■ 感情の針が振り切れる

「ごめんね、仙蔵。僕のせいで点数なくなっちゃった」
 仙蔵の腕に包帯を巻ながら、伊作が物憂げに溜め息を吐く。
 そんな伊作を一瞥して仙蔵は自嘲気味に笑ってみせた。
「近頃山賊が出ると云う話はよく耳にしていたからな。私達は運が悪かったんだ。仕方がないさ」
「でも本当参っちゃうよね。幾ら不運って云っても此処迄きたらどうしようもないや」

 伊作は何時もこうやって自分の失態を自身の不運体質のせいにする。まるで其れが当たり前だとばかりに。
 不運だ何だと云った所で最終的に周りに多大な迷惑をかけていると云う事実に変わりはないのにも関わらず、だ。それでも其れを周りが許容してしまうのは伊作の性格故なのだろう。
 仙蔵は伊作のそういう所を酷く嫌っていた。不運だ、と言って笑ってなんでもやり過ごせるなんて狡いじゃないか。そんなの、狡い。其れを許容する周りの人間も、皆狡い。
 今回の忍務も伊作が怪我人を手当てするなんて馬鹿な事を言い出さなければ山賊に襲われることもなかった。彼処で怪我人等無視して直ぐに学園に帰っていれば無駄な労力を割かずに済んだ筈だ。
 保健委員だから。其れが何だというのだ。其れが助ける理由に等なってたまるものか。

「えっと…仙蔵?」
 ふいに声を掛けられ我に返る。腕の手当てが済んだらしい。伊作が包帯を丁寧に救急箱に仕舞う。
「暫くは動かさない方がいいかも。無茶をしないのなら実技の授業とかは普通に出ても大丈夫だと思う」
「ああ、色々と済まない」
「それにしても今日は災難だったよ。まさか山賊に襲われるなんてね。でもお互い軽傷で済んだからある意味で運がよかったのかもしれない」
「それもそうだ」

 自分はその時、一体どんな顔をしていたのだろう。

「どう、したの?そんなこわい顔して」

 顔を覗き込むようにして伊作に見つめられ、心の奥で燻る想いが沸沸と沸き起こる。
「ねぇ、仙蔵ってば」
 その一言で、何か糸が切れたかのように感情が溢れ出した。理性が弾けて、止まらなくなって。

「誰が認めてやるものか、この臆病者め!!」

 突然大きな声を出したせいか、語尾が微かに震える。大きく目を見開いた伊作が仙蔵を凝視。がたん、と伊作の手から救急箱が落ち、中身が辺りに散乱した。

「おまえがあんなことを言い出さなければ今頃こんな所にはいない。おまえは他人が死にゆく姿を見るのを恐れているのだろう?だから訳の分からない理由で敵味方構わず手当てして回る、そうだろう?不運だとかなんとか言って何時までもやり過ごせるなんて勘違いも甚だしい。何か言いたいことがあれば今すぐ私に言ってみろ伊作!!」

 呆気にとられて呆ける伊作の胸ぐらを掴みあげ、仙蔵は怯えた様子の其の瞳を思い切り睨み上げる。
「仙、蔵……」
 困ったな、と言って視線を泳がせる伊作は仙蔵の腕をそっと掴み、先程と同じく笑ってみせた。

 数秒間の、沈黙が訪れる。

「……忘れろ。今の私は、どうかしている」

 ぱっと手を離し、伊作を解放する。

「きっと忍務で疲れたんだよ。今日はゆっくり体を休めた方がいい」
「……うん」

 違う、臆病者は私だ。伊作が何も言い返してこないのを分かった上でこんなことして伊作を困らせて、己の動揺を鎮めようとしている。
 過ぎたことに固執して、怯えて。
 そうして伊作に当たっている。
 これでは年端のいかない餓鬼と同じではないか。
 其れを自覚した所で此の感情に蓋は出来ない。

「……ひとりで抱え込んじゃ駄目だよ。苦しくなったら、泣いてもいいんだ。立ち止まってもかまわない」
「…や、めろ。言うな、」
 理不尽な仕打ちをされても尚、こうやって優しく接してくれる。そんなもの、狡い。

「こわかったんだろう?」

 馬鹿みたいに温かい腕が、強張った仙蔵の体を包む。
 そんな風に抱き締められたら、泣くしかないじゃないか。

「……ッ、ぅ…」

 大きな声で泣いたりはしない。

 だって、この声を聞いていいのは伊作だけなのだから。


end.
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補足説明→→
仙蔵は低学年の頃に山賊に犯されかけたのがトラウマで未だにその事を引きずっていて、その事を知っている数少ない人間の一人である伊作が時折慰めてあげる。という話でした。
わかりにくくてすいません…。また番外編みたく細かい所も書いていきたいです。

個人的に偶にヒステリックになる仙蔵をヒーリングする伊作、というのが好きです。
マイナー過ぎますね(笑)一体どれぐらいの需要があるのか…

御題はDiscolo様より



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