好きです!

 私の好きな人は、S級ヒーローです。最近ヒーローネームがつきました。「鬼サイボーグ」だそうです。角は無いのに、変なの。
 ジェノスくんは十九歳らしいです。これはサイタマ先生(ジェノスくんにとって先生なら、私にとっても先生です。サイタマ先生!と呼んだ時、先生は複雑な顔をしました)から聞き出しました。私、インタビュアーの素質あるのかも。街角でインタビューする人になって、ジェノスくんの良い噂をいっぱい広めたいです。私よりも少しだけ年上のジェノスくんは、私よりも何倍も落ち着いていて、強くて、立派で、本当はもっと年上なんじゃないかとも思ってしまいます。私は年の差のある恋愛も良いと思います。
「ジェノスくんは年下はお嫌いですか?」
「好きでも嫌いでもない」
 これは、上々の反応です。

 ジェノスくんが苛々としているのが解ります。先程から、彼の人差し指はずっと膝の上を叩いています。でも、まだ平気かなって思います。最初の頃は追い払われましたから。
 私は目下片思い中です。ジェノスくんは今のところ恋人も好きな人も居ないそうなので、時間があればアタックを仕掛けています。特に効果は見られませんが、好感度は「うざい」が「うっとうしい」ぐらいにはなっているんじゃないかなと思います。万年片思い。それも公式の片思いです。
「ジェノスくんはどんな女の子が好みですか? 私、ジェノスくんに好きになってもらいたいんです。明るい子が好きですか。静かな子が好きですか。大人しい子が好きですか」
「うるさい」
 五月蝿いと言われたので、少し声を小さくします。「それとも陽気な子が好きですか。頭の良い子が好きですか。それとも――」
「名前」
 ジェノスくんが名前を呼んでくれました。珍しい。
 最近、ジェノスくんは私の名前を覚えてくれました。多分、そうした方が私が黙ると思ったんでしょう。黙るには黙りますが、それは嬉しさによって口をつぐむだけであって、私がジェノスくんを好きだという気持ちには変わりがないのです。
「お前はこの顔が好きなんだろう」

「良いか、俺は外見を評価されたところで何とも思わない。お前がいくら俺の外見を好きになろうと、俺がお前を好きになることは有り得ない。それくらい学習しろ」
「ジェノスくん、それは違います」
「何が違うんだ」
 私はちょっとだけ笑いました。ジェノスくんはどうやら勘違いをしているようです。そして、口を利いてくれるのが嬉しい。いつもは私が喋り通すだけですから。
「私がジェノスくんが好きなのは、ジェノスくんが格好良いからだけじゃないです。ジェノスくんは覚えてないかもしれないですけど、ジェノスくんは昔私を助けてくれました。でも、それだけでもないです。私、ジェノスくんがジェノスくんだから好きなんです。ジェノスくんはいつも、一生懸命前を向いています。理由は知りません。先生に弟子入りしたのも、ヒーローになったのも、全部目標に向かっているからなんでしょう? 私はそんなジェノスくんが好きなんです」

 ジェノスくんが変な顔をしました。
 私が知っているジェノスくんは、怒っていたり、顰め面をしていたり、無表情だったり、そういう顔ばかりです。でも今の顔は少し違いました。ちょっと目を見開いて、まるで見たことのない動物を見てるみたいな顔でした。
 やがて、ジェノスくんが言いました。「とっとと帰れ」
 私は今度は言われた通りにしました。もう五分も居たら、摘み出されていたに違いないのです。帰路につきながら、また今度来るねと心の中で言いました。それにしてもジェノスくん、変な顔してたなあ。



「お」歯を磨いていたサイタマは、ジェノスがぼーっと炬燵に座っているのを見て声を掛けた。既に名前は帰ったらしい。「何だジェノス、絆されたか」
「違っ……い、ます」
「お、おお……」
 勢いよくジェノスは言い切ろうとしたようなのだが、相手がサイタマだということに途中で気が付いたのか、その勢いを殺した。いや、本当にそうだろうか。相手がサイタマだったから、なのだろうか?
 やがてジェノスは、「少し外回りに行ってきます」と言い残し、サイタマの返事も待たずに出ていった。いま外に出たら、名前と鉢合わせるんじゃないかとサイタマは思ったのだが、結局何も言わなかった。あいつも大概面倒くさい性格をしているなあと思いながら。

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