■ 気付いてしまった本音

「ね、髪結わせてくれない?」
 突然声をかけられ、仙蔵ははたと目を瞬かせる。
「私の、か?」
 四年生に転入してきたという最近学園内で専ら噂の斎藤タカ丸。六年生とは同い年であるので、彼自身気兼ねなく話しかけてきたのだろう。
 それにしても髪を結わせてくれとはまた面白いことを言い出すものだ。
「うん!立花くんの髪ってすごく綺麗だから、一度でいいから結わせてもらいたかったんだ」
 目を爛々と輝かせる斎藤は興奮気味に仙蔵を見つめる。
「まあ…別に構わないが」
 特に断る理由もないのであっさりと承諾すれば斎藤は何度も礼を言った後、軽やかな足取りで走り去ってしまった。


「ほぅ、四年の斎藤か。また変なのに目をつけられたな」
 斎藤に声をかけられた日の晩。斎藤の件を文次郎に話せば思いの外意味深な反応が返ってきた。
「髪を結うぐらいなんてことないだろう?」
「ま、そうだといいけどな」
「?」
 文次郎のさらに意味深な物言いに仙蔵は首を傾げるが、特に気にも留めずそのまま床についた。

 そう、その後に起こる災難など知る由もなく…―


 早朝の六年長屋はしんと静まり返っている。
「これでよしっと、」
 ふう、と一息つくとタカ丸は満足げに仙蔵の髪を整えにかかる。
「忙しいのに本当にありがと―」
「一流の髪結いに結ってもらうことなどなかなかできないからな。いい経験をさせてもらった」
「一流だなんて、全然そんなことないよ―。僕はまだまだ未熟の見習いなんだから!」
 はい、おわり!斎藤のその一言を合図に、仙蔵は凝り固まった体を思い切り引き伸ばした。
「ん?」
 すう、と微かに鼻を掠めた匂い。
「この香りは…」
 嗅いだことない不思議な香りに仙蔵は不思議そうに神経を研ぎ澄ます。
「ああ。これ香付きの南蛮の麻紐なんだ」
「そんな高価なものを私がもらってしまっていいのか?」
「常連さんがタダでくれたものだから全然いいよ―、気にしないで」
「では有り難く受け取ろう」
 仙蔵はにこりと微笑みタカ丸を見送ると、身支度を整え早朝の空気を思い切り吸い込んだ。


「だから言ったろう。おまえは変な所で抜けているからそんなことになるんだ」
 机に突っ伏して苦しげに呻く仙蔵を見て文次郎は深々と溜め息を吐いた。
「要はその斎藤が客からもらったっていう髪紐は媚薬かその類の効能のあるものだったってことだろう。暫くすれば抜けるだろうが…っていうかとっとと髪紐を解かんか!」
「折角結ってもらったものを解くのは惜しいではないか」
「馬鹿かおまえは。斎藤にはめられたってのにまだそんなこといえるのか?」
「忍術の知識も浅い斎藤がわざと私にこのような真似をしたとは到底思えない」
 呆れた様子で文次郎は苛立たしげに何度目かもわからない溜め息を吐いた。
「本当に甘いな、おまえ」
 文次郎はとっていた筆をおき、その場を立ち上がる。
「今から鍛錬か?」
「…伊作から薬を抜く薬をもらってくる」
 仙蔵は突っ伏していた体をわずかに起こし、皮肉げに笑う。
「おまえも私のことを言えた口ではないではないか」
「どういうことだ?」
「おまえは私に対してはとことん甘くなるからな」
「何、…悪いか」
「いや、かまわんさ」

 仙蔵はそう言って薄く微笑むと、文次郎にひらりと手を振る。

「素直に甘えられる相手なんて、おまえの他いないのだから」

end.
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タカ仙を書くつもりが最終的に文仙になるっていうミステリー…(笑)
元拍手文でした。

御題はDiscolo様より

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