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 寮に戻ると、偶然ハンナ達と鉢合わせた。ハンナだけではなく、同級生の殆どが揃っている。もうすぐ授業が始まる時間帯なので、この時間に寮に居るのは、名前達のように授業が休講になった生徒か、選択科目の都合上、空き時間になっている上級生くらいのものだ。もちろん、中には授業をさぼろうとしている不届き者も混ざっているかもしれない。
「僕達、これから図書室に行くんだ。君も行くだろ?」
 アーニーが言った。何故かやけに語気が強く、有無を言わさない口調だ。二度寝と洒落込もうと思っていた名前だったが、結局アーニーの謎の圧に負け、彼らと一緒に図書室に行くことにした。ジャスティンにまた寝ようとしていたと思われていたのが、妙に癪だったせいでもある。

 授業中だからだろう、図書室は普段よりも閑散としていた。そんな中、先頭を歩くアーニーは、図書室の奥の方まで足を運んだ。名前が全然見たことがない本が並んでいる。こんな場所に何の用があるのかと尋ねようとしたが、その前にアーニーが口を開いた。昨晩の、決闘クラブでの出来事についてだ。名前は閉口した。
 アーニーは、ハリー・ポッターがスリザリンの継承者で間違いないと豪語した。曰く、パーセルマウスは闇の魔法使いの証だからだそうだ。わざわざ図書室まで来たのは、ジャスティンの耳に入らないよう気を回したからなのだろう。
 パーセルマウス、つまり蛇と話せる魔法使いは多くない。そしてその数少ないパーセルマウスの中で、世界的に最も知られているのは古代ギリシャの闇の魔法使い、腐ったハーポだろう。ハーポは数々の闇の魔術や魔法生物、そして魔法の道具を造り出したことで有名だ。同じくパーセルマウスだったサラザール・スリザリンも、イギリスでは純血主義の先駆けとして知られている。
 アーニーの演説に、同級生達は納得したり、疑問に思ったりした。そして、名前は後者だった。
「イートン校に入る予定だったなんて、継承者がうろついてる時に言いふらすべきじゃないよな?」
「確かにジャスティンはポッターにそう言ってたけど、それを言ってたのは今年の最初の薬草学の時だったよ」
 名前が口を挟むと、同級生達が一斉に此方を見た。アーニーも名前を見た。矛盾を指摘されたせいだろう、やや赤くなっている。
「――だとしても、その時から狙ってたことには違いないだろ?」
「ジャスティンを狙うのは変だよ。ミセス・ノリスはまだ解るよ、フィルチの事は生徒皆が嫌ってる。コリンがポッターに付き纏ってたのも本当なのかもしれない。でも、ジャスティンは何もしてないじゃん。マグル生まれだからって闇の魔法を使って石にするのは、どう考えてもやり過ぎだよ」
 名前がそう言うと、アーニーはだからこそ闇の魔法使いなんだと主張した。彼の中で、ハリーが闇の魔法使いなのは確定事項らしい。もっとも、彼はかなり前からハリーの事を疑っていたが。
「じゃ、聞くけど」名前が言った。「何で今年になってから部屋を開けたの?」
「ポッターにしろ誰にしろ、継承者を名乗ってるんだから、前から秘密の部屋の場所を知ってた筈でしょ? 今年になって急にマグル生まれを襲おうって思ったのはどうしてなの?」
「それは……」
 アーニーは一瞬言葉に詰まったようだった。しかし、すぐに反論する。「きっと、あいつは今年、やっと部屋を探し当てたのさ。そして部屋の中に居た怪物を操ったんだ」
「ふーん、秘密の部屋を?」名前はせせら笑った。
「これまで千年以上誰も見付けられなかった部屋を、二年生のポッターが見付けたの? 誰かに教えて貰ったんじゃなく、自分で? あたし知ってるよ、ミセス・ノリスが石になった後、みんな部屋を探してたでしょ。なのに全然見付からなかった。学校中が探したのに、誰も見付けられなかった。なのに、どうしてポッターなら見付けられたって思うの?」
 名前とアーニーのやり取りを、同級生達は恐々と見詰めていた。不穏な空気が漂い始めていた。もっとも、二人の声が段々と大きくなってきていた事も関係しているが。
「――君、僕の揚げ足ばっかりとって、いったい何のつもりなんだ?」
 アーニーは明らかに怒っていた。折角の演説を台無しにされた挙句、持論を否定されたからだ。しかしながら、同時に怒鳴らないように我慢しているようでもあった。
「忘れてるなら教えてあげるけど、ハーマイオニー・グレンジャーはマグル生まれだよ。彼の友達。アーニーだってそれは知ってるでしょ?」
 名前はハリーが継承者である筈がないと証拠を突き付けた。そのつもりだった。「……カモフラージュかもしれない」

 今度は名前の方が怒る番だった。アーニーが一言一言話す内、体中が沸騰していくのが解る。「いったい今、何て言ったの?」
「……それか、グレンジャーが他よりましだから、順番を最後にしたのかも――」
「信じられない!」名前は今度こそ大声を出した。いつも、喧嘩になりそうになったら止めてくれるのはジャスティンだが、此処には居ない。「解ってる!? 今、ハーマイオニーまで侮辱したんだよ!? ハーマイオニーが、そんな奴と友達なわけないでしょ!」
 ホグワーツの中で姿現しが出来ないのは、名前達にとって幸運だったのかもしれない。マダム・ピンスが怒鳴り込んでくるまでに、暫くの猶予があるからだ。立ち上がっていた名前は、アーニーに特大の一瞥を投げ、ハンナ達が声を掛けるのを無視してその場を後にした。


 名前としては、ハリー・ポッターがスリザリンの継承者だとはどうしても思えなかった。彼が例のあの人を打ち倒したからというのも理由の一つだが、最大の理由は、彼がハーマイオニーの友達だからだ。
 名前はハリーの事はあまりよく知らなかったが、ハーマイオニーとは友達だった。彼女が誰か他の事を話す時、大抵はロンか、ハリーの事を話した。ハーマイオニーはハリー・ポッターが有名だからというような理由で彼と友人関係を結んでいるわけでは断じてないし、正直なところ、名前としても彼がいたずらに他の生徒を害するような生徒だとは思えなかった。少々目立ちたがりで、向こう見ずな性格をしているとは思っているが、だからといって、マグル生まれを石にしようと考えたりはしないと思っている。
 怒りのままに図書室を出たが、特に行く当てがあるわけではない。寮に戻っても良いが、アーニー達も帰ってきそうな気がする。三階の女子トイレでも覗きに行こうかと考えていたところ、後ろから「君!」と声が掛かった。振り返ると、ハリー・ポッターが駆け寄ってくるところだった。

 他に生徒が居ないこともあり、無視するわけにもいかず、名前は彼が走ってくるのを黙って見詰めていた。名前が休講ということは、薬草学が一緒のハリーも、当然ながら自由時間だ。
「こんにちは、ハリー」
「君、君は……」ハリーが言った。「君は、僕が継承者だって思ってないの?」
 名前が眉を寄せると、彼は「さっき、僕も図書室に居たんだ」ともごもごと言った。どうやらアーニーとの口論を聞かれていたらしい。
 段々と、名前は普段の調子を取り戻しつつあった。彼を疑っているのはアーニーだけではなく、今や学校中がハリーをスリザリンの継承者だと思っているのだ。名前に声を掛けた今も、彼は緊張した面持ちのまま、名前の返事を待っている。それを考えると、同情心が湧いてくる。
「――まあ、そうかもね」名前が言った。
「言っとくけど、あなたを信じてるっていうか、ハーマイオニーを信じてるんだよ。ハーマイオニーがスリザリンの継承者と友達なわけないし……もしもあなたが本当にスリザリンの継承者だったとしたら、ハーマイオニーも、マグル生まれの生徒を石にするのを黙認してるわけでしょ。そんなの、絶対有り得ないし……」
 一瞬、名前の頭の中に「カモフラージュ」という言葉が浮かんだが、すぐに打ち消した。そんな事は絶対に有り得ない。
「大体、パーセルマウスだから闇の魔法使いっていうのも――ちょっと!」
 名前は狼狽えた。目の前に立つハリーが、しくしくと泣き始めたからだ。
 これまでの名前は、男の子に泣かされた事はあっても、男の子を泣かした事はなかったのに。「あ、あたしがいじめたみたいになるじゃんか!」
 既に、すぐ先の廊下に立っている鎧が、隣の鎧にジェスチャーで話し掛けているのが解った。目があるわけでもないのに、彼らはじとっと名前を睨んでいる。名前の事を非難している。
 名前はハリーの手を引っ掴み、急いで近場の空き教室に滑り込んだ。

 ぐすぐすと鼻を鳴らすハリーに、半ば無理やりハンカチを押し付け、名前も漸く「ごめんってば」と小さく謝ることができた。
「ねえ、大丈夫だって。犯人はすぐに捕まるよ。ハリーが継承者じゃないなんて、みんなすぐに解るよ。あの人をやっつけた生き残った男の子が、純血主義なわけないじゃんか。でしょ?」
「うん……」
 あたしの友達も、グリフィンドールのハリーがスリザリンの継承者なわけないって言ってたよと付け足すと、ハリーは少しだけ元気になったようだった。

 ハンカチを返してもらってから、名前は昨晩の決闘クラブでの出来事を聞いた。ハリーは確かにパーセルマウスだったが、あの時の蛇語は蛇にジャスティンを襲わせようとしたのではなく、ジャスティンを襲おうとした蛇を止めようとしたものだったのだ。
 確かに、蛇が動きを止めたのは、ハリーがシャーシャーと謎の音を出した後だったかもしれない。
「それじゃ、本当にあれで蛇と喋れてたんだ」
「喋れてたよ」
 ハリーは力無く言った。曰く、自分では普通に話しているつもりだったそうだ。
「あのさ、元気出してよ。そもそも、蛇と喋れるからって別に良いじゃんか。あたし羨ましいよ、パーセルマウスだったら、アッシュワインダーが何を考えてるか解るし、ルーンスプールが本当に三つとも違う事言うのか解るわけでしょ」
「アッシュ……何?」
「火から出る蛇」名前は雑に答えた。
「それにさ、もしかするとハリーは本当にスリザリンの子孫なのかもしれないけど――」ハリーは嫌そうな顔をした。「――もしそうなら、多分、スリザリンはハリーをグリフィンドールに取られて悔しがってると思うよ」
 ハリーは名前が言ったのを聞いて、暫く反応に困っていたようだったが、やがて小さく「ありがとう」と言った。


 ハリーが何故こんなところをうろうろしているのか名前には不思議だったのだが、彼はどうやら、昨晩の真相をジャスティンに説明するつもりだったらしい。蛇に襲わせようとさせたわけではなく、蛇に話し掛けて止めたのだと。
「うーん……」名前は曖昧な返事をした。
「やっぱり、彼も僕を継承者だと思ってる?」
 名前が頷くと、ハリーは目に見えてがっかりしたようだった。
「でも、さっき大広間で会った時は、あたしにあなたの事をどう思うか聞いてきたから、ジャスティンも迷ってはいるのかもね」
「そう……どこに居るか知ってる?」
「寮に戻ってると思うよ」名前がそう答えると、ハリーは頷いた。
「あたし、ジャスティンに説明してこようか? もちろん、ジャスティンがどう思うかは解らないけど……」
 名前が見たところ、ジャスティンもアーニーが唱えていたハリー・ポッター継承者説を支持していた。決闘クラブでの事があってから、その疑いをいっそう強くしたようにも思えた。しかし、名前が説得すれば、話くらいは聞いてくれるかもしれない。彼はどこまでも公平な人だ。

 ハリーと別れた後、名前は結局寮へ戻る事にした。地下へ向かう為の階段を探して歩いていると、壁に掛かった絵画の中を、魔法使いや魔女達が忙しなく行き交っていく。「襲われた」「今度は二人同時にだ」「また石に」「早くダンブルドアへ知らせないと」。名前は嫌な予感がして、来た道を引き返した。ざわめきが迫ってくる。
 人だかりの中心には、先程別れたばかりのハリーが居る。そして、黒く煤けて固まっているほとんど首無しニックと、石になったジャスティンが廊下に倒れていた。
「現行犯だ!」
 アーニーが叫んだ。ハリーを指差し、恐怖を顔に張り付けたまま。

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