■ 私はその手を知ってる -後編-

 再び留三郎と会ったのは、あれから三日後のことだった。

 留三郎は今21歳。大学には行かず、職を探しながらフリーターをやっているらしい。

 ファーストフード店内でポテトをかじりながら伊作は留三郎と延々とお互いのことについて話し込んだ。
 不思議と会話が弾んで、いつまでも一緒にいたいと、そう思ったけれど。四百年の隙間はなかなか埋まらない。ずっと、ずっと秘めていた想いを吐き出させて。

でも、君は覚えていない。

「なぁ、また会わないか?」

 帰り際にそう言われて、伊作は自分の胸がじわりと熱くなるのを感じた。

「もちろん」、と笑顔で答えて伊作はひらりと手を振る。
「おぅ」、と手を振り返す留三郎の笑顔は、昔と何一つ変わっていなかった。

「伊作」
「なに?」
「なんで、俺の名前知っていたんだ?もしかして俺たち、会ったことがあるのか?」

 私たちは前世では恋人同士で、私はずっとおまえを捜していたんだよ。
 でもおまえに嫌われたくないから、嘘を吐く。

 一息おいて、伊作は笑う。

「今はまだ言えない」

 きっと言えない。


 おまえに嫌われるのが、何よりもこわいから。


***


 会う度に、会う間隔は確実に短くなっていった。

「俺の家こないか?」

 留三郎と“再会”を果たしてから、すでに半年が経っていた。

「え、いいの?」
「俺一人暮らしだし。家、ここの近所なんだ」

 約束を取り付けて、留三郎の家に行くことになった。

 彼が言うように彼のマンションはすぐに見つかった。伊作の家から歩いて十分ほどの所だ。
 留三郎はそこそこいいマンションに住んでいた。なんでも従兄弟が譲ってくれたのだという。

「散らかってるけど気にすんなよ」
「私の家の方が汚いよ―」
「おまえ片付けとか苦手そうだもんな」

 何か飲むもん持ってくる、といって留三郎が席を外す。

 伊作は何気なく部屋をぐるりと見回す。ものの配置を見てみても、昔から何一つ変わっていない。それが何故だか、凄く嬉しかった。

(確かあの辺りに春本とか隠してたんだよね……)

 好奇心も手伝って伊作がサイドテーブルの引き出しに手をのばした、その時。

「馬鹿…っ!」

 後ろから発せられた声に伊作の手がぴたりと止まる。

「そこだけは見ちゃダメだ!」

 顔を真っ赤にした留三郎が一気にまくしたてる。そうするまでに見られたくないものとは一体なんなのだろう。成人雑誌とか――世に云うエロ本というものだ――に対する反応とは少し違う、気がする。

「ごめん…勝手なことして……」
「俺こそごめん…急に怒鳴ったりして、悪かった」

 空気を変えるために伊作が話を切り出そうと息を吸い込む。然しコンマ一秒、留三郎の方がはやかった。

「本当に…なんも見てないんだな?」

 こくこくと頷けれど留三郎の表情は曇ったままだ。

「本当に見てない。これだけは約束するよ」

 未だに見たい、という未練は捨て切れていないけれど、と心の中で付け足す。自慢じゃないけど、嘘を吐くのは得意だ。

「…そっか。疑うような真似してごめんな!」

 いつも通りの留三郎じゃない。貼り付けたような笑みで騙されたりしない。女の勘を働かせれば、嘘を見破るなんて伊作にとっては容易いことなのだ。留三郎なら、尚更。

「嘘吐かないで。まだ気にしてますって、顔にかいてある」

 留三郎は驚いた顔で、伊作を凝視する。なんでわかったんだ、と言わんばかりに大きく目を見開いて。

「ねぇ留三郎」
「ぇ、な、何だ?」

 思わず昔の癖で名前で呼び、しまった、と後悔するがこの際そんな事どうでもいい。

「キスしよう」

「……誰と、誰、が?」
「私と、留三郎が」
「…なんで」
「好きだから」


 嫌?と首を傾げれば、耳まで顔を真っ赤にした留三郎と目が合う。

「……っ、」

「目、閉じてくれ」

 素直に瞼をおろせば軽く唇に指先が触れ、ほどなくして唇が合わせられる。
 ディープまでする勇気はなかったようで、フレンチキスにとどまったけれど。それだけで十分だった。

「俺も、伊作が好きだ」

 知ってたよ、と心の中で呟いて、伊作は留三郎の腰に腕を回す。



唇を撫でる指先に恋した


 ずっとずっと昔に、ね。


***


 付き合い始めて何かが変わったとかそういうわけでもなく、変わったことといえば気兼ねなく手を繋いだりキスをしたりと恋人らしいことができるようになったことぐらい。
 それ以外は、今までと同じ。
 ついでにいうとあの引き出しの中身もわからず仕舞いだった。

「大丈夫留三郎?へ―き?」

 咳き込む留三郎の氷枕をかえながら伊作が心配げに留三郎の額に手のひらをあてる。

「熱、さがらないね―…」

 看護学校に通う伊作は習ったばかりの知識を総動員して様々な手を尽くすが、なかなか熱が下がる気配がない。

「伊作、しばらくそこにいてくれないか…?」
「……うん」

 暫くすると寝息が聞こえはじめ、伊作はそっと手を離す。
 薬も飲んだし、だいぶ落ち着いたから目を覚ます頃には熱もひいているだろう。

――そういえば、前世(むかし)もこんなことあったな―…

 最近は前世のことを思い出すこともあまりしなくなった。
 いつまでも過去に囚われてはいけない、という思いが伊作にはあった。
 現代(いま)の留三郎を好きでいることが今の伊作にできることであると、そう思ったから。


 次の日の朝。
 伊作が思った通り、留三郎の熱は下がった。

「俺さ、変な夢みたんだ」

 安堵の息を漏らす伊作に留三郎はぽつりと呟くように零した。

「俺が忍者みたいな格好して、伊作と山ん中ひたすら歩いてるんだ。それで伊作が穴に落ちて、俺が助ける」

 思わず息をのんだのを、変に思われなかったろうか。
 それは前世の記憶だよ。きっと記憶の欠片だよって、叫びたい。そう、私たちの記憶。

「……それで、どうなったの?」

「泥まみれのおまえが俺に笑いかけて、そこで目が覚めた」

 な、変だろ?と留三郎は笑う。

「でもな、なんか不思議な感じがするんだ」
「……どんな感じ?」
「凄く、懐かしい感じ。故郷に帰ったみたいな懐かしさ」

 伊作はそっか、と呟いて、こぼれそうになる涙を必死に堪えた。

「どうした伊作?」

「……覚えていてくれて、ありがとう」

「それってどういう……」
「ヒミツ。教えてあげない」

 伊作は悪戯っぽく笑って、返事の代わりに留三郎の頬にキスをおとした。


 別に覚えてなくたっていい。だって君が側にいてくれるから。

 いっそのこと、このまましあわせの中に溶けてしまいたい。そう、思った。

 昔も今も、ずっと君が好き。


 いつまでも一緒にいようって、

 そんな約束なんかしなくても、私たちは。




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伏線放置です。すいません……。
続編はそのうち書きます。

御題はDiscoloより

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