやむ。
 やはり気のせいか、とあたりをきょろきょろと見回した先、倉庫の裏から幸村も着ているユニフォームの裾がひょっこりと顔をのぞかせているのが目にとまった。
 頭隠して尻隠さず、とは正にこの事だ。

「君、……真田くんだっけ?」

 泣き声の主の肩をたたくと、涙や鼻水やらで顔をぐちゃぐちゃにした真田が幸村の方を振り向いた。

「…っ……!」

 驚きに目を見開いている彼にはきっと先程の幸村の声は聞こえていなかったのだろう。真田は急いで涙をジャージの裾で拭くが、誤魔化すには少々対応が遅すぎた。

「練習、終わっちゃったよ?」

 幸村が背後を指差した向こうにはぞろぞろと部室棟に帰る先輩達の姿が見えた。

「とりあえずこれ、はい」
「え……?」

 幸村は頭に付けていた汗止めのヘアバンドをとると、真田に手渡す。

「今はハンカチもってないからさ。だいぶ汚いけどその顔のままでいるよりかは
ましだろ?」
「………」

 真田がヘアバンドで顔を覆うと、ふわりと幸村の汗のにおいが鼻先を掠めた。
 軽く顔をこすれば不思議と気持ちも落ち着いてきて、ぴたりと涙も止まった。

「すまない、…ありがとう」

 そう言って真田がヘアバンド片手に視線を泳がしていると、幸村は不思議そうな顔で真田を見つめてきた。

「どうしたの?どこか具合でも悪い?」
「いや、……これ。汚してしまったから、洗って返さないと……」
「別にいいよ?どうせ帰ってから洗うつもりだったし」

 真田はぶんぶんと首を横に振ると、幸村のヘアバンドを握り締める。

「ちゃんと洗ってから返す」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。真田くんは何組なの?」
「C組、だが」
「じゃあ明日C組まで取りに行くよ」

 そう言ってすっくと立ち上がり駆け出そうとする幸村を、真田が呼び止める。

「ま、待ってくれ!」

「なに?」
「な、名前。名前を教えてくれないか!」

 少々声が裏返ってしまったが、真田は精一杯声を張り上げた。

「ああ。俺は幸村。幸村精市」

 振り返り様に幸村がみせた笑顔は夕焼けをバックに、とても輝いて見えた。

「…ありがとう、幸村」

「どういたしまして!」


**


「よくよく考えてみればあの時一目惚れしたのが始まりだったのかもしれんな……」
「あれがきっかけでよく話すようになったしねぇ。っていうかあの時なんで泣いてたわけ?」
「そ、それはだな……」
「まあどうせ練習試合に負けたとかそんなところだろうとは思うけど」
「!?」

(やっぱり図星か……)


 今や真田の泣き顔なんて拝める機会がめっきりなくなってしまったから、今思えばあれはかなり貴重な瞬間だったのだ。
 あの時のことは今でも鮮明に記憶している。それだけ印象的だったのだ。


「悲しいことがあればいつでも俺が聞いてあげるからね」
「近頃は専ら泣いているのは幸村だがな」
「うわ、なにそれセクハラ発言じゃない?真田の変態―っ!」
「阿呆っ、声がでかいわ……!!」



end.
2012/9/30 加筆修正
御題は自惚れてんじゃねぇよ様より


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