78
イースター休暇が訪れたが、生徒達はその大半が宿題に追われて過ごす事になった。クリスマス休暇より短いのに、クリスマス休暇より多く課題が出されているからだ。
また、名前達二年生は、三年次で新たに追加となる選択科目を決めなければならなかったので、余計に忙しかった。アーニーは上級生に会うたび質問攻めにし、あまりにしつこいので嫌がられていた。
「別に取りたくないなあ。飼育学以外、全然面白くなさそうじゃない?」
選択科目が書かれたリストを眺めながら、名前は小さくぼやいた。スーザンがじろっと睨むので、慌てて真剣に考えている振りをする。しかし――残る科目は占い学、数占い学、古代ルーン文字学、そしてマグル学だ。この中から最低でも一つは選ばなければならないが、正直どれも興味が無い。
「科目によっては将来に関わってくるわ。その教科のOWLを持っていないと、就けない職業っていっぱいあるもの。きちんと調べておかないと」
スーザンは上級生向けに置かれている職業パンフレットを見ていた。「グリンゴッツで働くなら数占い学が絶対必要だし、癒師は魔法薬学が必須科目だわ」
「あたし、癒者には絶対なれないな……」
名前がぼやくと、ハンナもスーザンも笑った。結局、名前は魔法生物飼育学の他に、占い学を取ることにした。ハンナが占い学を選んでいたからでもあったし、一番楽な科目だとザカリアスが言っていたのを小耳に挟んだからだ。
一週間に一度程度、温室に邪魔避け呪文を掛けるのを手伝っていたので、今ではすっかり邪魔避け呪文が得意になっていた。もっとも、あまり使い道は思い付かないが。
この日、名前はハグリッドの鶏小屋に邪魔避けを掛けていた。十二月に城で会った時、彼は狐除けの魔法を掛ける許可を貰いに、ダンブルドアに会いに来ていたらしい。
名前が思った通り、ホグワーツを中退したハグリッドは、やはり魔法を使ってはいけない事になっているのだそうだ。もっとも、ハロウィーンで使うカボチャを大きくしたりなど、ごくごく些細な事にはこっそり使っているらしい。
名前が鶏小屋に魔法を掛けるようになってから、狐の襲撃は一度も無かった。
鶏達が地面を啄んでいるのを眺めていた名前だったが、ふと視界に何か黒い筋が動いている事に気が付いた。蟻かと思ったが、それにしては少し大きい。蜘蛛だ。
――何匹もの蜘蛛が、行列を成している。
名前は魔法生物に限らず、普通の生き物も好きだったが、だからと言ってその生態に詳しいわけではない。その為、蜘蛛が行列を作ることなど殆ど無い筈だとは思うが、そういう行動をする種類の蜘蛛が居ないと断言することはできなかった。それとも、狐と魔法生物を近付けさせない呪文を掛けたつもりだったが、生き物全般の邪魔避けになってしまっていたのだろうか。まあ、人間は入れるので問題は無いだろう。
変な事もあるもんだなと眺めていたが、ハグリッドもその蜘蛛の行列を見ていた事に気が付いた――顔色が悪い。
「ハグリッド? どうしたの?」
「――いや、何でもねえ。何でも……」
名前は首を傾げたが、もしかすると彼は蜘蛛が嫌いなのかもしれなかった。蜘蛛恐怖症の人は結構居るし、それでなくても少々不気味な光景だったので気持ちは解る。ハグリッドがそのまま小屋に帰ってしまったので、名前も城に戻ることにした。
次の日は、ハッフルパフとグリフィンドールのクィディッチが行われる日だった。名前はハンナ達と共に、応援に行くつもりだった。
昨年度はこてんぱんにされたらしいが――ハリーが五分足らずでスニッチを捕ったらしいが、名前はその試合を観ていないので、皆が少々大袈裟に言っているんじゃないかと思っている――今年は七年生のキャプテンにとっては最後のチャンスだし、まだ優勝の目は残っているので、頑張って欲しいと思っていた。
大広間で選手達を見掛け、頑張ってと声を掛けたのが十時頃。名前達は試合が始まる十分前には競技場に着いていたが、結局この日、クィディッチは行われなかった。
四か月間沈黙を守っていたスリザリンの継承者が、再びマグル生まれの生徒を襲った。グリフィンドールの二年生、ハーマイオニー・グレンジャーと、レイブンクローの監督生の女子生徒だ。ペネロピーの事を名前はよく知らなかったが、周りの生徒の話を聞く内、名前がフィルチに冤罪を着せられた日、庇ってくれた女の子だと解った。
スプラウト先生がいつになく真剣な表情で、今後の学校生活での注意事項(夕方六時以降の外出禁止、教室を移動する際の教師の引率、全てのクラブ活動の休止等だ)を話し、談話室を出て行った後、名前は暫くずっと黙っていた。ハンナは心配そうに名前に声を掛けたが、まともに返事もできないほどにショックを受けていた。
仲良しの友達がまた石になってしまった――もう継承者は満足してしまったんじゃないかって、何でそんな事を思ってしまっていたんだろう。
嫌な事は続いた。次の日、ハグリッドが参考人として魔法省に連行された事、一連の襲撃事件を防げなかったとしてダンブルドアが停職になった事が生徒達に知らされた。ホグワーツにも理事会があり、その理事達が全員ダンブルドアの停職に賛成したのだという。
ダンブルドアは今世紀最も優れた魔法使いとの呼び声も高く、イギリスに留まらず地球上のありとあらゆる国や組織から頼りにされているというのに、それほどまでに理事達の落胆は大きかったという事らしい。
親がホグワーツの理事を務めているというマルフォイは、まるで自分がダンブルドアを停職に追い込んだかのような態度で偉ぶっていた。もちろん、ダンブルドアに反発を抱く人も居るのだろうし、それは当人の自由だが、ダンブルドアが解決できなかった問題を、魔法省や、もしくは他の誰かが解決できるのかは甚だ疑問だ。
ダンブルドアが居なくなった今、誰がマグル生まれの生徒を守ってくれるのだろう。
いつの間にか、名前はダンブルドアを信じ、頼りにしている自分が居ることに気が付いた。彼が見守っていてくれる、これこそがホグワーツなのだと、何故だかそう思っているのだ。
また、ハグリッドが魔法生物を好きな事は学校中に知れ渡っているので、彼がスリザリンの怪物を飼い慣らし、生徒を襲わせているのではないか、という噂が一部の生徒の間で流れていた。
そんな事があるわけない――ハグリッドと仲が良い名前はその噂を聞くたびに否定していたが、確かに彼をよく知らない生徒からしてみれば、妙に真実味のある話なのかもしれない。ハグリッドは体が大きいし、顔もいかついので、少々怖く見えるからだ。名前だって初めはおっかなびっくり接していた。
しかし、そうでなければ、何の理由で魔法省に呼び出されたのか。名前はハグリッドがホグワーツを中退した事は知っていたが、どういう経緯があったのかは知らない――。
日課の湖散策も、箒の練習も、何もできないまま、ただただ日々が過ぎていった。
元々ずっと誰かと一緒に行動するのが得意ではない名前は、段々と寝室に籠りがちになっていた。もっとも、寝室に居たところで、本を読むくらいしかする事が無い。今なら魔法史の試験で満点が取れるかもしれないなと、名前は自嘲した。
マンドレイクが順調に成長しているらしい事だけが、唯一の救いだった。
日曜の夜、名前は夕食から戻ると、さっさと寝室に戻ろうと談話室を通り過ぎようとした。此処の所、夕方以降の談話室はいつでも超満員だ。試験まで二週間を切っているので、主に五年生と七年生がぴりぴりしているし、そうでなくとも雰囲気が暗いので、名前としては長居する気は無かった。
「名前」
名前を呼び止めたのはアーニーだった。名前は足を止め、「何?」と尋ねる。
アーニーは少しばかり言い辛そうにしていた。どうやら同級生達が何人か一緒に居たようで、ハンナも立ち上がってアーニーの隣に立つ。「大丈夫よ」とか、「ちゃんと言えば大丈夫」とか、こそこそと話している。名前は首を傾げた。
「その、僕、明日の薬草学で、ハリーに謝ろうと思うんだ」
「ハリー……ハリー・ポッター?」
名前が尋ね返すと、アーニーはこくりと頷いた。
彼が言うには、ハーマイオニーが継承者に襲われた事に対し、ハリーが本当にショックを受けていると気付いたのだという。確かに、薬草学で見掛けるハリーはいつもより元気が無さそうだった。
「君はずっと、グレンジャーの友達の彼が、継承者の筈が無いって言ってたのに……」
「――まあね」名前はにやっとした。
久しぶりに笑った気がしたが、アーニーの方もそう思ったようだった。驚いたようにぽかんと口を開けている。どうやら、名前がこの件で、アーニーに対して腹を立てていると思っていたようだった。
名前は確かに、ハリーがスリザリンの継承者だとは思っていなかったし、アーニーはずっとハリーが犯人だと言い続けていた。しかしながら、名前だって証拠を持っていたわけではないし、アーニーが彼を疑っていた理由も解っているつもりだ。この件について、怒る権利はハリーにしか無いのだ。
「多分、ハリーは許してくれると思うよ。あたしも一緒に行く?」
「……いや」
大丈夫、と小さく言ったアーニーに、名前とハンナは目を合わせて笑った。
どうやら集まって試験勉強をしていたようで、名前も久しぶりに混ぜて貰った。気分転換に蛙チョコレートを齧ったり(カードはいつも捨てていると言うと、アーニーは先程しおらしくしていたのが嘘のように、「信じられない」「こんな人間が居るなんて」と名前を非難した)、天文学の範囲が広すぎると文句を言ったりしていると、少しだけ気分が楽になった気がした。
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