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数日間、名前は好奇の視線に晒された。医務室に向かう名前達のやり取りを、絵画か、もしくはゴーストが見ていたらしく、名前が記憶喪失になった事が他の生徒達に知られていたからだ。
名前としては、ダンブルドアが言ったように記憶が上手く繋がっているおかげで、気付けば丸一日寝過ごしてしまったくらいの心境だったのだが、ハンナやスーザンといったルームメイト達はこぞって名前を心配したし、寮生達も代わる代わる名前に声を掛けてきたので、かなり変な気分だった。
名前は両親共に魔法族だし、スリザリンの継承者に狙われる理由は無いと言い張ったのだが、誰一人として聞き入れてくれなかった。
また、他の寮の友達も、人によってはかなり深刻そうな面持ちで名前を見た。
「名前、本当に大丈夫なの……?」
そう言ったのは、グリフィンドールのジニーだ。ジニーは今にも泣き出しそうな顔で名前を見詰めた。
「平気だよ。そんなに心配しないで」
「本当に……?」
名前がにっこりしながら頷くと、ジニーは顔をぐしゃぐしゃにさせた。よほど怖い思いをさせてしまったようだ。
彼女は近頃、漸く元気を取り戻してきていたようだったのに、また前のような暗い表情をさせてしまった。
呪文学の教室に向かう同級生達を見送りながら、名前は精一杯のアピールをした。元気だし、どこも痛くないし、風邪の一つも引いていないと。しかしながら、ジニーはそれでもやはり心配そうに名前を見ていた。
「あのね、名前……」ジニーが小さく言った。「変な本を拾ったりしていない?」
「変な本?」
「その……」
言い淀むジニーに、名前は内心で首を傾げた。「何も拾ってないよ、どうして?」
名前が尋ね返すと、ジニーは慌てた様子で何でもないと言った。ますます訳が解らなかったが、予鈴が鳴った事もあり、名前達は手を振って別れた。ジニーが何を言おうとしていたのか名前には解らなかったし、その日の呪文学で大量に宿題を出された事もあって、結局忘れてしまった。
一日分の記憶が無くなってしまったらしい事については特に気にならなかったのだが、一日分の補習授業を受けなければならないのは最悪だった。
ビンズの授業はマンツーマンでも退屈だし(しかも、ビンズ先生は名前の名前を少しも覚えておらず、何度も呼び間違えた)、ロックハートの演劇に一人で付き合わなければならなかった(「そこで、私は狼男を押さえつけた――すると辺りが明るくなった――夜明けだ――敵は哀れなうめき声を上げ――毛は抜け落ち――牙は縮み――」)。中でも、スネイプの補講はやはり群を抜いて最悪だった。
老け薬の授業は一月で終わっていたらしく、火曜に行われたのは防火薬だった。スネイプは普段、初回の授業で調合法を一度に話し、後の数回で同じ薬の復習をする事が多かった。名前はその初回の授業を休んでしまった事になるので、当然ながらまともに調合できない。また、スネイプは初めに魔法薬について説明をする時、教科書に載っていない補足の説明もするのだが、それが解らない名前は教科書通りに煎じるしかない。
初回の授業を飛ばしてしまったのだから、スネイプは当然その分の補習を行うべきなのだが、補講を行う事自体がよほど腹に据えかねているのか、何の説明もしてくれなかった。おそらく、こうして放課後に授業をしてくれるだけ良しとすべきなのだろう。名前は苛々したスネイプの舌打ちや嫌味に耐えながら、『魔法薬調合法』とにらめっこするしかなかった。
金曜のお昼時、名前はランチも食べないまま、スリザリンの長テーブルに突撃した。「セオドール!」
突然大声で名前を呼ばれたノットは、かなり驚いた様子で咳き込み、名前が隣に滑り込んだ時にもまだ噎せていた。しかし、名前は気にしない。
「信じられる? スネイプのやつ、補講であたしに全然教えなかったくせに、宿題まで出したんだよ! しかも今日まで!」
「信じられないのはあんたの方よ」
斜め前に座っていたパンジー・パーキンソンが呆れたように言ったが、名前は無視した。連日の補講や、他の授業の宿題等があり、厄介な魔法薬学を後回しにしていたのだが、そのツケが回ってきていた。パンジーに構う余裕が無かったのだ。「ねえ、レポート写させて! お願い! あと防火薬も教えて!」
授業の内容を聞くだけなら、ハーマイオニーや、レイブンクローのアンソニーに頼っても良かったのだが、彼らは宿題を写させてはくれない。
「そ、それは良いけど……」
「ほんとに!?」
ノットはかなり微妙な顔をしていた。しかしながら、昼食を食べてからで良いと言ったにも関わらず、彼はその後すぐに席を立ち、名前と一緒に図書室へ向かった。
人気の少ない図書室で、名前は必死に防火薬の調合について知識を詰め込む。ノットが纏めたノートは文字も、そのノート自体も読みやすかったが、如何せん時間が足りない。
やっとの事で防火薬の基本知識を頭に叩き込み、レポートを写し終えた頃には、殆ど昼休みが終わっていた。
二人は図書室を出て、それぞれの教室に向かう。名前は魔法薬学、ノットは変身術だ。
「本当にありがとう、これで何とかやり過ごせるよ!」
「そうだと良いけど」ノットはあまり関心が無さそうだ。
「ねえ、トレイシーの機嫌が悪いみたいだったんだけど、何か知らない?」
トレイシー・デイビスはスリザリンの二年生で、彼女とは普段仲良しなのだが、先程すれ違った時、名前が挨拶しても彼女はわざとらしく顔を背けるだけで、何も言わずに行ってしまったのだ。彼女を怒らせた心当たりが無かったので、今日は元々機嫌が悪かったのかもしれない――と、名前は思いたかった。
ノットは横目で名前を見た。
「君が約束をすっぽかしたって聞いたけど。待ってたのに来なかったって」
「やっぱり!?」
名前は頭を抱えた。あと十分で授業が始まるのでなければ、文字通り本当に頭を抱えていただろう。「火曜日、やっぱり何かあったんだ。後で謝らないと……ていうか、謝ったら許してくれるかな?」
「さあね」
かなり冷たい返事だ。
ノットはどこまでも現実主義だ。慰めてはくれないし、しかし逆に、誤魔化そうともしない。
「スネイプ先生が補講なんてするわけないと思ってたんだけどな。君、本当に記憶喪失になったんだ?」
「そうらしいよ」名前は力無く言った。「全然自覚ないんだけど、あたし、この間の火曜にあった事、何にも覚えてないんだって」
ノットはかなり怪訝そうにしていた。
「本当に何も覚えてないのか? 朝食の時、授業で逃げ出したレッドキャップが走り回ってた事とか?」
「えーっ!?」名前は思わず立ち止まって叫んだ。「覚えてない!」
「ずるい、そんな事があったの!? 本当に、どうして忘れちゃったんだろう……」
心底落ち込んだ名前だったが、静かな笑い声が降ってきて顔を上げた。ノットが笑っている。
「嘘だよ」
「嘘なの!?」
尚も低く笑っているノットに、名前は何故そんな無意味な嘘をついたのかと尋ねたが、彼は答えてくれなかった。
地下へ向かう階段の前に着き、名前はまたねと言って手を振ろうとしたのだが、ノットは「考えたんだけど」と口を開いた。
「きっちり二十四時間の記憶を消すなんて、少なくとも低学年の生徒の仕業じゃないと思うよ。むしろ、高学年の生徒でも怪しいところだ。忘却術はそんなに単純な呪文じゃない。しかも、マダム・ポンフリーでも治せなかったんだろ? よっぽど腕の良い魔法使いじゃないと不可能だろうね」
「……じゃあ、先生の誰かが、あたしの記憶を消したって事?」
ノットは首を横に振った。「そういうわけじゃない。忘却術じゃ不可能って事さ」
「忘れ薬なら、上手く調合すれば忘れさせる記憶の時間だって調節できる。それに、忘却の川の水を飲ませれば、記憶ごと消せるだろうね――忘れ薬はホグワーツでも習うから、材料の忘却の川の水だって手に入る筈さ――スウーピング・イーヴルの毒液だって、希薄化させれば忘れ薬の代用になる」
ノットは早口で言葉を続けた。「記憶を消したなら、その記憶の修正もかける筈だ。君は一日分の記憶が抜け落ちてる事に気付いたけど、偽の記憶を入れ込んでおけば、こうして気付く事も無かった。スリザリンの継承者によるものかどうかは兎も角、本当に君が何か都合の悪い事を知ってしまって、誰かが故意に記憶を消したのなら、あんまり杜撰なやり方だと思うね」
「つまり、誰かがやったんじゃなくって、魔法薬の事故じゃないかって事?」
「そうだろうと思うよ」
名前は改めてノットを見た。「……もしかして、元気付けようとしてくれてる?」
「君、能天気って言われないか?」
「よく言われる」
ノットは呆れたように肩を竦めてみせたが、そのまま変身術の教室に向かったので、名前も慌てて地下牢教室へ続く階段を駆け下りた。ノットはそのつもりは無かったらしいが、名前の心はかなり軽くなっていた。もっともそれも、スネイプにレポートが出来過ぎている事を指摘されるまでの事だが。
結局、名前の記憶が消えた原因は解らず仕舞いだったが、名前の両親が魔法族という事もあり、名前への注目はすぐに無くなっていった。
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