自分勝手な女

「先輩に会いたいって人が来てますよ」と、職場の後輩に言われた時から、嫌な予感はしていたのだ。それから、「あんな美人と知り合いなんて……まさか彼女さんですか?」という、何とも言えない追い打ち。取り敢えず、彼女ではないと否定しておいた。
 見慣れた職場の1Fホール、そこに彼女が居るのはいささか妙な光景だった。このまま逃げ出したかったが、フブキの方が名前に気が付いた為に、それは叶わなかった。

「久しぶりね。あなた、相変わらず間の抜けた顔をしているのね」
「はあ……会長もお久しぶりです」
 名前がそう言うと、フブキはその綺麗な眉をきゅっと中央へと寄せた。何が気に食わないというのか。ここで怒るべきは名前の方だろう。彼女は名前の堪忍袋が大きいことに感謝するべきだ。
「もうあなたも異能研究会の会員ではないのだから、私を会長と呼ぶのは不自然よ」
「まあ、癖みたいなもんですから」
 名前がそう言うと、フブキは「まあ良いわ」と話を終わらせた。


 解っていた。彼女がただ懐かしがる為だけに名前に会いに来たのではないということは。もっとも、名前がエスパーでなくともそれくらいの察しは付いただろうが。
「率直に言うわね。あなた、ヒーローになりなさい」
「……はあ」
 名前が言葉の意味を呑み込めていないと思ったのだろうか、フブキは解りやすく説明してくれた。珍しく、丁寧だ。フブキは名前を絶対的に下の者として見ているし、名前もそれで良かった。彼女の上から目線はデフォルトなのだ。それにも関わらず、親切に説明してくれる。
 絶対に、裏がある。わかりやすい。
「私には及ばないけれど、あなたにも力はあるのだもの。腐らせておくには勿体ないわ。A級にはなれずとも、B級の上位に食い込むことはわけない筈よ」
「そうかもしれませんね」
「『かも』ではないわ。これは確定していることよ」
「はあ……」
 実のところ、名前には彼女の言いたいことは手に取るように解っていた。しかしながら、それを明らかにはしない。些細なことで彼女を怒らせたくはないのだ。それに面倒なことになるだろうし。
 フブキは、自分の傘下に名前を引き込もうとしている。
 異能研究会の会長だった彼女は今、ヒーローとしてその力を生かしている。確か、彼女の姉も同じくヒーローをしているのではなかったか。首位に固執している彼女は、おそらく自分以下のヒーローを束ねたいとでも考えているのだろう。その為に名前が役に立つとは思えないが、手駒は多い方が良いということか。

 理解の遅い名前を相手に、フブキは段々と苛立ってきているようだった。
 これでいて彼女の言うことをすぐさま読み取ってみせたら怒るのだろうから、まったく自分勝手な奴だと思う。まあ、それが女の特権なのかもしれないが。しかし一番の問題は、その自分勝手な彼女に対し、名前が好意を抱いていることだ。一人の男として、盲目的なまでに。
 名前の思いにフブキは少しも気付いていない。その方が都合が良いには良いのだが。そうでなければ、今日こうして名前の前に姿を現すことはなかっただろう。

 機嫌が悪くなった彼女を宥めるのは至難の業だ。特に何も考えずに「解りました」と言うと、フブキは満足げに頷いた。ヒーローの事情には明るくないが、これは転職ということになるのだろうか。
「良い、名前。あなたは以前と同じように、私に従っていればそれで良いのよ」
「はい、フブキ会長」

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