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アーニーは月曜日の薬草学で、前日に言っていた通り、ハリーに「疑ってすまなかった」と謝っていた。あまり揉めている様子は無く、どうやらハリーは自身を糾弾したアーニーを許してくれたようだ。その後、ハンナがアーニーに付き添ってハリーとロンの所に向かったので、名前はスーザンとミーガンと組を作り、アビシニア無花果の剪定に取り掛かった。
伸び切った枝や、枯れかけている枝を剪定バサミで切り落としていると、名前は不意に、視界の端で何か黒い物が蠢いているのを見付けた。
その黒い何かは、綺麗に列を組んでいた。どうやら大急ぎで何処かへ向かっているようで、時折仲間を押しのけている。蜘蛛だ。
しげしげと何かを眺めている名前が気になったのだろう。視線の先を追ったスーザンが、名前が見ていた物に気付いて顔を顰めた。彼女は動物と名の付くものなら何でも好きな名前と違い、一般の女の子らしく蜘蛛が嫌いなのだ。
蜘蛛の行列を見詰めるのに夢中になっていたので、名前は自身の剪定作業が止まっている事に、スプラウト先生が注意するまで気が付かなかった。
少し前にも、ハグリッドの鶏小屋でこうして列を作っているのを見掛けた。ひょっとすると、蜘蛛達の間でも集団行動がトレンドなのかもしれない。
作業を再開しようと顔を上げると、丁度こちらを見ていたハリー・ポッターと目が合った。彼も、蜘蛛の異様な行動に気付いたのかもしれなかった。名前が小さく片手を上げてみせると、彼は小さく頷いた。ふいと目を逸らすハリーの視線の先には、やはり蜘蛛が這っていた。
授業が終わった後は、生徒達の安全の為に、その教科の先生が生徒達を次のクラスに引率することになっている。薬草学の授業は、ハッフルパフとグリフィンドールという二つのクラスの合同授業なので、普段より押し合いへし合いしながら、次の教室に向かわなければならなかった。
「名前」と、後ろからハリーに呼び掛けられた。
名前は呪文学の教室に入っているハッフルパフ生の列から少し外れ、一番後ろに並ぶ。
彼が神妙な顔をしているので、名前はてっきり、ハリーが「あのアーニー・マクミランって奴、何様のつもりなんだろ。図書室で僕の事何て言ってたのか、まったく覚えてないのかな?」等と愚痴を言いに来たのだと思っていた。しかしながら、彼が言ったのは、名前にとってまったく予想外の事だった。
「僕達、君に手伝って欲しい事があるんだ。夕食が終わった後、ハグリッドの小屋に来られる?」
「夕食の後?」
名前がぎょっとして尋ね返すと、ハリーは小さく頷いた。
丁度その時、ハッフルパフ生の周りをぐるぐると巡回しているスプラウト先生が、名前達のすぐ側まで来た。名前達はどちらともなく口を閉ざし、先生が通り過ぎるのを待つ。
「良いけど、何で?」名前は小声で尋ねた。
「……僕達、禁じられた森に入らないといけないんだ」
ハリーがきっぱりと言った。
彼の一歩後ろに立つロンは、出来ればそんなこと絶対にしたくないという顔をしていた。今まで見た中で一番嫌そうな顔だ。ノーベルタに噛まれていた時よりひどい。
「ハグリッドが言ってたんだ。名前は魔法生物について詳しいから、きっと力になってくれるって。僕達、君に助けて欲しいんだ」
「うん、良いよ」名前はあっさり言った。「だけど、どうして森に入らなきゃならないの?」
名前が問い掛けると、ハリーとロンは一瞬顔を見合わせた。
「後で説明するよ。……じゃあもしよければ、今日の夕食後に」
ハリーは急いで言い切った。名前のすぐ後ろに、再びスプラウト先生が来ていたからだ。
「さあミス・名字。急いで教室に入って。他のみんなはもう座ってますよ。お喋りも良いけれど、私が貴方の友達も引率しなければならないという事を忘れないで。さあ」
スプラウト先生が、最後の一人になった名前を呪文学の教室に入るよう促す。先生の言う通り、他のハッフルパフ生は大方席に着いていた。名前はそこに留まっているハリーとロンに、「あ・と・で」と口の動きだけで伝え、急いで呪文学の教室に入った。
フリットウィック先生がいつものように積み上げた本の上で講義をしているのを眺めながらも、名前は上の空だった。
禁じられた森。ハリー達が何故森に入ろうとしているのか――入らないといけないのかは解らないが、助けて欲しいと言われたなら、力になりたいと思うのは普通の事だ。――目くらまし術を自分に使う時がついに来たのだ。
夜、同室の女の子達が寝静まった後、名前はこっそりと杖を取り出し、自分に向けて目くらまし術を掛けた。しかし、何てことはない、杖が触れた先から何か暖かいものが落ちてきたと思ったら、触れた場所が透明になった。名前は目くらまし術を完璧に習得できていたのだ。どうやらこの魔法は上から下に向かって掛かりやすいようで、名前は慌てて頭の上から魔法を掛け直した。
忍び足で姿見の前に立つと、名前の姿は確かに見えなくなっていた。完全に透明になっているわけではないので、大きな動きをすれば何かがある事は解るが、それでもよく目を凝らさなければ見えないだろう。カクレオンお化けのなり損ないといった風貌だ。まあ、ゆっくり動けば大丈夫ではないだろうか。
名前はハンナ達を起こさないように慎重に部屋を出て(ベッドには名前が居ない事がばれないように、毛布を身代わりに置いておいた)、人が少なくなっている談話室を通り過ぎ、するりと寮の外に出た。
学生は六時以降の外出が禁止されていたが、教師やゴースト、首席や監督生なんかが忙しなく廊下を行き交っていた。見回りをしているのだ。名前は彼らや絵画達に見付からないように、音を立てないように慎重に歩いていたが、途中で何度自分に沈黙呪文を掛けようと思ったことか。しかしながら、名前はまだ無言呪文が使えず、それを解く為のフィニートが唱えられなくなってしまう為、実行には移さなかった。
暗い顔をしたパーシーと、同い年だろうグリフィンドールの女子監督生が歩いていくのをやり過ごしながら、名前は玄関ホールを通り越し、樫の扉を少しだけ開け(扉にはシレンシオを掛けたので、まったくの無音で開く事に成功した)、隙間から滑り込むようにして外に出た。
名前がハグリッドの小屋に着いた時、ハリーとロンはまだ来ていないようだった。小屋には当然灯りがついておらず、名前は少しだけ哀しくなった。カリカリと音が聞こえてくるのは、名前の来訪に気付いたファングが近寄ってきているからだろう。
約束に応じておきながら、ハリー達が本当に此処まで来られるのか、名前はやや不安を感じていた。巡回の頻度が高く、名前は何度も先生達に出くわしたからだ。双子のウィーズリー兄弟のように抜け道に熟知していたり、忍びの地図を持っているなら可能なのかもしれないが。
名前はこっそりと魔法で小屋の扉を開け、透明なままにも構わずじゃれつくファングに「シーッ! 静かにね」と小声で呼び掛けながら、真っ暗な小屋の中で二人を待つ事にした。
三十分ほど経った頃、名前にじゃれついていたファングがぱっと背筋を伸ばし、それから入り口のドアの方に突進した。独りでにドアが開いた時、名前は身を強張らせていたが、小屋の入り口で透明な何かが「ファング、静かにしてくれよ」とか、「僕達遊びに来たんじゃないんだよ」とか言うので、心底ほっとして胸を撫で下ろした。
突然二人が現れたのと同時に、名前も目くらまし術を解いた。ハリーとロンも同じ事をした筈なのに、彼らは心底驚いて、今にも叫び出しそうな顔をしていた。相当驚かせてしまったらしい。
「き、君、一体どうやったの……?」
ロンは殆ど消え入りそうな声を出した。
「目くらまし術だよ。ロン達だってどうやったの? 透明薬?」
ロンがハリーの方を見た。名前もハリーを見ると、彼が透明な何かを持っているらしい事に気が付いた。
「透明マントだよ」
ハリーの言葉に、名前は頷いた。彼が言うには、父親から唯一受け継いだ物なのだそうだ。
ハリーは大事そうに透明マントを畳むと、ハグリッドのテーブルの上に置き、「行こう」と名前達に声を掛けた。名前達三人とそれからファングは、二本の杖灯りを頼りに禁じられた森の方へと歩き出した。
先を歩くハリーは、どうやら何かを探しながら歩いているようだった。ルーモスで点けた小さな杖明かりを下に向け、地面を見詰めている。隣のロンは、「そんな事は死んでも遠慮したい」という顔をしていた。森に入らなければならないと、そうハリーが告げた時と同じ顔だ。
名前は「手伝おうか」とハリーに声を掛けたのだが、彼は彼自身の杖明かりは地面を照らす為に使用するから、名前の杖明かりは歩く為に使ってくれるように頼んだ。名前は素直にそれに従った。確かに、目の前に広がるのはただでさえ暗闇に包まれた禁じられた森だ。少しも先が見えない状態でいるのは、あまりに不安が残る。
ついでに言えば、ロンの杖は壊れていて使い物にならなかった。例の空飛ぶ車事件の際、墜落の衝撃で折れてしまったらしい。
「……もしかして君、夜に禁じられた森に入るのを楽しみに待ってたとかじゃないよね?」
ロンが恐る恐る名前に尋ねた。名前は肯定も否定もせず、にっこりと微笑んでおいた。その返事で、彼は更に恐怖を煽られたらしい。下草を踏み歩くことさえ恐々としているように見えた。
「森にどんな生物が居るか、知ってる?」下を向いたまま、ハリーが名前に聞いた。
彼の顔も恐怖を感じていると告げてはいたが、ロンほどではなかった。魔法族出身と、非魔法族に育てられた者の違いかもしれないな、と名前は考え、以前禁じられた森に入った時の事を考えた。
「色々居るらしいよ。ボウトラックルとか、ダグボッグとか……セストラルも普段は森に居るんじゃなかったかな」
「セストラル?」
「大きな黒い天馬だよ。希少種の」
「ふうん……」
ハリーの「ふうん」は、納得しきれていない「ふうん」だった。
「狼男は? 禁じられた森にいるって噂だよ」ロンが恐る恐る尋ねる。
「さあ。まだ会ったことないから知らないな。……でも今日は満月じゃないから、大丈夫だよ、ロン」
更に顔色を悪化させたロンを見て、名前は付け足した。
「見て!」唐突に、ハリーが声を上げた。
ハリーが指さした方を見ると、蜘蛛が一、二匹、ごそごそと地面を這っている。昼間の薬草学の授業を思い出し、名前はやっとハリーの探していた物が蜘蛛なのだと解った。どうして蜘蛛を追い掛けているのかは解らないが、その「蜘蛛を追い掛けたい」と思うハリーの気持ちは、流石の名前にも察することが出来なかった。名前じゃあるまいに、余程の事でなければ、蜘蛛を追い掛けたいなどと思わないだろう。しかも、真夜中の「禁じられた森」で。
ハリーは蜘蛛の方に足を向け、ついに禁じられた森に歩み出した。名前もロンも、ファングもそれに従い、森へと踏み込んだ。
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