■ お願い、今だけは


 初めて手を繋いだときも、初めて唇を合わせたときも、初めて体を繋げたときも、伊作はありったけの優しさをくれた。


「痛…っ、ゃ、め…」

 両腕を麻縄でひとくくりにされ、さらに目隠しまで施された仙蔵は必死に身を捩って精一杯の抵抗をはかる。

「仙蔵は僕のこと、好き?」

 伊作の言葉に無意識にこくこくと頷けば、含み笑いの後にそっと目隠し布を外される。
「仙蔵は僕のこと、好きでしょう。だから、ね?」
 目の前に翳された苦無が月明かりに反射して鈍く光る。そうすると同時に細められた目は仙蔵の怯えた顔をくっきりと映し出した。

「後生だから……伊作…っ」

 やめてくれ、と懇願する仙蔵の言葉ははたして伊作に届いているのだろうか。

 握られた苦無が音もなく振り下ろされる。皮膚を裂かれると共に走る鋭い痛みが仙蔵の体を駆け巡った。

「ぁあ゛、あぁぁっ!!」

「…好き……僕、仙蔵が好きでたまらないんだ」

 痛みに慣れきっているはずの身体であれども見事に急所をつかれれば悲鳴の一つや二つ、出るものだ。
「綺麗…、…」
 恍惚とした声音は静かに仙蔵の鼓膜を震わせる。いつのまにか溢れていた涙は次々と頬を伝い落ち、白い肌からは鮮血が溢れ、こぼれる。


――痛みが欲しかったんじゃない。ただ、優しさを求めていただけ。

 言葉にさえ紡ぐことはなかった叫びは、血か涙か。

 痛みに溺れた先、意識は闇に沈んだ。


* * *

「伊作が恐ろしい、と?」
 事の一部始終を聞き終えた文次郎はそんなまさか、と訝しげに首を捻った。
「私は伊作を好いている、勿論伊作は私を。けれど、」
 思い詰めた表情を見るに、けして文次郎をからかっているわけではないらしい。黙り込んでしまう仙蔵に文次郎は言葉を選びつつも口を開く。
「…おまえはどうしたいんだ、伊作を」

――そんな奴放って、俺と。

「私の伊作への想いは変わらないさ。きっと伊作も思うところがあるんだろう、きっと…そうだ」

 そうじゃない、なんて言えるわけがなかった。
 思う詰めた表情の合間に愛しげな感情が見え隠れする。
 文次郎の入る余地など初めからなかったのだ。それをはっきりと自覚する。

「まあ、また何かあれば俺に言ってこい。少しは助けになってやるから」

――俺だっておまえを、

 はぐらかした感情に気付かれてはいないだろうか。
「…有り難う、」
 胸を掻き回されるような掻痒感に翻弄されるばかりだ。


――好いているなんて、言うのが遅すぎた。


* * *

 一瞬、何が起こっているのかわからなかった。
 赤く熟れた唇が己のそれと重なっている。全くといってわけがわからなかった。
「せ…仙蔵……っ!?」
 急に帰ってきたかと思いきや押し倒された挙げ句に唇を奪われた。
 泣きはらした目元は真っ赤に腫れ上がり、端正な顔は涙に濡れて霰もない状態だ。
「頼む文次郎…、…私を、抱いてくれ」
 混乱する思考は収束をみせないまま混沌の渦の中へと堕ちる。今までくすぶっていた仙蔵への恋情が募るところまで募った挙げ句の昏倒だ。あくまで仙蔵は伊作を好いている。然し文次郎に抱いてくれと頼むまでのことを伊作にされたという考えは安易にしろ遠からず、といったところだろう。
「おまえ…」
 言葉に詰まる文次郎を余所に仙蔵は制服を脱ぎ捨て白い肌を露わにさせる。
「――…!!」
 体中に刻まれた幾筋にもわたる赤い線。苦無かその類、人為的に施されたものということだけは一目見るだけでわかった。
「な、んだよこれ……」
「何も聞くな、何も」

 以前相談してきた時もかなり憔悴している様子だったが、まさか、ここまでとは。

 俯く仙蔵の震える体を頭から抱き込み、文次郎は無言のまま腕に力をこめる。


 先行きの見えない螺旋の渦の果ては知れない。其処に踏み込むことがどの様な結末を招くか等、今の文次郎にとっては至極どうでもよいことだった。

「好きと、云って呉れないか」
 せめてもの願い、それは余りにも愚かしいものであると文次郎自身わかっていた。


「好き、だ」


 忘れることなど出来ない夜の帷は、すぐそこで幕をあけていた。



end.
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とてもわかりにくい解説→→→
ヤンデレ化した伊作が怖くなった仙蔵がよりにもよって文次郎に相談し後にその事が発覚。→仕置き。きっと伊作さんは浮気されたと思ったんですね。で、仙蔵は自分のことを文次郎が好いているのを知っていたので現実逃避的な感じに抱かれにいった、という流れです。
わかりにくいことこの上ないです(笑)
この話は時間の余裕があればまたリメイクしたいです。

余談はこれくらいにしておくとしまして。リクエストしてくださいましたるね様、大変お待たせしてしまって本当に申し訳ありません…!
少しでもお楽しみいただければ幸いですそしてかなり伊作がでばってしまいました…ぶっちゃけ管理人の趣味です、すいません…(汗)


ではでは、るね様、リクエスト有り難う御座いました!!


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