■ だから命が好き

 濡れた傷口から血が滲む。
 乾いた唇が僅かに開き、微かな呻き声が漏れた。

「ねぇ、いたい?」

 嬉々とした声で傷口を指先でなぞりながら、奴は笑う。

* * *

 実習で負った火傷を治療する為仙蔵は一人、保健室へと訪れていた。
「人の傷口を見てそのような顔をするとは、相変わらず悪趣味だな」
 にこにこと笑顔を絶やさない伊作に対し、仙蔵は皮肉げに言う。
「ひどいなぁ…どれもこれも治療の一環だよ?別に意地悪してるわけじゃないのに」
 そう言って笑いながら傷口に爪を立て、思い切り、抉る。

 ところで、この学園の中で伊作の性癖を知っている人間は一体どれほどいるのだろうか。
 あの狂気を孕んだ瞳を、恍惚とした表情を。
 きっと誰も知りやしないのだ。
 あの笑顔の裏に隠された狂気に、誰も気付いていない。
 それを知る数少ない人間の一人として、仙蔵は冷静に思考を巡らす。
 正直付き合わされる此方の身になってほしい、というのが本音だ。まあ、この程度の痛みにはとうの昔になれたのでさほど問題ではない。それで奴の気が済むのであればそれでいいと、自分の中で結論を下した。
 散々傷を弄くり回し、ようやく気がすんだらしい伊作が今さらながらに救急箱を開く。
「本当、派手にやったね。保健委員の腕がなるよ」
 怪我を悪化させておいて、よくもそんな台詞をぬけぬけと言えたものだ。
「しばらくの間は毎日、包帯まきなおしにきてね」
 思わず漏れそうになる溜め息をこらえ、仙蔵は無言で首を縦に振った。


 火傷を負ってから、はやくも一週間が経とうとしていた。
「そんな怯えないでも…。少しだけ、皮を剥ぐだけだよ?」
 悪魔だ、後退りながら瞬時に、そう思った。
「伊作、いい加減に……」
 眼前に迫る伊作の手から逃れようと、仙蔵は必死に身を捩る。
「おねがい、少しだけでいいから…」
 拒めども伊作がとまるはずもなく。
「伊作!」
 押し倒す形で伊作の両手を押さえつけることに成功した仙蔵は安堵の溜め息を吐き出す。
 しかしその安堵も束の間、狂気が牙を見せる。
「案外君も馬鹿だね。そんなことをして僕がやめるとでも思った?」
 伊作は仙蔵の腹を蹴り上げ、怯んだ一瞬で手を振り解き一気に形勢を逆転させる。
「つかまえた」
 自由になったその両手で、思い切り仙蔵を抱き締める。 瘡蓋(かさぶた)になりかけた傷口に構うことなくそれはそれは力強く、奴は容赦なく仙蔵を抱き締めたのだ。
「ヒトってすぐに傷を治してしまうでしょ?折角の綺麗な傷をなかったことにしてしまう。それが僕は納得がいかないんだ」
 嫌な汗が背を伝った。これから起こるであろう事態に仙蔵は身を強ばらせる。
「仙蔵の傷口はいつ見ても本当に惚れ惚れする。真っ白な肌に赤がはえてとっても綺麗なんだ。あ、でも。仙蔵の苦痛に歪む顔は、もっとすきだよ?」

 流れていくのは血か、それとも涙か。


 今となってはもうどちらでもいい。


end.
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最も善法寺様に提出させていただきました!




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