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 新学期が始まった。グリフィンドールと合同の薬草学で、ハーマイオニーの姿が無かったので、ハッフルパフ生達の間で恐怖が広がった。しかしながら、名前が暫く医務室に入院してるだけらしいと言うと、皆一様にほっとしたようだった。
「面会謝絶だったけど、マダムが言うには石になったわけじゃないんだって。暫く入院らしいけど、ちゃんと治るって言ってたよ」
「そうか、良かった……」
 アーニーが呟いた。心底安堵している様子だ。
 剪定をしながら、もしかすると、アーニーは万が一ハーマイオニーが石になっていたら・・・・・・・・・・・・・・・・ハリーを疑わなくても良い・・・・・・・・・・・・と思っているのではないかと、名前は少しだけ訝しんだ。もちろん、彼は少々思い込みが強いところがあるだけで、優しい男の子だという事は名前も知っているが。

 火曜日、名前は五階の鏡の裏にある小スペースで、その日習ったばかりの老け薬を作っていた。材料はさほど珍しいものは入っていないが、かなり早い速度で、その上一定回数混ぜなければならないので、結構難しい。モクモクと立ち込める煙に目を細めながら、名前はふと背後から物音がする事に気付いた。
 名前は今、廊下側を向きながら薬を作っている。しかし、物音は――足音は背後から聞こえていた。つまり、廊下側ではなく、奥に続いている小道の方から誰かが歩いてきていた。
 隠れる場所も無いし、大鍋を消してしまう事もできない。そもそも辺りには煙が漂っているので、魔法薬を作っているのが丸分かりだ。名前にはどうしようもなかった。このまま出迎えるしかない。
 うるさく言ってこない人だと良いなと願いつつ、名前は老け薬をかき混ぜ続けた。

 果たして、通路の奥から人が現れた。一人ではなく二人だ。しかし、名前が知っている人達だったし、勝手に魔法薬を作っている名前を叱ったりもしなかった。
「誰かが此処を使ってると思ってたけど、君だったのか」ウィーズリーの双子のどちらかが言った。
 フレッドとジョージは、それぞれ両腕いっぱいに紙袋を抱えていた。名前が「それ何?」と大鍋をかき混ぜつつ尋ねると、「ハニーデュークスさ」とフレッド。
「ハニーデュークス?」
「ホグズミードのお菓子屋の名前だよ」
「ジニーのやつ、友達が帰ってきてもやっぱり元気がなくてさ。美味しい物でも食べさせてやろうと思って」
「糞爆弾も少なくなってきてたしね」
 要領を得ていない名前を見て、ジョージが「ここ、抜け道になってるんだよ」と教えてくれた。
「抜け道?」名前は目を丸くさせた。「ホグワーツの外に続いてるの?」
 双子は揃って頷いた。道理で、換気が必要ないわけだ。名前は納得した。城から秘密裏に出られる通路がある事も驚きだが、それを彼らが当然のように知っているのもおかしかった。しかし、彼らには秘密兵器があるのだ。忍びの地図にはこの場所も当然載っているのだろう。
 ふと、名前は妙な事に気が付いた。
「此処に居るのがあたしって知らなかったの? ほら、忍びの地図で解るでしょ?」
「まあね」フレッドが言った。
「けど、あの地図も万能ってわけじゃない」
「つまり、表示範囲外の場所があるのさ。この道は抜け道になってて城の外まで続いてる。けど――」ジョージが空間の一部を指差した。名前が座り込んでいる場所の、その向こう側だ。「――あの辺までは映るけど、この辺りは全く載らないんだ」
 名前はなるほどと頷いた。

 二人が言うには、魔法火を焚いた跡や、魔法薬の匂いが残っている事があったので、誰かが調合を行う場所として使っている事は以前から知っていたのだという。しかし地図を見ても、名前が魔法薬を作っている場所がちょうど地図の表示範囲外だったし、互いが利用する時間も重ならなかったので、誰なのかまでは解らなかったらしい。
 この日たまたまホグズミードから帰ってくる際、その誰かが居る事が解り、自分達の姿を見せる事を躊躇したが、考えてみればこんな場所で薬を作っているのだから、自分達に何を言ってくる事もないだろうと考え、普通に歩いてきたのだそうだ。
「何か言って来たら、こっちもそっちの事を先生に言い付ければ良いわけだからな」
 まるで何でもない事のように、しれっとそう口にするジョージに、名前は力無く笑った。彼らと友達で本当に良かった。
「それ、何作ってるんだい?」
 フレッドが大鍋を覗き込んだ。「老け薬か?」
「こんな時期に習ったっけな?」
「もう少し暖かい季節だった気がするけど。それとも予習か?」
 二人に覗き込まれ、名前は慌てて撹拌を再開した。スネイプは手を止めないようにと注意していたのに、魔法薬は名前の杜撰な作業により、液体になっている筈が少々固まりかけていた。

「そこから持ち直せるかな?」フレッドは楽しそうだ。
「授業だったら減点だな」ジョージも笑っている。「ミス・名字、集中力の欠如により、ハッフルパフ五十点減点」
「……そこまではしないでしょ!」
 名前ががなると、二人共笑った。
 正直なところ、ジョージの物真似はかなり似ていた。かき混ぜ棒がどんどん重くなってきていなかったら、名前も笑っていただろう。「ねえ、笑ってるくらいなら手伝ってよ」
 名前の言葉に、フレッドもジョージも微妙な顔をした。
「いや、そこからリカバリーは無理だって」
「作り直した方が早いぜ」
「解んないよ、混ぜ続けたらどうにかなるかも」
「名前、君、魔法薬学苦手だろ」
 図星だ。ジョージがやれやれとでも言いたげな顔で、「そういうんじゃないんだよな」と肩を竦めた。
 名前としても、今大鍋に入っているのが老け薬になる筈だった何かに変貌してきているのは解っていたが、希望を捨てたくは無かった。さっと消失させられない名前にとって、後片付けがかなり面倒だからでもある。薬自体が大鍋に引っ付いてしまったら猶更だ。
「――何が入ってるんだったかな。カエルの腎臓?」
「いや、イモリだな。イモリの脾臓に――」
 突然老け薬の材料を羅列し始めた二人に、名前は彼らの顔を交互に見比べる。二人は持っていた紙袋をがさがさと漁り始め、緑色のパッケージの何かを取り出した。
「そうやって固形化してくるのは、脾臓の中の成分が悪さするからだ。混ぜ続けてりゃ、そんな事にはならないんだけど」
「ハナハッカが一滴でもあれば多少はイモリを打ち消せるんだが、生憎ここにはない」
「しかし、我らはハニーデュークス帰りなのである」
「今ここに、ヒキガエル型ペパーミントがあるのである」
 フレッドが掲げたミント菓子を、名前は見詰めた。「本気で言ってる?」
 ペパーミント、つまりハッカだが、ハナハッカとは違う植物だった筈だ。しかも飴にペパーミントの味が付いているのであって、本来のペパーミントではない。しかし、二人は大真面目だった。
「魔法薬学っていうのは繊細なんだ。材料一つ、手順一つでとんでもない結果になる」
「でもそれは、逆に言うと何かの要因一つで別の良い結果が生まれる可能性もあるって事だ」
「……うーん」
 この二人が言うなら、そうなのかな。名前はそんな事を思った。確かに、魔法薬は失敗から生まれるのが常なのだから、今まさに失敗しかけている大鍋に、別の要因を加えてみるのは有りかもしれないが。
 やっぱり作り直すことにするよ、どうもありがとう――名前がそう言うより先に、フレッドがヒキガエル型ペパーミントを大鍋に放り込んだ。

「え?」
「うお」
「まじ?」
 上から順に、名前、フレッド、ジョージだ。
 老け薬の失敗作だった筈が、ヒキガエル型ペパーミントが入った事で、蛍光オレンジの謎の魔法薬に変貌していた。先程までくすんだ緑色をしていたので、正直かなり怖い。完全に別物になっている。
 流石に予想外だったのか、フレッドもジョージも顔をひくつかせている。「まあ、液体にはなったな」
 掬ってみると、微かに発光しているのが解る。ますます不気味だ。
「何でそうなっちまったのか解んないなあ。僕は、薬が完全に固まって終わると思ったんだけど」
「あーこれ、原料に胡椒が入ってる……」
 ペパーミントが入っていた袋を見ながら、ジョージが言った。名前にはさっぱりだったが、どうやら思い当たる節があるらしい。
「言っておくけど、絶対飲んじゃ駄目だぜ。試すにしても、虫か何かで試してからだ」
「解ってるよ」名前が言った。
 二人が思ったよりも近くに居たので、立ち上がろうとした名前はうっかりぶつかってしまった。双子のどちらか――多分、フレッドだ――が持っていた紙袋から、黒い何かが転がり落ちて、偶然、下にあった大鍋にそのまま吸い込まれていく。
 間一髪、クィディッチで鍛えられていた二人の反射神経が功を成し、彼らがぐいっと名前を引っ張ってくれたおかげで、名前達は老け薬の失敗作を全身に浴びることは無かった。心臓がばくばくと脈打っているのが解る。
 黒い何か――糞爆弾が、蛍光オレンジに飲み込まれていく。
「あ、あり――」
「逃げろ!」
 フレッドとジョージが名前の腕を掴んで引っ張り、そのまま廊下に躍り出た。その直後、背後から爆発音が鳴り響く。廊下の床が微かに揺れ、鏡がびりびりと震えている。名前達は恐る恐る背後を振り返った。
 鏡と壁の隙間からは埃が出続けているが、爆発自体は一度きりで収まったようだった。通路が崩れる音は聞こえてくるものの、此方に伝播してくる様子はない。
「……えーっと、助けてくれてありがとう……」
「……どういたしまして」
 名前の言葉に、二人が口を揃えて返事をした。それから三人はそれぞれ目を見交わすと、急いでその場を後にした。怒り狂った管理人が今にも姿を現すだろうという事が、これまでの経験で嫌と言うほど解っていたからだ。

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