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事態が終息していくのを、名前は呆然としながら眺めていた。ジャスティンのことは、フリットウィック先生とシニストラ先生が担架で医務室に運んだ。ゴーストのほとんど首無しニックは、誰かが掴もうとしてもすり抜けてしまうので、マクゴナガル先生がうちわでアーニーに運ばせることになった。場を取り仕切っていたマクゴナガル先生は、生徒達がそれぞれの教室に戻っていった頃、ハリーを連れてどこかへ消えてしまった。
ジャスティンが襲われた。スリザリンの継承者に。名前は頭の中が真っ白になっていた。
「名前、大丈夫……?」
図書室の近くだったこともあって、先程一緒だった同級生達は、全員この場に居るようだった。ハンナは恐々とそう聞いたが、彼女の顔にも拭い切れないショックが滲んでいる。
「あたし……」名前には、自分の声が自分の声に聞こえないほど沈んでいるのが解った。「あたし、行かなきゃならないところがあって……」
驚いた様子のハンナ達を置いて、名前は歩き出した。向かうのは、マクゴナガルの部屋だ。
変身術の教室は図書室からほど近い。しかしながら、どの教室にも、そして彼女の執務室にも、マクゴナガルの姿は無かった。名前はハリーとは先程まで一緒だったので、容疑者ではない筈だと言いに行くつもりだった。
抜け道を使ったので、二人よりも先に着いてしまったのだろうか?
マクゴナガルの自室に向かったと思い込んでいたが、違ったのかもしれない。それなら他にどこへ向かったのだろう。名前が悶々と考えていると、後ろからどたどたと近付いてくる大きな足音が聞こえた。振り返ると、ハグリッドが走ってくるところだった。どういうわけか――死んだ鶏を手にしている。
「名前? おまえさん、こんな所で何しちょる」
「ハグリッドこそ、そんなに急いでどうしたの」
名前が尋ねると、ハグリッドは言おうか言うまいか迷った様子だったが、「また生徒が襲われたんだ」と急いで言った。
「ニックも一緒にだ。ハリーが一番最初に見付けた。けど、ハリーはさっきまで俺と話しとった。ほんのついさっきまでだ。だから俺は、ハリーが襲ったんじゃねえって証言しに来たんだ」
マクゴナガル先生はどこへ行ったか知らないかと尋ねるので、名前も首を横に振った。
「あたしも、ハリーとさっきまで一緒だったの」
名前がそう言うと、ハグリッドは驚いた様子だった。
ハリーは確かにジャスティンを探していたが、それは彼に決闘クラブでの出来事を説明しようとしていたからだ。襲う為ではない。何より、どうやら名前と別れた後、彼はハグリッドに会ったようだった。殆ど同じ時間だったし、ハリーがジャスティンを襲う時間は無い筈だ。
ちょうどその時、廊下の曲がり角からマクゴナガル先生が現れた。ハリーを連れていない。
「マクゴナガル先生!」
ハグリッドが大声を出したので、マクゴナガル先生はかなりどっきりした様子だった。
「授業中ですよ!」
「す、すまねえ」
ぴしゃりと窘められ、ハグリッドは身を強張らせた。
マクゴナガル先生はいくらか疲れた様子だったが、ハグリッドの隣に居る名前に目を留め、「ミス・名字? どうしてここに……」と小さく呟いた。
ハグリッドがハリーの行方を尋ねると、マクゴナガル先生は校長室だと答えた。生徒が襲われた現場にハリーが居合わせたことで、ダンブルドアの判断を仰ぐことになったようだ。
ハグリッドが返事もそこそこに駆け出した。そして、名前もその後を追う。背後から「ミス・名字……!」というマクゴナガル先生の声が聞こえたが、名前は「休講になったんです!」と叫び返し、全力でハグリッドを追い掛けた。
名前は校長室の場所を知らなかったので、ハグリッドが向かっている方向が合っているのか解らなかった。やっと追い付いた時、ハグリッドは巨大な怪獣像の前で立ち止っていた。「レモン・キャンデー!」
「何て!?」
息を切らしたまま、名前は思わず叫んだが、ハグリッドの大声に応じて怪獣像が脇へ退いた。像の背後の壁が左右に開き、奥には螺旋階段が続いている。階段には魔法が掛かっており、エスカレーターのように独りでに上へ向かっている。ハグリッドの頭がおかしくなったのではなく、レモン・キャンデーが、校長室に入る為の合言葉だったのだ。
ハグリッドが出来る限り体を小さくして通路へ入り込み、動く階段に乗った。名前もその後に続く。背後の壁は瞬く間にまた元の壁に戻り、怪獣像が動いた音がした。
校長室は、円形の部屋だった。そこには名前も解らないような魔法道具の数々が置かれていて、壁には肖像画が――きっと、歴代の校長を務めた魔法使いや魔女達だろう――並んでいた。彼らは皆、狸寝入りを決め込んでいたが、乱暴に部屋に入ってきた闖入者を、それぞれ驚いた顔で見詰めた。「ハリーじゃねえです、ダンブルドア先生」
ハグリッドが大声で訴えかけた。彼の視線の先にはダンブルドアと、そしてハリーが居る。ハリーはハグリッドを見て、そしてその後ろで息を切らしている名前が居る事に気が付くと、驚いたように目を丸くした。
「俺はハリーと話してたです。そのすぐ前には名前も。あの子が発見されるほんの数秒前のこってす――」
ハグリッドがハリーを弁護しようと急いで話し始めたが、ダンブルドアは「ハグリッドや」と制した。が、ハグリッドは止まらない。名前は漸く、思っていたような事態にはならないようだという事に気が付いた。
「――先生さま、まちがってなさる。俺は知っとるです。ハリーは絶対そんな――」
「ハグリッド!」ダンブルドアが大きな声を上げ、ハグリッドは漸く口を閉ざした。
「わしはハリーがみんなを襲ったとは考えておらんよ」
ハグリッドは少しだけ赤くなった。「俺は……」
「俺と名前は、外で待ってますだ。校長先生」
ダンブルドアは名前達に微笑みかけた。名前も、段々と落ち着きを取り戻していた。ハグリッドと二人、黙って校長室を出た。
ダンブルドアは、ハリーを疑ってはいないのか。
名前は安心すると同時に、ダンブルドアが何故そう思ったのか気に掛かった。名前はハリーがハーマイオニーと友達だからスリザリンの継承者ではないと思っているが、状況的にはハリーが一番疑わしいと思っていた。犯人は現場に戻ると言うし、ミセス・ノリスの時も、そして――今回もハリーが第一発見者だというのは、かなり奇妙過ぎる。
もしかして、ダンブルドアはスリザリンの継承者を名乗っているのが誰なのか、既に知っているのではないだろうか。ハリーが寮に戻り、ハグリッドがハリーのアリバイを説明している横で、名前はそんな事を考えた。
ダンブルドアは、ハリーの事は疑っていないし、他の生徒も、そして教職員の誰をも疑っていないと口にした。
不意に、ダンブルドアが名前を見る。
「誰がやったのかは、さほど重要な事ではない」
名前がぽかんとして、ダンブルドアを見詰めた。半月眼鏡の奥で、明るいブルーの瞳が静かに名前を見返している。「わしが気になっているのは、スリザリンの継承者が如何にしてこれを成したのかという事じゃ」
スリザリンの継承者が誰なのか、ダンブルドアには見当がついているのではないか、と、名前は一度はそう考えたが、やがてそんな筈は無いと思い直した。仮に、犯人が誰なのか解っているのであれば、その生徒なり教師なりに直接当たれば良いのだ。ダンブルドアであれば、例え決闘になったとしても打ち倒せるだろう。マグル生まれの生徒を石にした方法が何かなど、気にする必要は無い筈だ。
名前は談話室の隅で勉強をする振りをしていたが、隣に誰かが座った。アーニーだ。
アーニーは話し辛そうにしていたが、「僕は」と口を開いた。
「君が、グレンジャーと友達なのは知ってる。でも、良いかい、グレンジャーが彼に騙されてる可能性だってあるんだ。それは……それは、解っておいて欲しいんだ」
「……そうだね」
名前は言い返す元気も無かった。もっとも、それはアーニーも同じようだった。沈んだ顔で、そして心配そうに名前を見ている。
――ジャスティンが居なくなってしまった。ただそこに居た、たったそれだけの理由で。
アーニーはハリーに対しての疑いをよりいっそう強めたようだった。ほとんど首無しニックが石にされたのも、自身の絶命日パーティーに招待したことで、ハリーを不快な気分にさせたからだろうと。
「――僕は君の事だって心配なんだよ、良いかい?」
「あたし、マグル生まれじゃないもの」
「それは知ってるよ。でも、君はただでさえ……」
ただでさえ何なのか、名前には解らなかった。まあ、ただでさえよく問題を起こすのにとか、ただでさえ怪物に自分から近寄っていくのにとか、そんなところだろう。
結局、二人はそれ以上何も話さなかった。アーニーはハリーについて蒸し返したりしなかったし、名前も何も言わなかった。外は相変わらず吹雪いているのか、談話室の天窓は何も映さなかったが、静かに、そして密やかに夜は更けていった。
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