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 次の日、名前達二年生のハッフルパフ生は、闇の魔術に対する防衛術が最初の授業だった。
 ロックハートはハグリッドが一連の継承者騒ぎの犯人だと信じ切っていて、この日も特有の明るさを持って授業をしていたが、「先生」と手を挙げた名前が血だらけなので、初めて動揺したようだった。
「ずびません、急に鼻血がどまらなくなっちゃっで。医務室に行っで良いですか」
「え、ええ、医務室、医務室ね……」
 ロックハートはあたふたと言った。「ミスター・マクミラン、着いていってあげなさい」
「大丈夫れす。アーニーの方が倒れぢゃいそう」
 名前は鼻を押さえながら言った。隣に座るアーニーは、愕然とした様子で名前を見ているだけだった。そりゃ、隣に座っている友達が、何の前触れもなく大量の血を出していたら驚くだろう。
 自分が治すと言ったロックハートの申し出も固辞し(「先生、頭の骨はまだ失いたくありまぜん!」)、名前は動揺する同級生達の間をくぐり抜け、教室を抜け出した。ドアを閉めた次の瞬間、杖を取り出し、何とか鼻血を止める。流血豆由来の出血も、エピスキーである程度収まるようだ。
 名前はローブで顔を拭いながら、速足で歩き出した。向かうのは校庭、魔法生物飼育学のクラスだ。


 ずっと引っ掛かっていたのだ。スリザリンの怪物について。
 以前、ケトルバーンが該当する生物は居ないと言い、闇の魔術が正体なのではないかと言った時、名前も同意したのだが、その時にも何となく頭に浮かんでいるものがあった。バジリスクだ。
 腐ったハーポが生み出したその魔法生物は、毒蛇の王とも称され、一睨みで命を奪うことが出来る。巨大に成長し、何年も――何百年も生きる事ができる。
 バジリスクに人を石化させる能力は無いが、捕食者であるアクロマンチュラが唯一恐れるのが、そのバジリスクだった。バジリスクは自身も猛毒を有しているせいか、蜘蛛の毒が効かないのだ。
 秘密の部屋の怪物について語ったアラゴグは、その怪物を本当に恐れているようだった。バジリスクは視線を合わせるだけで大蜘蛛を殺す事ができるので、蜘蛛にとってバジリスクは天敵なのだ。蜘蛛が逃げ出す時、それはバジリスクが現れる前兆だ。
 行列を作っていた蜘蛛達は、集団で移動していたのではなく、バジリスクから逃げていたのだ。

 ケトルバーンの元を訪れたのも、名前が一番信頼している先生だったからだ。ダンブルドアが居れば、彼に伝えようと思ったかもしれないが、ダンブルドアはもう居ない。それにケトルバーンは魔法生物について詳しいので、名前が間違っていれば教えてくれる。――城にバジリスクが潜んでいるなど、何かの間違いであって欲しかった。
 名前は猛スピードで魔法生物飼育学が行われる放牧場へ走ったが、ケトルバーンの姿は無く、代わりに見知らぬ老魔女が講義をしていた。乱入してきた名前を見て、四年生のハッフルパフとグリフィンドールの生徒達がぎょっとしたような顔をする。
「誰かね。遅刻してきたのかね」
 血が出ているが、と続けたその先生に、名前は息を弾ませながら「ケ、ケトルバーン先生は……!?」と叫んだ。
「停職なさってる」
「て、停職!?」
 その女の先生が言うには、暴れたケルピーがケトルバーンの腕を噛み千切ったのだという。腕自体はマダム・ポンフリーが元通りに引っ付けてくれたが、杖腕なので、大事を取って聖マンゴで入院しているという事だった。また、生徒の身を危険に晒したので、停職になっているという事だった。
 名前はこの先生の姿を今までに一度も見た事が無かったので、おそらくケトルバーンの代理として新しく雇われた先生なのだろうと思った。
 愕然としている名前だったが、「ハッフルパフ、五点減点」という言葉にはっと我に返った。
「じゃ、じゃあ、先生……えーっと――」
「あたしゃ、グラブリー‐プランク先生」
「グラブリー‐プランク先生、先生にお伺いしたい事があって! 今すぐお聞きしたいんです!」
 名前は必死に訴えたつもりだったが、当然ながら、グラブリー‐プランクは応じてくれなかった。授業中、いきなり乱入してきた生徒の求めに応じるわけがない。顔が血だらけの、ただの二年生の女の子に。

 名前は顔を拭いながら、授業が終わるのを今か今かと待っていた。十分後、やっと授業が終わり、かと思えば生徒達の引率があると言うので、グラブリー‐プランクが戻ってきたのはそれから更に十分後だった。
 事務所で待たされていた名前は、グラブリー‐プランクが戻ってくるとパッと立ち上がった。
「手短に頼むよ。すぐに次の授業が始まる」
「先生、秘密の部屋の怪物の事なんですけど……!」
 グラブリー‐プランクは初めの内、怪訝そうに名前を見ていた。しかしながら、彼女は早口で喚き立てる名前の言葉を一度も遮らず、黙って聞いていた。

 名前が話し終えた時、始業の鐘が鳴って既に数分が経っていた。外からは、次のクラスの生徒達が、担当の教師が一向に現れないので、自由におしゃべりしている声がさわさわと流れてくる。
 グラブリー‐プランク先生は、名前が話した怪物の正体の推理を聞いても、まったく表情を変えなかった。名前は、彼女が少しも名前の話を聞いていなかったのではないかと思った。もしくは、代理で雇われただけなので、ホグワーツで起こっている秘密の部屋騒動について、あまり詳しく聞かされていないのかもしれない。
 そこから説明しなければならないかもしれないと考え、名前は再び口を開きかけたが、グラブリー‐プランクが「あたしの手には負えないね」と言った事で口を閉ざした。
「君も授業があるだろう。来なさい。送っていこう」
「先生、でも、でも……――」
「言ったろう。あたしの手に負える話じゃないんだよ」
 名前は愕然として、グラブリー‐プランクの後についてよろよろと部屋を出た。
 何も信じて貰えなかった。確かに、突拍子もない話だし、証拠もない。被害者は死んでいるのではなく、石になっているので、バジリスクが秘密の部屋の怪物だと言い切ることはできないのだ。しかし、もう少しくらい真面目に聞いてくれても良いじゃないか。
 魔法生物飼育学の授業を待っていた生徒達は、現れたのがケトルバーンでなく、見知らぬ老魔女だった事に驚き、そしてその隣に二年生の名前が立っている事に更に驚いたようだった。グリフィンドールと、レイブンクローの三年生だ。
「あたしはこの子を授業に送っていくから、少し待っていなさい。今日はフウーパーについてやるから、待ってる間に教科書を読んでおきな」
「あの、先生はどなたですか? ケトルバーン先生は――」
 グリフィンドールの男子生徒が興味津々で尋ねた。
「あたしゃ、グラブリー‐プランク先生」
 先生が再び名乗った。かなりつっけんどんな言い方だ。「ケトルバーン先生は停職中だよ。いつもの通りね」
 名前はグラブリー‐プランクに連れられて放牧場を離れた。名前は道すがら、秘密の部屋事件や、バジリスクの危険性について話したが、先生は少しも気にしていないようだったので、段々と口がすぼんでしまった。何を言っても無駄――そういう先生が居る事は、小学校に通っていた名前は重々承知していた。
 遅れてやってきた名前に、フリットウィック先生はかなり驚いた様子だった。グラブリー‐プランク先生と名前とを見比べ、名前に席に着くよう促し、そのまま授業を続けた。どうやらクラスメイトの誰かが、名前が医務室に行っていると話してくれていたようだ。グラブリー‐プランク先生はいつの間にか消えていた。多分、魔法生物飼育学の授業に戻ったのだろう。
 ハンナ達は名前を心配そうに見たが、元々仮病だった名前は「大丈夫」と言うしか無かった。
 グラブリー‐プランクがどんな先生なのかは解らないが、あれが普通の反応なのだろう。となると、名前にはもうどうする事もできない。代理とはいえ、飼育学の先生が信じてくれないのなら、他の先生も名前の話を信じてくれないかもしれない。元々、名前だって確信は無かったし、グラブリー‐プランクの反応から、段々と自分の考えが間違っているような気がさえしてきていた。
 怪物はバジリスクだと、アラゴグが言い切ってくれたら良かったのに。しかしハグリッドが違法に孵し、そして違法に森に住まわせているアラゴグの事を誰かに言うわけにはいかないので、結局は同じ事だったかもしれないが。

 夕食後、名前は不貞腐れ、部屋の隅で一人で悶々としていた。明日は変身術があるので、副校長のマクゴナガルに言ってみるのはどうだろう。しかしマクゴナガル先生にしろ、寮監のスプラウト先生にしろ、話は聞いてくれるかもしれないが、果たして信じてくれるのか――。
「名前」と呼び掛けられて、名前は小さく飛び上がった。
 六年生の監督生、ガブリエルが、驚いたように名前を見ていた。
「先生が君を呼んでるよ。一緒に来てくれるかい」
「先生が?」名前は慌てた。「あたし、何もやってないよ……!」
 嘘だ。仮病を使って授業を抜け出したし、その上一人で校庭の放牧場まで移動した。それに昨日は禁じられた森に侵入している。真夜中に。
 授業をサボった事は兎も角、森に行った事がバレたのなら本当にまずい。名前には前科がある。減点と罰則で済めば良いが、退学になる可能性も捨て切れない。
 秘密の部屋事件を調べ、ハグリッドの容疑を晴らすという大義名分があったとはいえ、二年生の名前達が何をできるわけがなく、探偵ごっこを咎められるのがオチだ。行き帰りは気を付けていたつもりだが、夜中に名前が居ない事に同室の女の子達が気付いたのかもしれないし、車のライトが城から見えていたのかもしれない。
 しかしながら、ガブリエルは「それは解ってるよ」と穏やかに言った。
「僕も詳しい事は聞いてないんだけど、何でも、君に話を聞きたいそうだよ」
「話?」
 名前はぽかんとした。
「……ガブリエル、どの先生が呼んでるって?」
「グラブリー‐プランク先生だよ。飼育学のケトルバーン先生がお休みされてるから、その代理の先生」
 名前が呆気に取られているのを見て、ガブリエルは不思議そうに首を傾げた。

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