■ 教えて下さい、先生
「せーんせ、一緒にごはんたべよ」
ふわふわの癖っ毛がふいに食満の頬をくすぐる。
食満はテストの採点の手を止め、眉を顰めながら肩越しに振り返った。
食満がよく私的に無断使用している用具倉庫は南校舎の奥まった一室にあり、よっぽどのことでもない限り誰もこない。
そして誰も来ないはずのこの場所を唯一共有している人物――善法寺伊作は近所に住む幼なじみで、互いを名前で呼び合う仲ではあるのだが如何せん立場が教師と生徒なのであまり大っぴらにべたべたできない。別に恋仲というわけではないが端からみたらそう解釈されるに違いない。しかも学校というものは根も葉もない噂が堂々と罷り通る恐ろしい場所でもある。一度噂の種になってしまえば伊作がどのような目に遭うかなんて想像に難くない。
さらにいうと自分でいうのもどうかとは思うが食満は女子生徒からの人気が頗る高い。
そんな自分が一人の生徒、さらに女子と仲睦まじくしていれば一部の生徒(伊作によるとファンクラブなんてものまで存在するらしい)が黙っていないだろう。伊作が打たれ強いことは知っているがわざわざやられにいく必要もないわけで、だから学校では極力接触を避けている、のだが。
「あほ。俺は今仕事中だ」
「少しだけでいいからさ、ね?」
「あのなぁ…何度も言うが、ここは学校なんだからもう少し生徒らしくだな―、」
聞いているのか聞いていないのか、伊作はさっさとお弁当を広げ始める。
つか絶対聞いてねぇなこいつ。
人の心配を何だと思っているのか。まあ、あほだからしょうがない、か。
「変な噂とかたったら俺もおまえも困るだろ?だから学校では我慢しろ!」
「留三郎のけち!あほ!」
「食満先生だっつーの!小学生かおまえは……」
赤ペンをくるりと回して留三郎は深く深く溜め息を吐き出す。
「あ―、帰りにマック奢ってやるからさ、今は勘弁な」
「……む―」
「そんな顔しても駄目なもんは駄目だ」
食満が再び採点を始めるとようやく諦めたらしい伊作が渋々、といった風に立ち上がり、ぜったい約束だからね!と吐き捨ててさっさと用具倉庫を出ていってしまった。
***
伊作は見た目はほっそりとしているのに関わらず年頃の女子高生とは思えないほどよく食べる。
三人分ぐらいあるかと思われたファミリーセットをぺろりとたいらげてしまうのだからその胃袋の頑強さには心底呆れる。本人曰わく食べても食べても太らない体質らしく、肥満とは縁がないそうで。
「ごちそうさま!」
「…くそ…人の金だと思って……」
自身の財布の中をちらりと確認しつつ食満は若干頬をひきつらせて伊作に視線を戻す。
「おごってくれるっていったのは留…じゃないや、食満先生だもん」
「学校じゃねぇから別に名前で呼んでもかまわねぇよ」
伊作の言うとおり、言い出したのは食満であるので不満を漏らすのはルール違反なのだがそれでもこれは反則だろう。
残りのジュースを吸い上げながら伊作が上機嫌に笑みをこぼすのを横目に食満は下心を見透かされないように理性にブレーキをかける。
何かおごるたびにこんな顔されたら誰でもころりといってしまうじゃないか。度々こうやって二人で食事をしたりするのも自分なりの周りへの牽制でもあったりする。
そう、伊作を護るために。
(そうやって口実ばかりの逃げ道を創るんだ)
→2
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