■ 「ほら、すぐ泣く。」

※年齢操作です。

 目尻に涙を一杯に溜めて尚、文次郎は泣いていないと言い張った。
 そもそも会計委員は屋内で活動する委員会なのだからケガをすること自体ある意味で不自然だ。
「一昨日きたばっかりじゃない」
「保健委員なんだから手当てしろバカタレ!!」
「見栄はるのはかまわないけどさぁ―…」
 文句を言いつつも他の保健の先輩や先生が全員出払っていたので、仕方無く伊作が手当てをすることになった。
「じっとしててね」
 傷口を水洗いするぐらいは自分でやったらしい。毎日のようにケガをしていればそれくらいは学習して当然かとも思うところであるが。
 然し、ろ組の七松みたいな奴もいるから保健委員としてかなり骨が折れるわけだ。どうにもこうにも、七松だけは相手をしたくない。
 こうも野生児ばかりではいくら手があってもたりないではないか。
「……っ…」
 痛みを必死に堪えて下唇を噛み締める文次郎の目尻からは耐えきれなくなった涙の筋が幾つもこぼれていた。
「ほら、すぐ泣く」
 上級生の先輩方はケガをしてもけろりとした顔をしている。同い年の一年生も痛がりはすれども滅多に泣きはしない。毎回のように泣くのは文次郎だけなのだ。
 今まで散々甘やかされてきたのか、それとも生まれつきの性格故か。伊作には関係のないことであるので、これ以上の詮索にまでは踏み込まない。
「あまり泣いてばかりいるとまた留三郎に馬鹿にされるよ?」
 禁句とも思われたがこのケガの原因となったであろう同室の名前を出してみるが、あまり効果は見込めそうになかった。
「しょうがないなぁ…ほら、こっちおいで」

 曰わく伊作は“お母さん”位置である、と後に仙蔵から聞いた。
 泣きじゃくる文次郎をあやすのが日課となりつつあったあの頃、その形容はあながち間違いではないな、と一人納得していた伊作なのであった。



「一年生の頃はよく泣きながら保健室きてたのにねぇ…」
「え、潮江先輩が!?」
「ばっ…余計なこと言うんじゃねぇよ!!」
「そうそう。俺に喧嘩で負けてはすぐに伊作に泣きつきにいってたっけか」

 突如舞い込んできたバレーボールによって破壊された保健室の修復の為手の空いていた文次郎と留三郎、三年生の富松と共に修繕作業を進めている中、ふと思い出したとばかりに伊作が口を開けば嫌な思い出を掘り起こされた文次郎は顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。
「今はあの頃の可愛らしさは微塵もなくなっちゃったからねぇ…」

 意地悪げに視線をよこす伊作に言い返す術もなく文次郎は眉根をよせるばかりで。
 ある意味で今も昔も変わらないな、と。

 静かに、溜息を漏らした。


end.
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文次郎ってきっと一年生の時とか泣き虫だったよね、という妄想から派生してこうなりました。
食満にも負けるぐらい弱かった文次郎が地獄の会計委員長と呼ばれるまでに成長したって感じですかね。

御題はDiscolo様より


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