73
火曜日は、名前にとって憂鬱な日だった。二時限続きの魔法薬学(防火薬は調合が難しすぎて、訳が解らなかった)が終わったと思ったら魔法史が出迎え、それから午後には闇の魔術に対する防衛術が待っているからだ。どれも好きじゃない科目だし、ロックハートの授業――授業と言って良いのかよく解らないが――で一日を終えるのは、かなり気が滅入る。放課後にスリザリンのトレイシーと遊ぶ約束をしているので、まだ何とか耐えられるのだが(実家から美味しいお菓子が届いたので、一緒に食べないかと誘って貰ったのだ)、それでも嫌なものは嫌だ。
昼食の後、名前はアーニーと共に、ロックハート談義に花を咲かせるハンナとスーザンの後ろをついて歩いていた。
名前は仲良しのハンナ達が未だロックハートに首っ丈なので、彼女達と同じ机に座るのは気が進まなかったし、アーニーは仲良しのジャスティンが居ないので、最近では二人は一緒に授業を受けるようになっていた。
「ロックハートの授業、仮病で休みたいなって思わない?」
名前がそう問い掛けると、アーニーは口をもにょもにょと動かしたが、何も言わなかった。「思わない」と言っているように見えたし、「良い考えだ」とも聞こえた。
突然両肩に腕が置かれ、名前はびくっとした。
「冴えてるな、名前」と、フレッド。
「僕達も同じ事を考えたよ」と、ジョージ。
名前が口を挟む前に、二人は口を揃えて「ちょっと借りてくよ」とアーニーに言い、そのまま名前をUターンさせる。前にもこんな事あったなと思いつつ、名前は流れに身を任せた。授業が始まるまでまだ時間はあったし、どうせ闇の魔術に対する防衛術なのだから、多少遅れたって変わらないだろう。
廊下を歩く同寮生達の波に逆らって歩き、それから名前達は手近な空き教室に入った。
「仮病じゃなく、ほんとに病気になっちまえば良い」
「……そんな呪文あるの?」名前は興味津々だった。
「いや?」
「なーんだ」
名前は心底がっかりしたのだが、そんな名前に二人は笑ったようだった。
「けど、病気になって退室するだけなら簡単さ。流血豆をちょっと齧れば鼻血が止まらなくなるし」
「ブボチューバーを使えば瞬間にきび面だ」
「問題は、授業を抜け出せる代わりに医務室に閉じ込められるって事だな」
「マダム・ポンフリーのお説教付き、運が良ければ寮監の罰則付きだ」
「流血豆ならちょうど持ってる。買うかい?」
「いらない」
にべもなく断ると、二人は再び笑った。
何か用だったのかと尋ねると、フレッドとジョージはそれぞれ「お礼を言いたくてね」と切り出した。どうやら仮病案が気に入ったから声を掛けたのではなく、元々名前を探していたらしい。何故名前の居場所が解ったのかと思ったが、彼らはホグワーツ中を見渡せる地図を持っている。
「お礼? 何の?」
名前はそう尋ねながら、彼らに何かお礼を言われるような事をしただろうかと考えた。
屋敷しもべ妖精達に教えて貰った隠し部屋、そのメモをあげたことだろうか。しかし、彼らが知らなかった場所はそういくつもあったわけではないだろうし、わざわざ礼を言いに来るほどでもない気がする。
「ジニーがさ、君のアドバイスに従ったら、ちょっと元気が出たって言うんだ」
そう言って笑うフレッドに、名前は目を白黒させた。
彼らが言うには、ジニーがここ最近、少しずつ元気を取り戻していたので、何かあったのかと聞いたそうだ。すると彼女は名前に相談をし、そのアドバイスに従ってみたところ、何となく気分が明るくなってきたのだという。
――プラシーボ効果ってすごい。
もちろん、名前はそんな医学用語を知っていたわけではないし、実際にジニーが元気を取り戻したのはそういう理由ではなかったのだが、思い込みにしろ何にしろ、ジニーが元気になって良かったと名前は心から思った。
良かったねと名前が言うと、彼らは満足そうに頷いた。それから二人は、お礼として名前に抜け道を教えてくれた。ホグワーツ内部にある隠し通路ではなく、ホグワーツの外、ホグズミードへの抜け道だ。
先日崩れてしまった五階の抜け道以外にも、城の外に続く道があるなんて、名前は思ってもみなかった。四階の廊下に背中にコブのある隻眼の魔女の像があり、その裏にある道はホグズミード村のお菓子屋の地下室に直接繋がっているらしい。
「合言葉は『ディセンディウム』だ」フレッドはそう言ってウィンクした。
彼らと別れ、闇の魔術に対する防衛術の教室に向かうと、その途中でアーニーが立っていた。どうやら待っていてくれたらしい。
「君、本当にあの二人と仲良いんだね……」
アーニーは呆れ半分、尊敬半分といった調子だ。
「そうだよ」
「まあ、グレンジャーと仲が良いよりはまだ信じられるけど……」アーニーはいったんそこで言葉を区切った。「君、パチル姉妹とも仲良いだろ?」
名前は頷いた。パチル姉妹、同学年のパーバティ・パチルとパドマ・パチルの事だ。決闘クラブ以来、名前はパーバティとよく話すようになった。それまでも挨拶くらいは交わしていたが、今では会えば話をする仲だ。また、その流れで名前はパドマとも仲良くなったし、彼女の友達のラベンダーとも知り合った。
「学年一頭の良い女の子や、学年一お洒落な女の子達と何で君が気が合うのか、本当に不思議だよ」
「すっごく失礼な事言ってるって事、解って言ってるんだよね?」
アーニーは肩を竦めた。ちょうど予鈴が鳴ったので、二人はそのまま防衛術のクラスへ向かった。
[ 908/921 ]
[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]