■ 灯火は未だ消えず

 燃えるような紅を薄く唇にのせ、はらりとおちる前髪をそっとかきあげる。
「さすが作法委員長、見事なものですね」
 無人かと思われた作法委員会室。自室より化粧道具が揃っているからといって早朝から訪れてみれば、泥まみれの綾部が先に部屋を陣取っていた。
「当たり前だ。元から女装は得意分野だからな」
 手早く着替えを済ませ、身支度を整えた仙蔵は得意気に笑って見せる。
「ところで、今日は何の実習なんですか?女装の試験とか?」

 確か女装の実習に本格的に入ったのは四年生の頃だったか…ふと、そんな事が頭の隅をよぎる。そういえば始まった当初から女装の成績は学年で群を抜いて一番だった。

「まぁ…ちょっとな」
 綾部は首を傾げるが、仙蔵がそれ以上は何も言わないのをわかっているので特に気に留めることなく気の抜けるような声で「お気を付けて―」と見送ってくれる。
 仙蔵は僅かに苦笑を浮かべると、ひらりと手を振って委員会室を後にした。

* * *

 今回の実習も無事合格。

 首まわりを気にしながら、仙蔵はばさばさと着物を脱いでいく。
 誰のともつかない汚い体液でべとべとになった体を、一刻もはやく洗い流してしまいたかった。

「あ、先輩。帰ってたんですか」
「…ああ」
 作法の委員会室に顔を出せばまた綾部が我が物顔で先に陣取っていた。

 体中についた赤い痕。
 綾部は一瞬息をのむがあえてそれにふれることなく目を逸らす。
「今日の委員会はどうしましょう」
「すまないが今日は休みだ」
 思っていたより私は疲れているようだからな、そう言って仙蔵は着ているものをすべて脱ぎ捨てると、汚れるのもお構い無しにその場に倒れ込んだ。
「そんなことしたら着物がよごれちゃいますよ」
「……いいんだ、今は」

 赤い斑点は首まわりに留まらず、体中至る所についていた。
「…あまり人の身体をじろじろ見てくれるな綾部」
「………すいません」

 仙蔵は暫くしてから思い立ったようにむくりと起き上がり、先日購入したばかりの香を焚き始める。
「…それ、結構高かったのに。勝手に使っていいんですか?」
 仙蔵にまだいたのかという視線を向けられても綾部はそこにいることがさも当然であるかのような憮然とした態度で仙蔵を見上げてくる。
「他の委員には黙っておけ。少しくらい私的に使っても罰はあたらんだろう?」

 今更ながら湯呑みに行こうかとも思うが生憎着替えを自室においてきてしまった。今から取りに帰るのも面倒くさい。
「こんな所で寝たら風邪をひきます」
「私は優秀だから風邪などひかない」

「そんなこと言って先月風邪をこじらせたのはどこのどいつだ」

 突然聞こえた声に仙蔵はびくりと背を震わせる。
「後輩の前でそんなはしたない姿を晒すな。…まったく」
「うるさい。おまえに説教を受ける覚えはない」

 文次郎の手には一式の着替えと手拭いが抱えられており、それを認識した仙蔵の目の色が変わる。
「おまえにしては気がまわるじゃないか」
「どうせそんなことだろうと思った」
 文次郎は深々と溜め息を吐くと仙蔵を引き摺るようにして部屋を出て行く。
「付き合わせて悪かったな綾部。こいつは俺がどうにかしておくから」

 二人が去った後、綾部はつまらなさそうに舌打ちをもらしたのを、文次郎は聞き逃さなかった。


「怨むな綾部、仙蔵(こいつ)は俺のものだ」


end.
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文次郎に嫉妬する綾部がマイブームです。

御題はDiscolo様より


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