三千世界の鴉を殺し

 久しぶりに訪ねた幼馴染みの家。レッドはやはり帰ってきていないそうだ。それでもおばさんから、元気にしてはいるらしいと聞いて、少し安心。そのまま「悪いんだけど、少し留守番をしててくれないかしら」と頼まれた。どうやら宅配便が届くそうだ。すぐさま頷いて、おばさんの背中を見送った。
 さてどうしよう。勝手知ったる他人の家。昔はよく一緒に遊んだものだ。ポケモンを貰う前は特に。ふと思い至って、レッドの部屋へと向かった。今彼の部屋は、どんな感じなのだろう。

 レッドの部屋は、記憶にあったものと、殆ど変わっていなかった。むしろ寸分違わぬと言っても過言ではない。本棚にはポケモン関連の書籍がずらりと並び、小型テレビにはゲーム機が繋ぎっぱなしになっている。それはここ数年、どうやら少しも触られていないようだ。唯一今でも使われているだろうと思われるのは旧式のパソコンで、道具を預ける為だけに存在しているようだった。
 あ、これ、私が昔あげたやつじゃない?
 棚に飾られているピカチュウドールを見て少し笑う。いつからだろう、彼はずっとピカチュウと一緒に居るようになった。進化はさせないのだろうか。もしそのつもりなら、今度はでんきだまをプレゼントしよう。
 やがて名前は、主不在のベッドに腰掛けた。改めてレッドの部屋をぐるりと見回す。いやに広々としている気がした。ここに彼が居ないから、だろうか。

 レッドは時々、おばさんにだけは生存確認の連絡を−−もとい、電話をしてくるそうだ。元チャンピオンだろうとそうでなかろうと、母親には逆らえないらしい。そのタイミングもまちまちで、気の向いた時に麓のポケモンセンターまで降りてくるのだとか。何せ、シロガネ山の頂上はいつでも猛吹雪、ポケギアは通じない。
 それを聞いた時、名前は思わず「良いなあ」と呟いてしまいそうになった。慌てて押し留めたが、それが本心だということには変わりない。名前は、レッドに恋をしていた。いつの間にそうなったのかは知れないが、時々こうして居ないと解っていながら彼の近況を聞きに来るくらいには、好いていた。
 レッドは自身の母親には連絡を寄越すものの、ただの幼馴染みには一言もくれやしない。まあ当たり前といえば当たり前なのだが、彼への恋心を自覚してらというもの、それがいやに辛く感じられた。もう三年ほど、彼の顔を見ていない。声ですら、聞いていない。
 ぼすっと持ち主不在のベッドに横たわる。おばさんが欠かさず手を入れているのか、暖かなお日様の匂いがした。レッドの、匂いがした。


 うつらうつらとし始めた頃、名前の耳に階段を昇ってくる足音が届いた。きしりきしりと音を立て、段々と近付いてくる。おばさんが帰ってきたのだろうか。起きなくては。そう思いつつ、名前はまだベッドから離れられなかった。まあ彼女だって、いきなり息子の部屋を覗いたりしないだろう。特に用も無いだろうし。
 名前は油断していた。
 がちゃりとドアノブが回されたのは、明らかにこの部屋だった。
 慌てて起き上がった名前と、正真正銘のこの部屋の主、二人の視線が交錯する。
「レ、レレレレッド!」
「名前……?」

 レッドだった。私の幼馴染み。カントーリーグの元チャンピオン。何の音沙汰もなく、突然シロガネ山に籠もり始めた変人。そして、私の大好きな男の子。
 記憶にあったレッドより、今目の前に居る彼は少しだけ変わっていた。声が少し低くなっていた。そして色が白くなっていた。彼の肩に乗る電気鼠が、不思議そうに名前を見遣る。
 名前は混乱していた。誰かキーの実ください。
「ほ、本当にレッド? 幻じゃなくて?」
「………………」
 レッドは何も言わなかった。元より彼は無口なのだ。ポケモンバトルの時ぐらいにしか声は出さない。しかしその顔は雄弁で、「こいつ何言ってんの」とでも言いたげな眼差しを名前に向けていた。俺がレッドでなければ、何なのかと。

「あっ、あ、違、これは別に……!」
「………………」
 名前は今自分が何をしていたのか思い出した。ぱっと起き上がる。見ればベッドは少々乱れていて、名前一人分の凹みが出来ていた。アウチ。
 レッドは口をつぐんだまま、名前の方へと近付いてきた。怒っている様子ではないが、彼が何を考えているのか、はっきりとは解らない。ピカチュウはぴょんと飛び降り、そのまま小さく欠伸をした。
 これはもしかして夢なのか。名前はそう思っていた。レッドに会いた過ぎて、夢に見てしまったのでは。しかし、所在なくそわそわと動いていた名前の手を彼が掴んだので、その考えが間違いだったと解る。レッドは眠たげな眼で名前を見て−−
「レッド、眠いの?」
 頷く代わりに、彼はゆっくりと瞬きをした。立ったまま寝られるんじゃないか、こいつ。

 レッドは名前をそっと押すと、そのまま布団を捲り上げた。そして再び名前の肩を押す。その先は、先程まで横になっていたベッドだ。
「え、何、ええ?」
 じとり、と音が付きそうな目で、レッドが名前を見る。まるで「さっさと入れ」と言わんばかりに。仕方なくベッドの上へ上がると、その後からレッドが入ってきた。ぎょっとする。名前が何を言う間もなく、二人して布団の中に潜り込んでしまった。何これ、どういうことなの。
「レ……レッドさん?」
 レッドは既に目を閉じていた。数年前より大人びたその顔が今、名前の目の前にある。彼の相棒がぴょんとベッドに飛び乗り、もう一度小さな欠伸をこぼした。

 やがて、名前はやれやれとそっと溜息をついた。どうせ、何を言っても通じないのだろう。レッドは昔からそうなのだ。「おやすみ、レッド」と囁くように言えば、「ん」と、小さな呟きが返ってきたようだった。やがて、名前も彼の寝息に誘われていつしか寝てしまった。

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