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 初めは何とか人力で岩を動かそうとしていたが、十二歳の女の子と、背は高いが同じく十三歳の男の子の二人では、埒が明かなかった。名前は少しずつ粉々呪文を使っていたが、焼け石に水だ。
「こっちを掘るっていうのはどう?」名前が目の前の大岩ではなく、右手側の壁を指差した。
 焦りと疲れが滲んでどろどろになった顔で、ロンが名前を見る。
「壁を掘るのに使える呪文、知ってる?」
「掘削呪文なら知ってるよ。まあ、前に使った時は失敗したけど」
 何度か呪文を試したが、突然壁が掻き出され始めたので、名前は慌てて杖を動かした。どうやら杖の振り方が間違っていたようだ。――間違っていたおかげで、冬に黒い湖に沈まずに済んだのだが、必死になっている今の名前はそれに気付かなかった。
 壁が崩れては元も子もないので、少しずつだが、手で岩をどかすよりずっと早い。ロンも岩をどかそうとする手を休め、名前の動向を見守る。やがて杖から伝わる手ごたえが無くなり、灯りを掲げると、岩の向こう側の空間が見えた。それから何とか隙間を広げると、人が通れるくらいの大きさになった。名前とロンは歓声を上げる。ちょうどその時、トンネルの奥から「ロン!」と呼び掛ける声が聞こえた。
「ジニーは無事だ!」ハリーだった。「ここにいるよ!」

「ジニー!」ロンが泣きそうになりながら妹の名を呼び、隙間から腕を出してジニーを引っ張った。「生きてたのか! 夢じゃないだろうな!」
 ロンはそのまま抱き締めようとしたが、ジニーは隙間を通るのにいっぱいいっぱいで拒否した。そんな二人の様子に、名前は心底胸を撫で下ろした。
 ジニーは顔色が悪く、そして泥と埃で汚れていたが、確かに生きていた。ゴーストではない。怪我もしていない。
「ジニー、もう大丈夫だよ。もう終わったんだよ、もう……あの鳥はどっから来たんだい?」
 ロンはジニーを安心させようと、優しく声を掛けていたが、途中で普段の調子に戻っていた。名前が何の事だろうと思っていると、ジニーが通ったそのすぐ後から、白鳥ほどの大きな赤い鳥が現れた。その鳥は優雅に飛翔し、そのまま近くの岩に留まる。
 震えるほど美しい真紅の羽に、孔雀のように長い金色の尾羽。不死鳥だ。
「ダンブルドアの鳥だよ」
 続いて隙間を通ったハリーがそう言った。名前はぎょっとして「ハリー!」と叫ぶ。
 ハリーは血だらけだった。ローブの両腕部分が赤黒く染まっていた。あちこち汚れているし、ハリー自身も血まみれだ。名前は慌てて駆け寄ったが、ハリーは「大丈夫だよ」と制した。「フォークスが治してくれたから」
 フォークスとは何なのか、名前が問い掛けようとしたが、その前にロンが「どうして剣なんか持ってるんだ?」と尋ねた。名前も漸く、彼が見事な銀の剣を持っている事に気が付いた。柄にはルビーがあしらわれている。また、ハリーはボロボロの布切れのような物も持っていた。組み分け帽子だ。
「ここを出てから説明するよ」
 ハリーはそう言って、名前達を連れて城の方向へ歩き出した。ロックハートが記憶を失った事を知ると、彼は笑っていいのかどうか迷ったような顔をしていた。不死鳥が名前達を運んでくれる事になったので、名前達は無事にホグワーツに戻る事ができた。嘆きのマートルが居る、三階の女子トイレに。
 秘密の部屋が無人になった事で手洗い台が独りでに元の位置に戻って行く間、マートルは五人をじろじろと見た。「ふーん、生きてるの」
「そんなにがっかりした声を出さなくてもいいじゃないか」
 ハリーがそう返事をすると、マートルは「あんたが死んだらトイレに住まわせてあげても良いと思ってた」と嘯いた。名前が小さく笑っていると、彼女は名前を睨んだ。「言っとくけど、あんたは頼まれても絶対お断りよ」
 名前がぽかんと口を開け、マートルはふんと鼻を鳴らした。


 ダンブルドアが居ない今、最も決定権を持っているのは副校長のマクゴナガルだ。それにジニーはグリフィンドールの生徒なので、寮監のマクゴナガルに真っ先に報告しなければならないだろう。
 しかし、名前達がそう考える間もなく不死鳥のフォークスが先導し、五分後には名前達はマクゴナガルの部屋を訪れていた。フォークスには、名前達がどうすべきか解っていたようだった。

 代表してハリーが部屋の扉をノックして中に入ったが、次の瞬間、「ジニー!」という大声が耳に飛び込んできた。
 ずっと泣いていたのだろうウィーズリー夫人が、泣き腫らした顔のままジニーに駆け寄った。ウィーズリー氏もその後に続き、二人はジニーを力一杯抱き締めた。泣き始めた彼らにつられて、名前も少しだけ涙ぐんだ。
 部屋にはマクゴナガルと、そして誰あろうダンブルドアが立っていた。ダンブルドアは名前と目が合うと、にこりと微笑んでみせた。フォークスがその肩に留まる。次の瞬間、名前はハリー達と共にウィーズリー夫人に抱き締められていて、慌ててたたらを踏んだ。
「あなた達があの子を助けてくれた! あの子の命を!」
 泣きながらお礼を言うウィーズリー夫人に、名前は何を言えば良いのか解らず、恐る恐る抱き締め返す事しかできなかった。

 その後、秘密の部屋でいったい何があったのか、どうして名前達が赴くことになったのかについて、ハリーが語り始めた。前半は名前も知っている事だったので、時折名前とロンもハリーの説明に補足を入れた。蜘蛛を追って禁じられた森に入った事をハリーが告げた時、マクゴナガル先生が何かを言いたげに名前の事を見詰めたが、名前は気まず過ぎて視線を逸らした。
 やがて、話はトンネルが岩で塞がれ、ハリーが一人で秘密の部屋に向かったくだりに差し掛かった。
「部屋にはジニーが倒れていて、その横に知らないスリザリン生が居たんです。彼は自分の事をトム・リドルだと名乗りました。リドルは過去の人物で、そして自分をヴォルデモートの過去だと言いました」
 名前は思わず体がびくっと震え、ウィーズリー夫人が小さく悲鳴を上げた。隣でロンも息を呑んでいる。ハリーは言葉を続けた。
「リドルは――五十年前、ハグリッドを犯人に仕立て上げたのは自分だと言いました。誰もリドルを疑わなかったと。当時変身術の先生だったダンブルドア先生だけは自分を疑っていたので、在学中に秘密の部屋を開ける事はやめたと言っていました。なのでその時の自分の記憶を残し、いずれ再び秘密の部屋を開け、マグル生まれの生徒を追放するように仕向けたのだと」
 それからハリーはフォークスが突然現れた事を話した。
「フォークスは組み分け帽子を持って、僕の前に現れました。それからリドルがバジリスクを呼んで、僕を襲わせようとしました。バジリスクは僕を殺そうとしたけど、その前にフォークスがバジリスクの目を潰したから、何とか逃げることができました。組み分け帽子が僕に剣をくれて、僕は噛まれる瞬間にその件をバジリスクの頭に突き刺しました。腕に牙が刺さったけど、毒が回る前にフォークスが僕の傷を治してくれました。それから……」
 一旦、そこでハリーが言葉を区切った。
「わしが一番興味があるのは、ヴォルデモート卿がどうやってジニーに魔法を掛けたかということじゃ」
 ウィーズリー夫妻は動揺していたが、ハリーが言うには、日記が全ての元凶だったらしい。日記の中に封印されていた例のあの人の記憶が、ジニーを操っていたのだという。
 夏休みに買った教科書の中に、どういうわけかリドルの日記が混ざっており、ジニーはそれを両親からのプレゼントだと考えた。その日記に文字を書き込めば、日記は親しい友人のようにジニーに接してくれたのだ。ジニーはそれが嬉しかったし、当然、闇の魔術の産物だなどと思いもしなかった。
 名前は初めて会った時のジニーが、ローブに鳥の羽を付けていた事を思い出さないではいられなかった。あれは鶏の――雄鶏の羽だったのだ。
 また、彼女は名前が軽度の記憶喪失になった時、黒い本のようなものを拾わなかったかと気にしていた。あの時、彼女は既に日記の事を怪しんでいて、何かの手違いで名前が拾ったのではないかと思ったのだろう。ハリーが差し出したリドルの日記は、表紙も裏表紙も真っ黒だった。
「――パパがいつも言ってただろう?」
 ウィーズリー氏はかなりショックを受けていた。自分の愛娘が例のあの人に利用され、そして危うく命を奪われるところだった事に。「脳味噌がどこにあるか見えないのに、一人で勝手に考えることができるものは信用しちゃいけないって、教えただろう?」
 リドルの日記は今、インクと、血と、泥水とに塗れ、見すぼらしいことになっていた。ページは水分で膨れ上がり、表紙の真ん中には黒く焼け焦げて穴が空いている。日記を手にしたダンブルドアは、興味深そうにそれを眺めていた。
 ダンブルドアはジニーを気遣い、ジニーよりもっと大人で、もっと賢い魔法使いや魔女でさえ例のあの人には誑かされてきたからと、何の処罰も与えなかった。やがてジニーは両親に連れられ、医務室へ向かった。また、マクゴナガルも宴会の準備をする為に部屋を出て行った。部屋にはダンブルドアと、そして名前、ハリー、ロン、そしてロックハートとフォークスが残された。

 ダンブルドアは名前達に一人二百点と、『ホグワーツ特別功労賞』を与えると言った。名前は唖然としてダンブルドアを見詰めたが、ジョークでも何でもなかったらしい。
 名前が何かを言う前に、ダンブルドアはロックハートはどうしたのかと尋ねた。「なんと。自らの剣に貫かれたか、ギルデロイ」
 名前とロンはダンブルドアにロックハートを医務室に連れていくように言われ、そのまま三人で部屋を出た。ドアが完全に閉まってから、名前は「特別功労賞って……」と呟いた。
「トロフィー室に盾があるよ。名簿もね」ロンが気楽に言った。
 ジニーが無事に帰ってきたことで、彼はすっかり緊張から解放されたようだった。
 ロンは「君がバジリスクが可哀想なんて言い出さなくて良かったよ」と朗らかに口にした。冗談を言っているつもりらしい。名前は暫くロンを見ていたが、「あたしの事何だと思ってるの?」と不満げに言った。
「蛇なんかより、ジニーの方がずっと大事だよ」
 ロンは小さく笑ったようだった。
 医務室に向かいながら、名前は通路の向こう側に取り残されたのがハリーで本当に良かったと心から思った。
 もしも仮に、取り残されたのが名前だった場合――本当に恐ろしい事だが――ジニーは助からなかったかもしれない。ジニーを依り代に復活を果たそうとする例のあの人を前に、自分がどういう行動を起こせたか、考えたくなかった。

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