劇的?ビフォーアフター

 思わず名前は息を呑んだ。筋骨隆々、筋肉の塊のような男が、名前を見るなり嬉しそうな顔をし、そして名前の名を呼んだのだ。いったい彼は誰だ。何故名前の名前を知っているのだ。
 いや、彼が誰なのかは解っている。S級ヒーロー、超合金クロビカリだ。
 クロビカリがもう一度「名前!」と呼んだので、名前はびくっと身を震わせた。
「あ、あの、どなたかとお間違えでは」
「そんな馬鹿な。君は名前だろう?」
 目の前までやってきたクロビカリは、本当に大きかった。目を合わせようとすると、首が痛くなるほどだ。
 どうして彼は私を知っているんだ?
 C級ならともかく、S級ヒーローに知り合いなんて居なかった。それ以前にこんなに筋肉ムキムキの知人は居ない。しかし、クロビカリは名前を知っているという。本当に知り合いなのだろうか? 名前がほとほと困り果てていると、クロビカリは眉を下げた。その悲しげな表情には、どこか見覚えがある。
 いや、そんな、まさか。

 疑問符混じりに小学校時代の名前を呼べば、S級ヒーロー超合金クロビカリは、それまでの表情を一変させ笑顔になった。マジかよ。


 名前が知っている彼、超合金クロビカリは、徒競走ではいつもビリ、運動音痴で体の弱い、小さな男の子だった。それがいつしかS級ヒーロー。ボディービルダーも真っ青の筋肉達磨。何がどうしてこうなったのか。未だに信じられないが、話しをする内に、やはり彼は彼で間違いがないことが解る。
「えーと……クロビカリ、さんは、ずいぶん印象変わったね」
「何だ? 昔みたいに気安く呼んでくれれば良いんだぞ。クロちゃんとか」
 隣に座るヒーローは、背景に「ドン☆」と付きそうな明るさでそう言った。ぶっちゃけ、暑苦しい。
「まあそうだな。俺は変わったよ。強くなったんだ。名前が言った通りにな」
「は……わ、私?」
 人っ子一人居ない公園のベンチ、隣に座るクロビカリは、少し驚いたような顔をした。驚いた顔というより、困った顔という方が近いかもしれない。
「名前が言ったんだろう? ちょっとは強くならないとって。だから俺はここまで強くなったんだ」

 そう……だっけ?

 言ったような言わなかったような。いや、仮に言ったとしても、肉体的に強くなれと言ったわけではないんじゃないか? どうだろう。何せ十年以上前の話だ。名前は中学校に上がる前、別の市へ引っ越していた。それ以来クロビカリとの接点は無い。小学生の頃のことなど、それほど覚えてはいない。
 名前が曖昧な笑みを浮かべていると、クロビカリは悲しげな表情を浮かべた。やはり、この顔には見覚えがある。


 そして名前は思い出した。確かに言った。あれはいつの頃だっただろうか。確か、三年生……いや四年生、運動会の時期だ。気弱な少年だった彼に、確かに言った。ちょっとは強くならないと。
 そりゃ、玉入れすらまともに出来なくてめそめそするような男の子に、そう言うより他に無いじゃないか。

 しかし、名前のその言葉は本心からのものではなかった。別に、クロビカリに強くなって欲しいだなんて、これっぽっちも思っていなかったのだ。肉体的な意味でも、精神的な意味でもだ。私は、彼に、気弱な少年のままで居て欲しかったのだ。
 名前にとってのクロビカリは、気弱な男の子であり、弱虫の男の子だった。そしてそんな彼の世話を焼くことで、私は満足感を得ていたのだ。もしかすると優越感でさえも。だからこそクロビカリは弱くあるべきだし、だからこそ名前はそんな自分を恥じていた。そんな汚い名前に、クロビカリが気が付いていないらしいことは、良いこと、なのだろうか。
 ちょっとは強くならないと。
 名前がそう言って笑ったのは、その言葉が彼の求めている言葉だったからだ。彼は自分に自信がなかった。そして心の底では、自分を馬鹿にする連中を見返してやりたいと思っていた。だから名前は言った。例え彼が自分にとって満足感を与える存在であっても、それ以前に彼は友達だったから。

「それとも……こんな俺は嫌いか?」
 そう言ってクロビカリは眉を下げる。今にも泣き出してしまいそうなその顔には、昔の弱虫クロビカリの面影がありありと残っていた。こいつ、図体は大きくなったくせに、中身は変わってないのか? 名前がくつくつと笑い始めると、彼はますます不安げな眼差しを向ける。
 筋肉の多過ぎる男を嫌う女性は多いんだ、と、クロビカリは呟いた。そんな知識、いったいどこから仕入れたのだろう。
「まさか。友達がヒーローなんて、誇らしいわよ。クロちゃん」と、名前が言えば、クロビカリは心底嬉しそうな顔をした。

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