■ 手に入れて、それで終わり。

 小さく寝息を立てる其の喉に、そっと両手を伸ばして。
 少しずつ力を篭めて、酸素を遮断。苦しげにもがく姿を僕に見せて。
 そんな歪んだ思考が、伊作を徐々に支配していく。
 呻くような声が唇から漏れ、慌てて手を離す。
「いさ…、く…?」
 うっすらと瞼を開け二、三度瞬きを繰り返す。すらりと伸びた睫が揺れて、とても綺麗。
「起きちゃった?」
 仙蔵はとろりした目で伊作を見つめ、幼子のように伊作の腰を掻き抱く。
「今日はやけに甘えるね」
「ん……」
 此の様子をみると、今回は相当きつい忍務だったようだ。学園側も六年生にもなるとなかなかに酷な忍務を強いてくる。
 労るように髪をかきあげれば長く伸ばされた黒髪が広がる。試しに指を絡めてみれば驚く程に滑らかな其れが指の間をすり抜け、伊作の指先に余韻を刻んだ。
「仙蔵の髪は、きれい、だよね」
 僕なんて此だからさ、伊作は自身の伸び放題の髪を摘み苦笑する。
「其れも個性だ。今更どうしようもないさ。それより伊作、髪を結い直してくれないか」
 それよりって、結構真剣に悩んでるんだからそんなに簡単にあしらわないでよ。冗談っぽくそう言って笑みを零し、仙蔵の背後へ回る。
「いいよ。髪紐貸して」
 仙蔵が寝ている間に乱れてしまった髪を解き、質素な麻紐を伊作に手渡す。
「何なら梳いた方がいいよね。ちょっと櫛取ってくるよ」
「手櫛で十分だ」
「手櫛なんてとんでもない。折角の綺麗な髪なんだから丁重に扱わなきゃ」
 伊作が立ち上がって部屋の隅にある棚の中を漁り始め、暫くしてからあった!と歓喜の声を漏らした。
「これ大分前に留三郎に買ってもらったやつなの」
 綺麗な彫刻が施された其の櫛は未だ使った形跡がなく、少し悪い気もしたが一々口に出すのも失礼かと思い、あえて言うことはなかった。
「昔はよくこうやって結い合ったものだ」
「そうだね。僕は不器用だから一人で出来るまではずっと留三郎に手伝ってもらってた」
「私は一日で覚えたぞ?」
「優秀ない組と比べないでよ。どうせ僕はあほのは組なんだから」
 頭を動かさないよう抑え目に笑い、改まった様子で仙蔵が切り出した。

「其れは兎も角、一つ聞いてもいいか?」

 他愛のない会話の最中、仙蔵がこのような声を出すときは決まって腹の内を話す時。要は大事な話ってこと。

「何?」
 其処まで考えた上での返事。茶化す事はしない。
「先程、何故私の首を絞めた?」
「あ―、やっぱ気付いてるよね…」
 あそこまでやって気付かないわけがない。
 とっさの言い訳も思い付かずに、伊作は狼狽えた。ここで嘘を言った所で仙蔵に見抜かれてしまうだろう。それならば洗いざらい話してしまった方がずっといい。

「最初はね、綺麗だなって思ったの」

「それで?」

 有無を言わせない、そんな顔で相槌を打たれて益々話しづらくなるが、耐える。
「しがない独占欲だよ。仙蔵を僕一人のものにしたい。…手に入れたいって思ったんだよ」
「手に入れて、其の後は?」
「手に入れてそれで終わり。後の事なんてはなから考えてない」
 自分で言いつつ、なんて理不尽なんだと、思わず溜め息を吐いた。
 自分でさえも持て余している此の独占欲を今更どうしようってわけではない。只時々さっきみたいに確かめて、安心しているだけ。仙蔵は僕のものだっていう確認をする為の儀式みたいな、そんなもの。

 髪を結い終わり、麻紐をしっかりと固定する。
「はい、出来上がり」
「…有難う」
 嫌われたかな、と思ったけれど仙蔵は意外にけろりとしていて、何事もなかったかのようににこりと笑ってみせる。

 高めに結い上げられた髪がふわりと揺れる。思わず其れに見とれて、息をするのも忘れた。

「やっぱりきれい」

 後ろからそっと抱き寄せて、一時の支配感に酔いしれる。
 首筋に手をあてて、脈を確認。


「いっそこのまま殺してくれてもかまわないぞ?」

「やだなぁ、冗談はよしてよ」



 本当に殺したくなっちゃうでしょ?



end.
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伊作さんは自分の抱える殺人衝動を首絞めたりして抑えてると思うんです。
人一倍支配欲の強い、貪欲な人間である故に。

御題はDiscolo様より



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