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「な、何で――」尋ねたい事は沢山あったが、沢山ありすぎて口の中で言葉が迷子になった。「――よりによってその人と一緒なの?」
 その人呼ばわりされた事が今まで無かったのか、ロックハートが仏頂面になるまで多少時間があった。ハリーとロンが目を合わせる。
「言っておくけど、その人、何の役にも立たないと思うよ。あの本、多分誰かから聞いた話を脚色して書いてるだけだと思う」
「君、もしかして結構頭良い?」
 ロンが興味深そうに言ったので、今度は名前が仏頂面になる番だった。

 驚いた事に、ハリー達も秘密の部屋の怪物がバジリスクだと気付き、そして五十年前の秘密の部屋事件で亡くなった生徒がマートルだと考え、マートルに話を聞きに来たのだという。ロックハートが一緒なのは成り行きらしい。
 名前は怪物がバジリスクだったとしても、移動手段が無いと言ったが、二人は答えを持っていた。何と、バジリスクはホグワーツの配管設備を使って移動していたのだという。到底信じられなかったが、パーセルマウスのハリーは城のあちこちで不気味な声を聞き、そしてその声はロンやハーマイオニーには聞こえず、壁の中から聞こえてきていた事もあって、そう結論付けたらしい。二人がハーマイオニーがヒントを出してくれたと言ったので、何故石になったハーマイオニーが教える事が出来たのか少し気になったが、名前は尋ねなかった。
 マートルはハリーに死んだ時の事を尋ねられると、名前に話したのと同じ事を教えていた(どういうわけか、先程より嬉しそうだった)。そして名前達は再び手掛かりを探し始めた。そして――見付けた。壊れて水が出ない蛇口の所に、引っかき傷のような蛇の模様が彫ってあった。

 ハリーがパーセルタングを話すと(どうやら集中しないと話せないらしく、一度目は失敗した)、蛇口が光り、そして手洗い台が音を立てて動き出した。手洗い台は床に沈んでゆき、パイプが現れた。管の直径は、成人男性が中を楽に通れる大きさだ。
 秘密の部屋の入口が、女子トイレから繋がるパイプ――長い間誰にも見付からなかったのは、もしかすると偶然ではなかったのかもしれない。
「僕はここを降りていく」ハリーが言った。
 毅然と言い放つハリーに名前は動揺したが、そのすぐ後にロンが「僕も行く」と言い、名前も「あたしも」と続けた。
 どうやらハリー達に無理やり連れてこられたらしいロックハートだけは渋ったが、ハリーとロンが杖を向けると、観念したように口を閉ざした。驚いた事に、彼は杖を持っていないらしかった。
 いくら大人とはいえ、杖も持たない人にバジリスクが居るかもしれない所に行かせるのはどうなのか――名前は少しだけそう思ったが、反論する隙も与えずロンがその背中を押し、ロックハートの姿は見えなくなった。か細い悲鳴が段々と遠くなっていく。
 ハリーはロンと名前を見て無言で頷き、ロックハートの後を追ってパイプの中を滑り落ちていった。その後にロンが続き、そして名前も後に続いた。


 汚らしいぬめりけと、鼻を衝く汚水とカビの匂いがなければ、マグルのプールにあるウォータースライダーのようだった。名前達は下へ下へと滑り落ちていき、やがてパイプが地面と平行になり、出口から放り出された。名前は先に着いていたロンの手を借りて立ち上がった。ローブは既にどろどろになっている。
「ここが秘密の部屋?」名前は静かに呟いたが、誰も返事をしなかった。

 湿っぽく、そして不気味な空間だった。ひんやりとしていて、当然だが辺り一面真っ暗だ。ロンが言った通り、湖の下に位置しているようだった。ひょっとすると、水中人が伝えようとしていたのは、この事だったのかもしれない。
 ハリーが杖灯りを付けたので、名前も自分の杖を取り出してルーモスと唱えた。かなり広い空間らしい。ロンは杖を手に取っていたが、結局灯りはつけなかったし、名前もそれが賢明だと思った。
 杖灯りの下、四人は薄気味悪いトンネルを慎重に進んだ。途中、緑色の物体が通路を塞いでいて、名前達の間に緊張が走ったが、それは巨大な抜け殻だった。バジリスクが脱皮した跡だろう。
 名前達は呆気に取られたが、ロックハートは腰を抜かしてしまったらしく、尻もちを着いていた。ロンが立つようにきつく言ったが、ロックハートは立ち上がろうとしてそのままロンを殴り倒した。
 ロンを抑え、そして杖を奪ったロックハートは笑顔を浮かべていた。腰を抜かしたのは演技だったらしい。儚い杖灯りに照らされたその顔は、不気味に光っている。
「坊や達、遊びはこれでおしまいだ! 私はこの皮を少し学校に持って帰り、女の子を救うには遅すぎたとみんなに言おう――」
 ハリーも名前も、反応する間も無かった。ロックハートは杖を振り上げた。スペロテープが巻かれたぼろぼろのロンの杖を。「オブリビエイト、忘れよ!」

 杖はバーンと凄まじい音を立てて爆発した。ロックハートは後ろざまに吹き飛ばされ、名前達は慌てて逃げた。元々バジリスクが動き回っていて、辺りの地盤が緩くなっていたのだろう、衝撃と共に大岩が次々と崩れ落ちてくる。無我夢中で逃げたので、名前はハリーを一人、岩壁の向こう側に取り残してしまった事に気付いて愕然とした。
「――ロン、名前!」
 壁の向こうからハリーの声が聞こえて来て、すぐ近くでロンが大声で返事をした。名前も「大丈夫!」と叫び返す。
 名前が再び杖灯りを付け直すと、多少埃に汚れていたが、怪我一つしていないロンと、そして完全に伸びているロックハートが目に入った。ロンがロックハートの手から自分の杖を奪い返す。「僕は大丈夫だ。名前も。でもこっちのバカはダメだ。杖で吹っ飛ばされた」
 ロンが返事をしている間、名前は崩れて来た岩壁に目をやった。崩落は収まっていたが、大きな岩が行く手を塞いでいる。とてもすぐには通れそうにない。

 他に選択肢が無かった。ハリーは秘密の部屋の奥に進み、名前達は少しでもこの岩を動かしておこうという事になった。
「それじゃ、またあとでね」
 その言葉を最後に、ハリーの足音が遠ざかっていき、やがて何の音もしなくなった。聞こえるのは、焦りに駆られた心臓が忙しなく脈打つ音だけだった。


 それから、名前はロンと共に、岩を動かそうと懸命に努力した。二人共殆ど何も喋らなかった。もっとも、時々「イタッ!」とか、途方もなく重い岩を盛大に罵ったりはしていたが。
「何で、女子トイレの下なんかに部屋を作ったんだろ」悪態と共に、ロンがぶつぶつ言った。
 名前はホグワーツに配管設備が整ったのは十八世紀になってからだと知っていたので、おそらく過去にも居ただろうスリザリンの継承者が入り口を隠す為にしたのではないかと思ったが、結局何も言わなかった。
 ロンが何度目かのFワードを口にした時、背後から「やあ」と呑気な声がして、名前達は文字通り飛び上がった。ジニーと、そしてハリーを助ける為、岩をどかすのに精一杯で、二人共ロックハートの事が頭からすっかり消え去っていた。
 名前は慌てて杖を持ち直し、振り返ってロックハートに杖を向けたが、ロックハートは不思議そうに名前達を見るばかりなので逆に困ってしまった。
「君達、すっごく汚れてるよ。いったいどうしたの?」
「どうしたって……」名前は困った。
 先程、敵意を剥き出しにしていた筈のロックハートが、今はぼんやりと名前達を見ている。それに加え、彼の言葉には言葉以上の意味が無さそうだった。本当に汚れている事だけを気にしている。

 訳が解らず、名前はロンを見たが、ロンは何かに気が付いたようだった。「解った、杖が逆噴射したんだ」
「逆噴射……?」
 ロンは名前の言葉には答えず、ロックハートに「今どこに居るか解る?」と雑な問い掛けをした。
 名前達が居るのは秘密の部屋で、そしてもちろんロックハートもそれは承知している筈だった。しかしながら、ロックハートはぽかんとしてから、ゆっくり辺りを見回した。
「どこだろう……」
 ロンが重ねて尋ねる。「それじゃ、君の名前は?」
「名前……」
 ロックハートは不思議そうに呟き、それからじっと考え込んでしまった。ロンは名前を見た。
「前に僕の魔法も逆噴射したんだ。おかげで僕は三時間もナメクジを吐き続けた。さっき、こいつは僕達に忘却術を掛けようとしてた。それが自分に掛かっちゃったんだよ」
「そんな事って……」
 何となく心に引っ掛かるものがあったが、名前はロックハートにひどく同情してしまった。記憶を戻すのは難しいらしいから、彼が無事に回復できるのかは名前には解らない。が、まあ今のところは助かったし、そもそも先に名前達の記憶を消そうとしたのは彼の方なので、仕方がないと思う事にした。
 ロックハートは散歩をしようとしてこけたり、名前達が放った石を拾って転がそうとしたりしたので、ロンが「そこの岩に座って待っててくれる?」と頼み込んだ。意外な事に、ロックハートは素直にロンの言う事を聞いた。身体だけが大きい、小さくて大人しい子供といった様子だ。
 ふんふんと陽気に鼻歌を歌っているロックハートの横顔を見て、確かにこれなら女子生徒に人気があるだろうなと名前は初めて納得した。

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