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 名前が調合の練習に使っていた五階の鏡の裏の抜け道は、すっかり崩れてしまった。後日、名前は五階に様子を見に行ったが、かろうじて入り口はまだ存在していたものの、通路は完全に塞がっていた。名前は掘削に使えそうな呪文をいくつか調べ、試してみようとしたのだが、今以上に崩れてくる気がして試せなかった。
 折角城から出る為の抜け道だったのに、名前がそれを壊してしまった。
 フレッドとジョージに会った時、名前は抜け道を崩してしまった事、二人が買ってきた物が無駄になってしまった事を謝った――名前を助けてくれた時、彼らは買い物袋を放り出していた。
「そんなの気にするなよ。お互い、大した怪我が無くて良かったじゃないか」
 本当に気にしていないような口振りで、ジョージが言った。
「君が止めようとしたのに、ペパーミントを入れたのは僕だしな」
 フレッドもそう言って、全然気にしなくて良いと名前の肩を叩いたが、そういうわけにはいかなかった。名前があんな所で大鍋を混ぜていなければ、抜け道は崩れなかった筈なのだ。彼らだって城から抜け出す術を失って、本心ではさぞがっかりしている事だろう。
 実際のところ、ホグワーツ城の外に続いている抜け道はまだ他に六つあり、その全てをフレッドとジョージは知っていた。ゴースムーアのグンヒルダの像の抜け道に関しては、フィルチも把握していないし、ハニーデュークスに直通なので、逆に使いやすいかもしれなかった。その為、二人は本当に気にしていなかったのだが、名前にはそれが解らなかった。

「あのね、あたし、前に屋敷しもべ妖精のみんなに色々隠し部屋を教えてもらったの」
 名前は持っていた部屋のメモを取り出し、抜け道を崩してしまったお詫びとして、二人にあげる事にした。もちろん、彼らには隠し部屋や抜け道を網羅した忍びの地図がある。しかしもしかすると二人が知らない部屋もあるかもしれないし――何せ、スリザリンの秘密の部屋は、忍びの地図には載っていない――ホグズミード行きの抜け道には及ばないが、彼らなら使い道を見つけるかもしれない。
「東塔の地下の階段の踊り場?」メモを見ながらフレッドが言った。
「木曜にしか出ないやつか?」
「知らないな。あそこは特に何もない筈だけど。君、これ試したか?」
 名前は首を振った。ちょうど木曜日だった事もあり、三人で行ってみようという事になった。
 薄暗い階段の踊り場で、名前達は忍びの地図を見詰めた。地図には表示されているが、踊り場には名前達三人の名前が書かれた点が集まっているだけで、特に部屋があるわけではない。屋敷しもべ妖精が嘘を言うわけがないし、彼らが言った事を聞き間違えたのだろうか。
 三人を代表して、フレッドが「コロポータス!」と唱えた。
 するとどうだろう――踊り場の壁のちょうど真ん中に、突然扉が現れた。隠し部屋だ。その直後、ジョージが「あっ」と声を上げ、名前も彼の視線を先を追った。
 ジョージが見ていたのは扉ではなく、忍びの地図だった。名前達が表示されている踊り場の横に、するすると線が引かれていく。やがて小部屋が出来上がり、名前・名字が示された小さな点から更に小さな吹き出しが表示された。「コロポータス」と書かれている。
「――どうやら、ムーニー達も知らなかったみたいだな」フレッドが言った。

 何て事の無い小部屋だったが、二人は何故か残念そうにしていた。彼らが言うには、忍びの地図に載っていない部屋をいつか見付けたいと思っていた為、名前に先を越されたのが悔しかったらしい。あちこちにアロホモラを掛けた事はあったが、コロポータスを試した事は無かったそうだ。
 お詫びのつもりだったのに、妙な結果になってしまった。
 なお、屋敷しもべ妖精達が教えてくれた隠し部屋には、他にも地図に載っていない部屋があったようだ。フレッドとジョージが確かめに行くと言うので、二人とはそこで別れた。


 五階の鏡の裏の空間が使えなくなってしまったことで、名前は新たに魔法薬学の自習に使える場所を探さなければならなかった。しかし、今の名前には一つだけ心当たりがある。三階の女子トイレだ。
 既にあそこにはポリジュースを作っている先達が居て、顔を合わせると気まずいかもしれないが、まあ隅の方でやれば迷惑は掛からないだろう。それに、あの大鍋についてはマートルも黙認しているようだったので、名前が一人増えたところで気にしないのではないだろうか。
 既に名前の頭には、指定の場所以外での調合が禁止されている事についての罪悪感は殆ど無い。魔法薬作りが楽しいわけではなかったが、やはり回数をこなすと手順や材料も覚えるし、段々と作業の手際自体が良くなってきているのも解るので、将来のNEWT受講に役立つ気がしている。

 この日、名前は久しぶりにマートルのトイレを訪れた。扉から顔を覗かせると、やはり中には誰も居ない。そして――。
「あれ、あの薬完成したんだ」
 名前が一人呟いた。女子トイレの中は無人で、人っ子一人居なかったが、以前は立ち込めていた魔法薬調合の際に出る煙も無かった。名前が以前閉ざされていた個室に近付き扉を開くと、中には便器があるだけだった。
 その時すっと人の気配がして、振り向くとマートルが浮かんでいた。「また来たの」
「元気? マートル」
「まあね」
 マートルは普段通り憂鬱そうだ。名前が「ここにあった薬、完成したんだね」と話し掛けると、彼女は少しだけ元気になった。
「ああ、あれ。――失敗したのよ」
「そうなの?」
 マートルは事の顛末を話してくれた。三人分のポリジュース薬は無事に完成したという事。三人の内、二人は上手く変身できたという事。最後の一人、女の子が変身に失敗してしまったという事。その子は何を間違ったのか、耳も尻尾も生えていたという事。
「……動物に変身しようとしたの? 使えないって聞いたけど」
「あーら、よく知ってるじゃない」マートルはけらけらと笑った。
「ま、猫になろうとしたわけじゃないみたいだったわね。成りすまそうとして用意した毛が、相手じゃなくてその相手のペットの毛だったみたい。駄目ね、上級者向けの魔法薬なんだから、ちゃんと確認しないと」
 どうやら他人の不幸が相当愉快らしく、マートルは忍び笑いを漏らしている。
 名前がその失敗した女の子の名前を何というのかと尋ねると、彼女は名前に目を向けた。
「……教えないわ。ていうか、そもそも知らないもの。でも、名前は知ってるんじゃないの? あんたと同じくらいの歳の、頭がもじゃもじゃの女の子よ」
 名前が今から医務室に行くと言うと、マートルは「何しに来たわけ!?」と拗ね始めたが、名前は何もしなかった。そのままの足で医務室へ向かい、名前はマダム・ポンフリーにどうしてもハーマイオニーに面会できないかと尋ねた。


 クリスマスの日、クラッブの偽者に会った時、名前がまず一番最初に思い浮かんだのは服従の呪文だった。それなら彼が普段と違う言動をしていても納得できる。しかし、クラッブの偽者はロンだった。
 ――変身術で特定の誰かに成りすますのは、かなり難しい筈だ。誰でもない人に変身するならまだしも、同じものになり切るのは至難の業なのだ。変身術のスペシャリストであるマクゴナガル先生でさえ、実行できるかどうか。マグル式の変装や、特殊メイクの方がまだ似せられるだろう。仮にその人そっくりになれる呪文があったなら、おそらくそれは闇の魔術に足を踏み入れている筈だ。
 あの日会ったクラッブは、見た目は完全にクラッブだった。となると、方法はただ一つ。ポリジュース薬だ。
 ポリジュース薬は体の見た目だけでなく、中身に至るまですべてを対象と同等の物にするらしい。服用者本人の魔力に呼応して作用するので、動物には使えない(というか、魔法薬の殆どは人間にしか作用しない)。変身後の姿が人間に近い魔力を持っていない為、変身が中途半端になるどころか、上手く解除できなくなるからだ。
 動物に変身し、そして戻れなくなった魔法使いや魔女の逸話は、世界中にいくつもある。

 あのクラッブがロンだと理解した時、名前の脳裏に浮かんだのは、女子トイレで作られていたポリジュース薬だった。今さっきまで、名前はハリー達が知り合いの上級生に協力を仰ぎ、ポリジュース薬を調合して貰ったのだと思っていた。ハリー達に――スリザリンの継承者だと噂されているハリーに協力してくれるくらいなのだから、名前が同じ場所で魔法薬を調合するくらい、大目に見てくれると思ったのだ。
 マダム・ポンフリーは面会の許可はできないと名前を追い返そうとしていたが、衝立の向こう側から「マダム、その子なら大丈夫です」と小さく声が掛かり、五分だけという条件で中に入れてもらった。
 ベッドに横たわっていたのはハーマイオニーの筈だったが、名前の目には猫人間としか見えなかった。「名前、わたしがあれを作ったって解ったんでしょう?」

 情けなそうに言うハーマイオニーに、名前の中の憤りは――彼女達がクラッブを利用した事に対しての怒りは、どんどんと小さくなっていき、そして消えてしまった。見舞客用の椅子に腰掛けながら、名前は「まあね」とにやっと笑った。
 どうやら彼女は、クラッブ達に変身したハリー達がスリザリン寮の前で名前に会い、そして変身を看破された事を聞いたようだ。その為、名前が叱りに来たと思っているようだが、その名前がにやにやしているので、段々と普段の彼女を取り戻してきていた。
「ねえ、その耳触っても良い?」
「……いいわよ」ハーマイオニーは力無く言った。
 その後、名前は耳を触るだけでなく、ハーマイオニーの顔中を触ったり、尻尾を触らせて貰ったりした。どうせなら動物に変身する薬を作ってくれれば良いのにと名前が笑うと、ハーマイオニーは三角の耳をぺたりと伏せた。

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