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女子トイレで秘密裏に作られていた魔法薬に感化されたわけではないが、名前はクリスマスまでの数日を、五階の鏡の裏で魔法薬を調合して過ごす事が多かった。外は雪が積もっているので湖に行っても仕方がないし、禁じられた森も当然無理だ。しかし魔法火を焚いていれば、少なくとも寒さは和らぐ。それに少し難易度の高い魔法薬に挑戦すれば、何も考えずにいることができた。
何もしないでいると、どんどん憂鬱な気分になってくる。
早く継承者が捕まってくれれば良いのに。名前はそんな事を思いながら、大鍋をかき混ぜ続けた。
クリスマスの朝、名前は寮の寝室で一人目を覚ました。ベッドの足元にはプレゼントの小山と、大量のクリスマスカードが届いている。明らかに自分が送った数よりも多いので、今日は一日中返事を書かなければならないだろうなと少し思ったが、名前は考えないことにした。
プレゼントを一つ一つ開封していると、バスケットボール大のプレゼント箱が目についた。手に取ってみると思ったよりは軽いが、それでもずっしりと重さがある。差出人はハンナ・アボットだ。
お菓子だろうか。名前はアボット夫人が作ってくれたお菓子の数々を思い出しながら、名前はそう考えた。箱の外についていたカードに目を通す。
メリー・クリスマス、名前!
あなたがプレゼントを開ける前に、このカードを見てくれると良いんだけど――
かなり変わったカード文句だ。もっとも、それ以下は普通のクリスマスカードといった風情で、プレゼントの中身については何も書かれていなかった。できればゆっくり開けて欲しい、その言葉に従い、名前は丁寧に包装を解いた。
「え? ウワーッ!」
名前はプレゼントボックスに包まれていたそれを抱え、走り出した。早く、誰かに見せたい! 名前は一目散に談話室に走った。
談話室では数人の同寮生達がクリスマスの朝を楽しんでいた。彼らは名前の姿を見ると、口々に「メリークリスマス」と声を掛けた。
「ねえ見て! これ! ハンナに貰ったの!」
名前が抱えていたチョコレート・ドラゴンを持ち上げると、上級生達は不思議そうに目を丸くした。
ハンナがくれたのは、チョコレートで出来たドラゴンのミニチュアだった。言うなれば、蛙チョコレートのドラゴン版だ。魔法が掛かっているようで、名前の手から逃れようとじたばたと暴れているが、チョコレートで出来ているからだろう腕力も弱いし、爪も尖っていないので(というより、爪が無かった)少しも痛くない。もちろん火も噴かない。
明らかに手作りのそれに、名前は大感激した。ハンナが名前の為だけに作ってくれたのだ。しかも、名前が大好きなドラゴンだ。キングズリーがくれた小難しそうな本など目でもない。むしろ、今まで貰ったプレゼントを全て含めても、一番嬉しいプレゼントかもしれなかった。
名前はその場に居た上級生達や、肖像画のハッフルパフ――ハッフルパフは金のカップを掲げ、「良かったわね、メリークリスマス」と微笑んだ――に自慢し終えると、チョコレート・ドラゴンを抱えたまま寮の外に飛び出した。
それからの名前は、会う人会う人全員にドラゴンチョコを見せびらかした。他寮の上級生、鎧、ゴースト、絵画の住人、本当に会う人全員だ。大抵、困ったように笑うだけだが、それでも名前は満足だった。大広間に居た先生達には全員見せたし(スネイプはかなり迷惑そうにしていた)、寮の各テーブル全てを回った。
「移動呪文ね」ハーマイオニーは訳知り顔だ。
「マクゴナガル先生もそう言ってたよ! 上手にできてるって!」
「そうなの。きっと、ハンナは名前の為にかなり練習したのね。命を吹き込む魔法は凄く難しい筈だわ」
よかったわねと微笑むハーマイオニーに、名前も嬉しくなって笑った。
彼女と一緒に居たハリーとロンは、チョコレート・ドラゴンを見て渋い顔をしていたが、おそらくノーベルタの事を思い出しているのだろう。彼らはノーベルタの世話を手伝ってはいたが、ハグリッドほどドラゴンが大好きというわけではない。ロンに至っては噛まれているので尚更だ。
ハーマイオニー達と別れた後、名前はスリザリンの長テーブルへ向かった。クラッブと、そして彼の友達のゴイルがクリスマス・ディナーを食べている。いつものようにマルフォイも一緒だ。
「ビンセント、メリークリスマス! ねえこれ見て!」
名前はクラッブに駆け寄ると、ハンナ謹製のチョコレート・ドラゴンをずいっと押し付けた。初めの内、クラッブは名前が何を持っているのか解らなかったようだが、名前が「ハンナに貰ったの!」と付け足すと、漸くチョコレート菓子だと解ったらしい。
「くれるのか?」
クラッブが手を伸ばそうとするので、名前は慌ててチョコドラゴンを抱き締めた。
「ぜったい駄目! 食べたら絶交だからね!」
名前がきっぱりそう言うと、クラッブはふんと鼻を鳴らした。どうやら、名前がそう答えるのが解っていたようだ。その隣でゴイルも物欲しそうにしているが、名前は無視した。
別に、名前は意地悪で言ったのではないのだ。ハンナから貰ったチョコレート・ドラゴンは、大事に保管しておきたいと思っていた。折角ハンナが手間暇かけて作ってくれたのだから、食べてしまうのは勿体ない。食べるにしても、もう少し鑑賞してからだ。
食べ物を永久に保存する魔法はおそらくかなり高度だが、食べ物ではなくしてしまった後に保管するのなら、そう難しくはないだろう。別のものに変えてしまったり、もしくは石化させてしまえば良い(ジャスティンのことを思い出して、名前は少しだけ凹んだ)。
そんな安っぽい物で喜ぶのかと馬鹿にするマルフォイに笑って返してから、名前は席に戻ってディナーを楽しみ、それから寮に戻った。
初めの内、名前はチョコレート・ドラゴンをずっと飾っておくつもりだったのだが、結局考え直した。再びチョコドラゴンを抱え、談話室を出る。クラッブはきっと、まだ大広間に居るだろう。
クラッブは食べ物なら何でも好きだし、チョコレートだって好きだ。きっとチョコレート・ドラゴンを一緒に食べてくれるだろう。さっきも、かなり欲しそうにしていたし。大好きな友達と一緒にお菓子を食べるのは、何より楽しい。
――絶交してやる、なんて言ったものの、本当に絶交した時に、傷付くのはきっと名前だけだ。
しかしながら、大広間にクラッブの、そしてゴイルの姿も無かった。あれから時間が経っていたし、流石にもう食べ終えたらしい。名前はチョコドラゴンを抱えたまま、スリザリン寮がありそうな方向へ向けて歩き出した。
そこは冷え冷えとした、石造りの廊下だった。所々、ヤドリギやヒイラギで飾られているのが逆に寒々しさを強調させる。
名前はスリザリン寮の正確な場所を知らなかったので、何となくこっちの方かな、と、勘に従って歩いていた。チョコレート・ドラゴンは、名前の腕の中で大人しくしていた。もっとも、名前に慣れたのではなく、魔法が切れかけているのかもしれない。
魔法薬学の教室が近くなってきた頃、幸いな事に、前方をクラッブが歩いている事に気が付いた。ゴイルも一緒だ。名前は駆け出して、「ねえ!」と声を掛けた。
「やっぱりこのチョコ食べようと思って。ビンセントも食べるでしょ?」
名前に話し掛けられたクラッブは、ぎくりとした様子だった。隣のゴイルを見て、名前を見て、それからまた隣のゴイルを見る。名前は内心で首を傾げた。
チョコを一緒に食べようと言っているのに、クラッブは全然嬉しそうではなかった。かなり変だ。もちろん、ホグワーツのクリスマス・ディナーを思い切り食べていた彼の事だから、今はお腹が空いていないのかもしれないが。
「えーっと」クラッブが言った。
「マルフォイは一緒じゃないんだね。先に帰っちゃったの?」名前は笑った。「あ、ねえ、だったらさ、今日こそあたしも寮に入らせてよ。マルフォイも居ないなら怒られないじゃん? ほんのちょっぴりだけだよ。別に、何か悪戯しようってわけじゃないし」
いつものように、名前はクラッブに頼み込んだ。しかし彼はひどく驚いた様子で名前を見下ろしていた。「な、何でスリザリンに?」
「え? 何でって、前に教えてくれたじゃんか。寮は湖の下にあるんだって。談話室の壁がガラスみたいになってて、中が見えるって言ってたでしょ? 嘘だったの?」
「いや……」
クラッブはしどろもどろだ。
「――でしょ? 何だっけ、カッパを見たって言ってたじゃない? 違った?」
「あ、ああそう、そうだった」
クラッブが答えるのと同時に、名前は彼に杖を向けていた。手から離れ、落下したチョコレートが騒がしい音を立てる。「あなたはいったい誰?」
顔を青くし、冷や汗をかき始めたクラッブの偽者を前に、名前は頭の中をフル回転させていた。しかし、いま目の前に居るのがクラッブではない事は確かだが、どういう理由でそうなっているのかはさっぱり解らない。
「大イカとグリンデローを見たとは聞いたけど、カッパとは聞いてないよ。ああそれと、カッパはスコットランドに居ない筈だよ、アジアが原産だから」名前は冷たく言った。「あなたはいったい誰? どうしてビンセントの格好をしてるの? それとも服従させてるの?」
自分でそう口にしたのに、名前は心配が止まらなかった。もしもクラッブが、何か悪い事に巻き込まれているのだったらどうしよう。これが生徒の悪ふざけならまだ良い。何か犯罪に巻き込まれているのだったら――。
最悪の想像をしている名前だったが、結局、重大事件が発生しているわけではないらしかった。杖を突き付けられ、クラッブの姿をしている身動きが取れない誰かではなく、彼の横に居たゴイルが返事をした。「僕、ハリーだ!」
「……ハリー?」
名前は鸚鵡返しに言った。クラッブの偽者に杖を突き付けたまま、ゴイルをちらっと見る。「ハリーって……ハリー・ポッター?」
見かけは完全にゴイルだ。クラッブよりやや背が低く、腕が長い。髪は短く切り揃えられていて、いつも通りのスリザリンのローブを着ている。しかし――こくこくと頷いている。名前はローブから覗くゴイルの左腕に目をやった。彼が腕時計を、しかもマグルの腕時計を付けていたことは、今までに一度も無い。
再びクラッブに目をやると、ゴイル改めハリーが「そっちはロンだよ」と急いで言った。
「ロン……ロン・ウィーズリー?」
クラッブが――クラッブの姿をしたロンが頷いた時、背後から「そこの君!」と声が掛かった。
怒れる監督生が名前達の方に歩いてくるところだった。廊下での魔法の使用は禁止されている。しかし、パーシー・ウィーズリーは杖を取り出していた女子生徒が名前だと解ると、途端に表情を和らげた。「何だ、君か」
彼らが先に手を出したんだろうが、杖を向けてはいけないよ。パーシーは杖を下げた名前に向け、優しくそう言った。
パーシーは名前の足元にドラゴン・チョコレートの残骸が散らばっているのを見て、何か揉め事があったと思ったようだ。しかし、名前は彼の言い方についついかっとなってしまった。「あたしの親友に失礼なこと言わないで!」
クラッブは確かに意地悪なところがあるが、名前の初めての友達だ。先入観だけで判断され、そしてあまつさえ、クラッブが何か悪さをしたのだと言われるのは心外だった。
目を丸くしているパーシー――名前の後ろでは、クラッブとゴイルの姿をしたロンとハリーもそれぞれ驚いた顔をしていたが、名前は気付かなかった――を見て、名前は今自分の後ろに居るのがクラッブではない事を思い出した。となると、名前が庇うのも変だ。
困惑しているパーシーと、どうしようか迷っている名前、何も言わないクラッブとゴイル(の、振りをしたロンとハリー)。四人はそれぞれの理由で黙ってしまったが、再び第三者が現れた。
「おまえたち、こんな所に居たのか」
そうクラッブとゴイルに声を掛けたマルフォイだったが、一緒に居るのが名前と、そしてグリフィンドールの監督生だった事に微かに眉を顰めた。
「おや」マルフォイはせせら笑った。「良かったじゃないか、今の方がよっぽど芸術的に見えるよ」
彼は名前の足元に散らばっているチョコレートの欠片を見ていた。名前もチョコレート・ドラゴンの残骸に目をやり、「かもね」と小さく呟いた。それからマルフォイはクラッブとゴイルの振りをしたロン達に声を掛け、パーシーをあざ笑い、二人を連れて去っていった。おそらく寮に戻るのだろう。
パーシーはマルフォイの態度に憤慨していたが、それでも散らばったチョコの欠片を集めるのを手伝ってくれた。大きな欠片は削れば食べられると思うよ、と労りの言葉を口にしたパーシーに、名前も小さく頷いた。
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