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 次の日になり、警戒態勢がより強固になっている事に、名前は気が付かないわけにはいかなかった。教師の引率に加え、ゴーストが一人、集団を必ず先導することになっていた。寮付きゴーストだけでなく、普段は学校にあまり関心を持たないゴースト達も、今度の新体制には大勢参加していて、生徒達は皆不思議がっていた。
 ほとんど首無しニックが示してみせたように、ゴーストはバジリスクを直視してしまっても、石になるだけで死ぬ事は無い。おそらく先生達が彼らに依頼し、安全確認の為、生徒が行く道を先んじて進んでもらっているのだろう。
 名前は嘆きのマートルの様子を見に行こうかと考えたが、結局考えるだけに終わった。集団行動を強いられているせいで、抜け出そうにも抜け出せないのだ。トイレに行きたいと言ったとしても、元々三階の女子トイレは使用禁止なのでマートルに会う事は叶わない。一応、目くらまし術を駆使すれば抜け出す事も可能かもしれないが、先生達が警戒を強めている事、試験が通常通り行われると発表された事もあり、実行はしなかった。
 マートルが会いに来てくれたら良いのに。そんな都合の良い事を考えながら、名前は試験勉強に追われた。

 試験が始まる三日前、朝食の席で――本来、ホグワーツでは規定の時間内であれば自由に食事を取って良い事になっていたが、継承者対策で殆ど全員が揃って食事を行うようになっていた。おかげで大広間はいつでも満員だ――マクゴナガル先生から発表があり、マンドレイクが収穫できたので、今晩にも石化した生徒達を蘇生できるという事だった。大歓声が上がった。名前も大声で叫んだ。
 しかし、喜んだのはそこまでだった。魔法薬学の授業中、突然魔法で拡声されたマクゴナガル先生の声が教室中に響き渡った。「生徒は全員、それぞれの寮にすぐに戻りなさい。教師は全員、職員室に大至急お集まりください」
 名前は一緒に組を作っていたアンソニーと目を見交わしたが、次の瞬間には大鍋の中身が空になっていて唖然とした。スネイプが杖の一振りで、教室中の魔法薬全てを消失させていた。
「聞こえただろう。各々寮に戻りたまえ。万が一寄り道をした事が発覚すれば、減点では済まさん。さあ、行け」
 名前達は速やかに道具や教科書を鞄に詰め込み、慌てて自分達の寮に戻った。廊下は困惑し、そしてどこか怯えた表情の生徒でいっぱいだった。皆、同じ不安を抱えていた。何かがあったのだ。

 二十分後、ハッフルパフの談話室にスプラウト先生が現れた。先生から、一年生のジニー・ウィーズリーが秘密の部屋に連れ去られた事、生徒は全員明日のホグワーツ特急の臨時便で家に帰らされる事が知らされた。誰かがジニーはどうなったのかと尋ねたが、スプラウト先生は答えなかった。しかし、先生の表情が全てを物語っていた。
 先生が寮を出て行った後、小さなパニックが起きた。一年生の女の子が泣き出し、どうしてこうなったのかと嘆く生徒が大勢居た。それでも、それも段々静かになっていった。談話室には薄気味悪い沈黙が流れた。
 ハンナが耐えられなくなって、しゃくり上げながら談話室から出て行った。スーザンはその後を追い掛けたが、名前はそうしなかった。自分にはまだやれる事があると、解っていた。
 混雑した談話室を横切りながら、名前は自分に杖を振った。目くらまし術だ。名前は誰にも気付かれないまま扉をそっと開け、談話室を抜け出た。始めは早足で歩いていたが、やがて走り出した。目指すのは当然、三階の女子トイレだ。


 スプラウト先生は、ジニーがスリザリンの継承者に連れ去られたと言った。であれば、まだ助かるかもしれない。連れ去られただけなら、まだ間に合うかもしれない。名前は都合よくバジリスクの事を忘れ、ジニーが無事であるように強く願った。
 三階の女子トイレに行くまで、名前は誰にも出会わなかった。ホグワーツは不気味なほど静まり返っていた。名前が息を切らし、そして三階の廊下に辿り着いた時、出迎えたのはあの石壁だ。ミセス・ノリスが襲われたあの場所。
 しかし今、石壁にはもう一つのメッセージが付け加えられていた。不気味な赤い色で書かれたその文字は、松明の明かりを受け、てらてらと光っている――彼女の白骨は永遠に『秘密の部屋』に横たわるであろう。

「マートル!」
 ドアを勢いよく開けながら叫ぶ。ちょうど、トイレの真ん中ほどをふわふわと浮いていたマートルは、ぎくっとして名前が居る方を見た。
「だ、誰なの?」
 名前が「フィニート!」と叫んで目くらまし術を解くと、マートルはぽかんとした。「名前?」
「お願いマートル、教えて欲しいの。あなたが死んだ時、何があったかを」
 マートルはまごついていたが、名前がいつになく真剣だからなのか、小さく「何なの」と呟いた。
「あんた、もうずっと、わたしに会いに来なかったくせに……」
 じと、と暗い目が名前を睨むが、不思議と怒っている様子ではない。
「ダンブルドアが居なくなって、あたし達授業が終わってから全然外に出られなかったんだよ。ずっと会いに来たかったけど、出られなかったの」
「ふーん、そう」マートルが呟いた。
「この間、先生達もわたしに聞きに来たわ。いったい何なの、何が起きてるの?」
 名前は口にするか迷ったが、やがて「バジリスクが学校に居るの」と言った。
「バ、バジリスク?」
 仰天するマートルに、名前は早口で話した。スリザリンの継承者がまた現れた事、秘密の部屋の怪物はバジリスクだという事、女の子が連れ去られ、一刻の猶予もないという事。
「五十年前、マートルが死んだのは、バジリスクの目を見たからだと思うの。でも、それ以上の手掛かりがない。五十年前に犯人にされたハグリッドは魔法省が連れて行った。もし何か知ってる事があったら、あたしに教えて欲しいの」
 名前は、自分でも酷い事を言っていると解っていた。自分が死んだ日の事を教えて欲しいなどと、しかも彼女自身を悼む為ではなく、秘密の部屋への手掛かりを探す為だけに彼女が死んだ時の事を尋ねるというのは、友達としてやってはならない事だと。しかしながら、ジニーが連れ去られた今、出来る事は何でもしたかった。例え、友達を傷付けたとしても。

 マートルは暫く何も言わなかったが、やがて「わたしが見たのは、バジリスクの目だったんだわ」と小さく呟いた。
「……黄色い目玉が二つあったの。そしたらわたし、死んでたわ。体全体がギュッとなった。何が起きたのか解らなかった。そこの小部屋よ」
 名前はマートルが指差した先を見た。よく彼女が座り、そして死について考えている場所だった。
「――オリーブ・ホーンビーっていう嫌な子が居たのよ。本当に嫌な子だった。わたしが何かをすると、いつもクスクス笑うのよ。わたしはおかしな事なんて何もしていないのに。その日も、オリーブ・ホーンビーがわたしの眼鏡をからかって……ここに隠れたの。それからずっと一人だったわ。そして……声がしたの。男の子の声だった。何を言っているのか解らなかったけど、出て行けって言うつもりで鍵を開けて、それから……わたし、死んだの」
 名前が小さく「話してくれてありがとう」と告げると、マートルはふわふわと寄ってきた。
 マートルの方が名前より少しだけ背が高いのだが、彼女は少しだけ床に沈み、名前のすぐ目の前に浮かぶ。彼女は名前をじっと見つめると、小さく溜息をついた。「あんたって、きっと誰かのせいで死ぬんだわ」


 五十年前に犠牲になった女の子がマートルだという事、そして秘密の部屋の怪物がバジリスクであることは確定したが、それ以上は解らなかった。聞けば、数日前にマクゴナガル先生達も同じ事を尋ね、そしてこの女子トイレを隈なく調べていったが、結局何も見付からなかったらしい。
 先生達が何も見付けられなかったのに、名前が見付けられる筈が無い――そうと解っていても、名前は探すのをやめなかった。レベリオを使ったり、辺り構わずアロホモラや、逆にコロポータスを掛けたりした。しかし何も見付からない。マートルも手伝ってくれたが、やはり何も手掛かりは無かった。
 マートルは此処で殺された。しかし、だからといって秘密の部屋に繋がる何かがこの女子トイレにあるかもしれないと思うのは、早計だっただろうか。バジリスクに縮み薬を飲ませたり、レデュシオしたりすれば持ち運べるわけだし。大量に物が入る鞄に入れて運ぶのも良いかもしれない。

 諦め切れず、名前は見付かる事のない何かを探し続けたので、トイレのドアが開いた時、取り繕う事すらできなかった。ぎょっとして、慌てて立ち上がったが、何の言い逃れも出来ないと思った。生徒は寮に居なければならないのに、こんな所で――五十年前の事件現場をうろうろしているなんて、二百点減点されても仕方がない――。
 しかしながら、現れたのは確かに教師のロックハートだったが、誰あろうハリー・ポッターと、そしてロン・ウィーズリーも一緒だった。

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