■ 愛しくて哀しくて

「別れよう」と言った。

正常な思考ならばそれが正解。

こんな生産性も将来性も無い関係は続けていられない。

卒業して、互いにプロの忍者になるなら尚更。

「嫌だよ」

しかし伊作はそれを拒んだ。

「嫌だよ、仙蔵。どうして?」

「理由など無い。あったってお前は納得しないだろう、伊作」

私は敢えてぞんざいに答えたが、伊作は私の腕をつかみ、詰め寄ってきた。

「当然だ。仙蔵と別れるなんて、考えられないよ」

ひたむきな眼差しが真っ直ぐに私をとらえる。

そういうところが好きだった。

下心もよこしまな想いも無く、純真な気持ちで私を求めてくれたから。

だけどこの学舎を出ていくなら、いつまでも手を取り合っているわけにはいかない。

そんな甘い考えでは、きっと生きていけない。

「離せ」

「嫌だ……!」

伊作は必死で首を横に振った。

「今日からはもう、私のことなど考えるな」

「そんな……無理だよ、そんなの……できるわけない」

「君のことを考えない日なんて、一日もない」と弱々しい声で言い、私を壁に追いつめる。

「駄目だ、伊作。私たちはもう離れたほうが……」

私の言葉は途切れた。

伊作が懐から苦無を取り出したからだ。

それは鈍色の光を放ち、伊作の眼球に反射した。

運動場のほうからにぎやかな声が聞こえてくる。

そよ風が私と伊作の髪をなびかせる。

「君が僕から離れていくなら」

伊作は哀しげに言った。

「……僕が生きてる意味はない」

苦無の鋭い切っ先が真っ直ぐに伊作の首筋に向いた瞬間、私は考える前にそれを力一杯叩き落としていた。

ゴトンと激しく重い音を立てて、床に苦無が転がる。

後から遅れて、私の手に恐怖の震えがきた。

「……何を、馬鹿な……」

辛うじて口から出た言葉はそれだけだった。

もしかしたらたった今、目の前で起きていたかもしれない事態を想像するだけで、身の毛がよだつ。

伊作は私に向き直り、「だって」と呟いた。

「好きなんだ……仙蔵」

か細い声はどこか悲鳴にも似ていた。私はなすすべなく、伊作に抱きしめられた。

「仙蔵……仙蔵……」

震えている声で繰り返し、伊作は私の名を呼んだ。

その腕の力はだんだんと強くなり、背骨が軋む。

私は痛みを堪え、伊作の背中に手を回した。

「……馬鹿。本当に馬鹿だ、お前は……」

そして、そんなお前の腕の中から抜け出せない私も。



























 
愛しくて
哀しくて
息もできない
と云うのに




































題:泳兵


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