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闇の魔術に対する防衛術は、相変わらずロックハートが自著を身振り手振りを交えてひたすら音読するだけの退屈な授業だった。昨年度に比べて優れているのは、後頭部に例のあの人が取り付いていないというただ一点のみだ。もっとも、女子生徒からは未だ根強い人気があるようで、名前としてはどうしてなのか不思議に思っていた。
名前のような不真面目な生徒にとっては、他所事をするのに持ってこいの時間だったが、アーニーのように根が真面目だとかなり辛い授業らしい。
彼は以前、ロックハートが自伝で書いている事は、彼本人ではなく、誰かから買い取った体験談を纏めているだけなのではないかと言っていた。もっとも、それらは両親からの受け売りで、確固たる理由があるわけではないらしかったが、名前としても同意見だ。
初めの内はしっかり監修がついている自伝風の空想小説だと思っていたが、その割には描写が真に迫っていた。その為、ロックハートはよっぽど文才に溢れているか、他人から聞き出した武勇伝を聞いている内に本当に自分がやったと信じ込んでしまっているかのどちらかだろう(名前の持論を聞いた時、アーニーは乾いた笑いを漏らしていた。「多分、ダンブルドア先生は僕達に知っておいて欲しかったんだろうな。そういう人も居るって……」)。
「それ、何やってるんだい」
ごく小さな声で、アーニーが名前に聞いた。
ちょうど、ロックハートが狼人間に追い詰められ、電話ボックスに逃げ込んだクライマックスシーンを演じている。「そこで、私は杖を取り出した――マグルは人狼になる事はない――ここで負けても、被害は私一人で済む――やるしかない――」
女の子達が息を呑んでロックハートを見詰める中、名前はちらりと隣のアーニーに目をやり、『狼男との大いなる山歩き』の、その内側に立てかけてある本を少し引っ張って見せた。
「『幻の動物とその生息地』?」アーニーは小声で本のタイトルを呟いた。「君、本当にその本好きだね」
「まあ、ロックハート先生の本を読むより、ずっと為になるとは僕も思うけど……」
「ロックハートだって、別に悪い人じゃないよ」
名前が小さく言うと、今度はアーニーが名前に目をやった。「魔法族とマグルの調和が大事なんて、言う人なかなか居ないでしょ?」
「……何と何だって?」
「魔法使いとマグル。これに――」名前は外側の本をちょいっと動かした。「――書いてあったよ」
「まさか君、ロックハートのウィンクが完璧すぎるとか思ってないだろうね」
名前は肩を竦めた。そのまま、尚も『狼男との大いなる山歩き』の一部始終を演じ続けているロックハートに目をやる。相手役に選ばれたウェインはかなり辟易した様子で、先程から微動だにしていなかった。もはや独り舞台だ。
「――片手で何とか押さえつけた――それからもう一方の手で、杖を喉元に突きつけ――最後の力を振り絞って、その狼男に『異形戻しの術』をかけた――」
授業後、名前はハンナ達にまた後でと手を振り、そのまま踵を返した。執務室をノックし、部屋の主が出てくるのを待つ。ロックハートはすぐに姿を現した。それから、名前を見て「おや」という顔をする。
「ミス・名字、どうしたんです? 何か忘れ物かな?」
「先生、授業の事で質問があって」
名前がそう言うと、ロックハートはすぐににこりと笑顔を作った。
立ち話も何だから、と招かれたロックハートの自室は、名前の予想を遥かに超えていた。昨年、名前はこの部屋に入った事があった。その時は私物が殆ど無く、ひどく殺風景な場所だと思ったことを覚えている。
部屋の壁全体に、豪奢な額縁に入った写真が数え切れないほど掛けられていた。全て同じ人物――ギルデロイ・ロックハートを写している。写真の中のロックハート達は、皆白い歯を輝かせ、名前と目が合うとぱちんとウィンクをした。机の上には羊皮紙の束が山のように積まれていて、生徒のレポートだろうかと思ったが、どうやら全て手紙らしかった。ファンレターだ。
名前の視線の先を追ったのだろう、「皆、熱心に私に梟を送ってくれるのですよ。返事を書くのがとても大変なのですがね」と、ロックハートは言った。あまり困っている口振りではなかったが、名前は気にしなかった。
促されるまま来客用の椅子に腰を下ろす。ロックハートも向かい側に腰掛けた。座る時でさえ優雅だ。「先生、『狼男との大いなる山歩き』のことなんですけど」
「ええ、『狼男との大いなる山歩き』ね!」
あれは私もお気に入りの一冊なんですよ、と微笑んでみせるロックハートに、名前も笑顔を返した。
「異形戻しの術で狼人間の変身が解けたというのは、小説上の演出ですよね?」
名前がそう口にすると、ロックハートの表情が少しだけ強張った。
「人狼の変身は月の満ち欠けにだけ作用されるので、レパリファージでは解けない筈です。だって、それなら脱狼薬は必要ないですもんね」
「――ええ、そうですよ」ロックハートは微笑んだ。
「作劇の都合上、どうしても事実でない部分が出てきてしまうものなのですよ。彼も本当は狼人間ではなく、彼に罪を着せようとしたならず者の仕業でした。しかし、それでは“話”にならない。出版社も、よりドラマチックにしたいという私の意見を尊重してくれましてね」
「やっぱりそうですか。良かったです」
名前はそう言ってから、再び口を開いた。「それともう一つ。マグルは狼人間にならないというのは俗説ですよ」
「狼人間の牙には毒があって、正しい治療法でしか止血できないんですけど、救急車に銀粉なんて乗せてないから、噛まれたマグルはみんな出血多量で死んじゃうんです。だからマグルだから噛まれないんじゃなくて、マグルだから狼人間になる前に死んじゃうのが正しいそうですよ。もちろん、マグルの生活圏に好んで住む人狼が少ないので、噛まれる事例自体も少ないんですけど。でもさっき先生は、マグルは人狼にならないって……先生?」
名前としては、ロックハートが敢えてマグルが居るかもしれない地域に逃げ込んだのは、他に何か理由があるのだと思っていた。彼は授業こそ下手くそでも、魔法生物についての知識は持っているようだったし、先程名前が尋ねた事にも正しく答えてくれた。元マグルの狼人間が居ないのが生存バイアスによるものだという事を知らず、彼が本当に間違って覚えているのだったら、教えてあげなければと思ったのだ。
魔法界と非魔法界のハーモニー、それを願っている人が、万が一マグルに危害を与えてしまったら可哀想だ。例え形だけだったとしても。
杖を突き付けられながら、名前は自分を見下ろすロックハートがまったくの無表情だという事、そして写真のロックハート達が緊張した面持ちで何かを言おうとしている事に気が付いていたが、それでも頭の中は困惑でいっぱいだった。「――オブリビエイト!」
――はっと気付いた時、名前は一人廊下を歩いていた。立ち止ったのは、どうしてこんな所を歩いているのかを、さっぱり思い出せなかったからだ。
多分、授業終わりにぶらついていたのだろう。しかし、変身術の後、わざわざ西塔まで来るだろうか。名前は首を傾げていたが、窓から日が差している事もあって、すぐに気にならなくなった。
折角晴れ間が覗かせたのだから、こんな日は魔法生物を探しに行くに限る。名前は黒い湖の様子を見に行くべく、マントを取りに行こうとハッフルパフ寮へ向かった。
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