■ 月酔い


 月は下弦。雲は風に流され、夜空に浮かぶ月の輪郭を酷くはっきりと感じさせる。
 肌を撫でる風は遠く向こうから血の匂いを運び、全身の毛がよだつ。それが、尚更心地よかった。

「今日は月が綺麗だね―」
「…よくもこの状況にそんな台詞を吐けるものだ」

 五年生の野外実習で不運にも他の城との戦に巻き込まれ、多数の負傷者が出たらしい。教師陣の手が足りず急遽六年生が駆り出され、負傷した者を手当てしてまわっているのだ。
 あまりに突然の事態に皆が混乱している中、悠長に鼻歌を唄いながら縫合しているのが保健委員会委員長の善法寺伊作である。

「血の薫りと相俟って、凄く興奮する」

 低く呻く久々知の腕の斬傷を縫い終えた伊作は嬉嬉とした声音で呟きを洩らす。

「……ッ、…!!」

 憤りを露わにする久々知を制し仙蔵は傷に響かない程度に肩をたたく。

「すまんな久々知、今日は負傷者が多いものでな。今日は自室に戻って休め。また明日にでも傷の様子を見せてくれ」
「…はい、有り難う御座いました」

 不満を隠せない様子の久々知は渋々といった風に立ち上がり廊下に出た後、わざと大きな音を立てて障子を閉めた。

「どうしたんだろう久々知、あんなに怒って」
 我関せずの姿勢を貫き通す伊作を余所に内心久々知にかなりの同情心を抱いていた。
 治療の腕はプロ顔負けであるが如何せん性癖というか、性格に問題がある。
 血を見ると興奮するとか、その程度であればまだ良かったのだが未だ奴の性癖については理解しかねるところが多々ある。むしろ理解したくない、といった方が正しい。

「もう怪我人はいない?」

 “保健委員長”の顔に戻った伊作は軽く辺りを見回し誰もいないことを確認すると新野先生に挨拶した後さっさと自室に帰ってしまった。

「立花くんもご苦労様です。あとは私たち教員が処置しますから今日はもう休んで良いですよ」
「はい、ではお先に失礼します」

 仙蔵は軽く一例するとその場を後にする。正直はやく血の臭いから離れてしまいたかった。

 相変わらず月は煌々と辺りを照らす。

 仙蔵は溜め息をひとつ零し、空を仰いだ。




「どうにかならないんですかあの人…!!」
 久々知が憤るのも尤もである。

 翌日、保健室でなく何故か仙蔵の部屋にやってきた久々知は息をつくまもなくまくしたてた。

「どうもこうも、あいつはどうにもならん。出来るならとっくにやっているさ」

「……すいません、取り乱してしまって」

 久々知の気持ちは痛いほどわかる。仙蔵も昔似たような目に遭った。
 人の気も知らないで意気揚々と手当てする伊作に不謹慎だ無作法だと散々喚き散らしたこともあったが奴は何も変わらなかった。
 高学年ともなれば諦めが先に立ち回って、最早怒りも湧いてはこなくなった。

「替えの包帯はあるんだろう?巻いてやるから遠慮せずこっちに来い」
「失礼します」

 久々知の腕に包帯を巻きながら仙蔵はまた昨晩の月を思い出す。



end.
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オチないです(`・ω・´)キリッ
異常性癖な伊作を書こうとして玉砕しました…(笑)


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