■ この距離がいとおしいのです
「せんせ―、ここわかんない」
「あ―これはこの公式を使ってな、ここに代入するんじゃ」
「うわこれ分数ばっかだし…」
「計算量は多いけどひとつずつ丁寧にやっていったら案外簡単じゃよ」
シャーペンをくるくる回しながらブン太はう―ん、と唸る。
受験を目前にして苦手な数学を強化するためにと家庭教師を雇ってもらうことになった。先生は結構有名なトコに通ってる大学生で、仁王先生っていう。
見た目はちゃらそうでとっつきにくいかな、とか思ったけど話してみたら案外気さくで教え方もめちゃくちゃ上手い。
数学の成績も徐々にではあるが確実に伸びてきてるし、親にも担任にも褒められてブン太は正直舞い上がっていた。
「ねぇ先生。今度のテストよかったらさ、ご褒美になんかくれよ―」
「ええよ、なんでもひとついうこときいちゃる」
「やった、ぜったいだかんな!男に二言はねぇよ?」
「わぁっとる。捕らぬ狸の皮算用いうじゃろ、とりあえず今はこの問題に集中―」
「は―い」
時間はかかったけれど、なんとか本日分のノルマを達成して、ブン太は大きくのびをした。
「せんせ―はさ、」
「ん?」
「彼女とかいんの?」
「おらんよ彼女なんて、」
「へぇ、意外。ぜってぇ女の子とっかえひっかえしてるタイプだと思ってたのに」
「ひどいのう…俺そんな遊んどるように見えるんか?」
「だって先生かっこいいしさ、俺が女だったら確実に惚れてるぜぃ」
冗談めかしてブン太が言ったセリフに仁王はどきりとする。
生徒に手を出すのは御法度だけれど、本当にやってしまいそうでこわい。
「ブンちゃんは可愛いから、おそわれんようにきぃつけよ」
「誰が野郎なんて襲うんだよ―」
あはは、と笑う顔が可愛いすぎて。
――目の前に、おるよ。
-----
2012/5/29
御題は自惚れてんじゃねぇよ様より
[
prev /
next ]
153/303