■ 私はその手を知ってる -前編-

※転生パロ
※伊作女体化


 深夜二時。
 なかなか寝付けずに何度も寝返りをうって、伊作はベッドから体を起こす。
 散歩がてら、外にでも出ようか。軽く体を動かせばじきに眠気も襲ってくるだろう。
 伊作はジャージに軽く上着を羽織って、使い古したスニーカーをひっかける。
 散歩のついでにコンビニで朝食を買おう。財布もポケットにつっこんで、伊作は意気揚々とコンビニへと歩き出した。

***

 月明かりに照らされて、静まり返った街は思っていたよりも幾分か明るかった。
 五分ほど歩けば通い慣れたコンビニが見えてくる。自動ドアをくぐれば軽快な入店音が店内に響く。店内には誰もいないようだ。
 朝食と化粧品と、あとはお菓子。お金に余裕があったからファッション誌も買うことにした。
 会計をするためレジに向かう途中、ふとポケットに違和感を感じる。

 嘘、どうしよう。不運だ。

 ポケットの底が見事に破れ、忽然と財布が姿を消していたのである。
 家から来る途中で落としてしまったのか。どこで落としたのかも皆目見当がつかない。
 どうしようもない状況に伊作はがくりと肩を落とす。
 買い物どころではなくなってしまった。

「あの、お客様」

 為す術もなく途方に暮れている伊作の肩を、何者かがたたいた。

「財布、落ちてましたよ」

 不幸中の幸いとは正にこのこと。落としたのが店内で何よりだ。不運体質が染み付いた伊作にとっては、この程度のことでも幸運と呼べてしまうのだ。

「あ、ありがとうございますっ」

 伊作は店員から財布を受け取り、何気なく顔をあげる。

「…え……、」

 受け取った財布は、見事に手のひらからこぼれた。

「あの、どうかしましたか?」

 心配そうにこちらを覗き込んでくる店員の顔を、目を丸くして伊作はまじまじと見つめる。

「と、留三郎……?」

「えっなんで俺の名前……」

 目を白黒させる店員の顔を直視出来ないままに伊作は会計を済ませることなくコンビニを飛び出す。

 溢れる涙も拭わないまま、ただひたすら走る。


――やっと見つけた、やっと会えた。


 眩しすぎる月明かりに、目が眩んで。


***


 結局一睡も出来なかった。

 朝食を買いそびれたので、今日は昼まで空腹に耐えねばならない。
 然しそんなことも気にならないほどに、思いの外伊作は動揺していた。

 頭から留三郎のことが離れない。
 生まれ変わって現代に生きてきたこの十九年間、いつ会えるともしれない恋人にずっと想いをよせてきたのだ。
 留三郎の反応からして、伊作のことは覚えていないのだろう。

 神様は、残酷だ、

 会いたくないけれど、会いたい。
 たとえ忘れられているのだとしても、それでも会いたいと。


 足は自然と昨夜のコンビニに向かっていた。
 僅かな期待を胸に秘めて、もしかしたらまた会えるかもしれないなんて、そんな思いを抱いて。

 目的地まで、あと数メートル。足取りは自然と速くなる。

「あの…!」

 懐かしい響きが鼓膜を震わせる。
 びくりと、肩が震えた。

「財布、おいていったから…これ」

 コンビニから出て右手に出たところに、彼はいた。
 伊作を見つけると小走りに駆け寄り、留三郎は落ちないように伊作のバッグに財布を押し込む。

「もしかして、ずっと待ってたの?」

 私が再びここを通る確証なんてどこにもないのに。

「あ―うん、まぁな。カードとかも入ってたし」

 留三郎はそう言ってはにかむ。また、泣きそうになった。


「ねぇ、お礼させてよ。なんかおごるからさ。だから、メアド教えてくれない?」

 このチャンスを逃してはいけないと、そう思った。


「いいぜ。そういえば、名前。なんていうんだ?」

 はじめまして?また会えてよかった?


「善法寺伊作。伊作って呼んで」


後編

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