■ 手緩い悪意

 喉が渇いた。
 夏だからしょうがない、といってしまえばそれまでなのだが。
 空っぽになったペットボトルをゴミ箱に投げ入れ、伊作は大きく溜め息を吐いた。
 ポケットに手を突っ込めば奇跡的に小銭が顔を出す。ぎりぎり缶ジュース一本は買える値段だ。確か食堂の横に自動販売機があったはずだから次の休み時間にでも買いに行こう。
 これ以上我慢して熱中症にでもなれば元も子もないのだから。


 チャイムが鳴ると同時に教室を飛び出す。食堂までは少々距離があるから走らないと次の授業に間に合わない。

「はあっ…は、」

 額に滲む汗を拭い伊作はようやく自動販売機の前まで辿り着く。
 最初から期待はしていないがほとんど売り切れの表示が出ているであろう自販機のボタンを吟味しようとしたその時だ。
 烏龍茶に伊作の手がのびかけた横、一足先に100%オレンジのボタンに触れた指。
 がこん、と鈍い音が聞こえた。
 瞬間、飲みたかったはずの烏龍茶は何者かの手によって100%オレンジへと変貌をとげてしまったのだ。

「ひどい!僕の全財産をかけた烏龍茶が…っ!!」

 その場に崩れ落ちる伊作を嘲笑うかのように仙蔵が100%オレンジを開封、そのまま喉へ流し込む。

「その自販機の烏龍茶は不味いと文次郎が言っていた。これは情報量だ、あとはおまえが飲め」

 中身の半分以上がなくなった缶を手渡され、伊作は不満を隠しきれない、といった風に頬を膨らませる。

「…不運だ……っ」
「ん?何か言ったか?」
「別に!」

 仙蔵に逆らえるわけもなく、伊作は諦めて深い深い溜め息を零す。

 甘ったるいそれを一気に飲み干して、まあ水分を補給できただけましか、とポジティブ思考に切り換えた伊作は存外穏やかな心境で再び仙蔵に視線を移す。

「ところで伊作、こんなところでのんびりしているのは結構だが時間は大丈夫なのか?」

 嫌な予感がして時計に目をやれば授業が始まるまであと二分をきっていた。しかもよりにもよって次の授業は木下先生だ。遅れたら何を言われたものかわかったもんじゃない。


「こんなことなら教室で大人しくしておけばよかった…!」


 全力で廊下を疾走しながら伊作は額から滲み出る汗に構うことなく教室を目指した。



end.
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どこまでも不運な伊作が書きたかった。伊仙っていうより仙伊な感じがしないでもないけどきにしないきにしない。

御題はDiscolo様より

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