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 名前達魔法族出身の生徒は、それから暫くの間、マグル生まれのジャスティンと接する度にぎくっとしたが、彼がまったく普段通りなので、次第に緊張は解けていった。

 スリザリンの継承者を名乗る生徒は、少しも尻尾を掴ませなかった。壁の落書きは消えないし、ミセス・ノリスも石になったままだ。なお、ミセス・ノリスに関しては、マンドレイクが収穫できれば回復薬を作れるので、夏頃には元に戻せるという話だった。かなり複雑な魔法が掛かっているらしい。
 名前としては、スリザリンの継承者を名乗るのだから、そんな悪戯をするのはスリザリン生なのではないかと思ったが、意外にも継承者じゃないかと噂されているのはスリザリン生だけではなかった。
 アーニーがハリーが怪しいと言い張った時、名前は面食らった。
「ハリーって、ハリー・ポッター?」名前が言った。「本気で言ってるの? 彼は例のあの人を倒したんだよ。去年だって、彼から賢者の石を守ったじゃんか」
「けど、どうやって倒したのかは誰にも解らないじゃないか」
 スリザリンを継承する者に与えられる闇の魔術を使ったとしても不思議じゃない、と、アーニーは言い張った。何でも、第一発見者は何人か居るらしいのだが、ハリーもそこに含まれているそうだ。
 名前には到底信じられなかったが、周りの友達の何人かはアーニーの意見に同意しているし、ジャスティンも恐々と頷いていたので、結局それ以上考えるのをやめた。首謀者はどうせすぐに捕まるだろうと思ったからだ。

 誰がスリザリンの継承者なのかという事と共に、秘密の部屋そのものについても、生徒達の話の種だった。
「ねえ名前、生き物を石にする魔法生物に心当たりはある?」
 名前はオートミールを掬う手を止め、そう尋ねて来たハンナの顔をじっと見詰めたが、やがて「コカトリスとかかな」と言った。
 石化の能力を持つ生物がまさか本当に存在するとは思っていなかったようで、「コ、コカトリス……?」と尋ね返す彼女の顔は先ほどより青かった。スーザンがその隣で渋い顔をしている。むやみやたらに怖がらせるなと言いたいらしい。名前だって同感だが、聞いてきたのはハンナの方だ。
「大きめの鶏みたいなやつ。でもコカトリスの駆除自体は簡単だし、石化も魔法で解ける筈だから違うと思うよ。怪物って感じじゃないと思うな」
 そう名前が付け足すと、ハンナは明らかにホッとした顔になった。

 ハンナが少し離れたのを見てから(どうやら、他の寮の友達にコカトリスの事を教えに行くようだ)、スーザンがこっそりと「そんな都合の良い怪物なんて、本当に居ると思う?」と名前に尋ねた。名前は肩を竦める。
「意外ね、名前なら、スリザリンの怪物を見てみたいって言うかと思ったのに」
「スーザン、あたしの事何だと思ってるの?」
 名前はそう言ってから、まあスーザンがそう言うのも無理はないかと思い直した。実際、そんなものが本当に存在するなら見てみたいからだ。
「スリザリンが造り出した新種の生き物の可能性はあると思うよ」
「……怪物を造り出すなんてこと、できるの?」
 隣に腰掛けたスーザンは、怪訝そうに目を細めている。
「うーん……」名前は言い方に迷った。「つまり、禁止されてるんだよ。今はね」
禁止されてる・・・・・・?」
「魔法使いが造った魔法生物って実は結構居るんだよ。造る理由は色々あるけど……。身近なところではクラップとかね」
 ちょうどやってきたミーガンが、「クラップって何?」と尋ねながら、名前の向かい側に座った。
「テリアみたいな犬」
 名前は端的にそう言ってから、「尻尾が二本生えてるけど」と付け足した。
「そういう造られた魔法生物の簡単な見分け方は、マグルに対して異常に凶暴になるかどうか」
 二人は納得したように「ああ……」とそれぞれ言った。非魔法族に対しての攻撃性、つまり純血主義の産物だ。
「実験的生物飼育禁止令が作られたのって結構最近だし、秘密の部屋の怪物がそうじゃないとは言い切れないんじゃないかな。もちろん、そんなに長生きな生物もなかなか作れないとは思うけどね」
「それじゃあ、まったく対策のしようがないっていう事?」
 スーザンは冷静だ。名前が言葉を濁すと、彼女は暫くしてから「あなたがハンナを気遣ってくれるようになっただけ良かったわ」と言った。名前は再び肩を竦めた。
 その時ちょうどハンナが戻ってきて、「私を呼んだ?」と言ったので、スーザンはかなり慌てたらしかった。ミーガンはおかしそうに彼女の様子を見ている。
「あ、ええ、つまり、あなたがドラゴンの新種を造り出そうとしたら、実験的飼育禁止令に違反するし、ハンナが怒るわよって言ったのよ」
 名前は驚いてスーザンを見たが、彼女が申し訳なさそうにするので仕方なく話を合わせる事にした。「ドラゴンの純血種は世界中で十種類しか居ないんだよ? もう造っちゃった方が早いよ」
 思った通りぷりぷりと怒り出したハンナに、名前は笑った。


 その日の放課後、小雨が降っている中、名前は校庭の中を走り、屋外にある魔法生物飼育学の教室を目指した。教室と言っても部屋があるわけではなく、放牧場の近くに座学をする為の机や椅子が並んでいるスペースがあるのだ。教務室をノックすると、魔法生物飼育学担当のケトルバーン先生が顔を覗かせた。
 彼は名前に目を留めると、「やあ、名字」と朗らかに言った。どうやら名前の事をちゃんと覚えていてくれたらしい。名前が秘密の部屋の怪物は何だと思うかと尋ねると、ケトルバーン先生は目を丸くした。

 ケトルバーンの執務室は、雨が降っているせいなのか、かなり獣臭かった。どうやら魔法生物を連れ込んで面倒を見る事も多いようだ。大型の肉食獣の爪のようなものが転がっているし、かと思えば部屋の隅には薬草の束のようなものが雑多に積まれている。名前が埃を被った来客用の椅子に腰掛けると、先生は紅茶を出してくれた(辺りに漂う獣臭のせいで、紅茶の香りはすっかり消えていた)。
「それで、何だって? スリザリンの怪物が何かって?」
 先生はそう言ってから義手で器用に紅茶を一口啜り、逆に「君はどう思うね?」と名前に尋ね返した。
「あたし、スリザリンの怪物っていうのは既知の魔法生物じゃなくて、彼が作った新種の魔法生物なんじゃないかと思って」
「ふーん、なかなか良い線だな」
 ケトルバーン先生は独り言のようにそう言ってから、再び紅茶を啜った。「石化というとコカトリスだが、あれは大食らいだ。石化させるにも魔力が要る。封印された部屋で極限状態まで飢えたコカトリスが猫を石化できるかと言われると甚だ疑問だな。それにそもそもあれは千年も生きない」
「他にも何種か居るが……ま、どれも違うだろう」
「そうなんですか?」
「どれもスリザリンのイメージに合わないからさ」
 名前は目の前に居る教師が冗談を言ったのか、それとも本気で言っているのか、いまいち判別できなかった。
「これは私見だが、秘密の部屋の怪物は最初の頃は――部屋が造られた頃は本当に居たかもしれないが、今はもう死んでるんじゃないかと思う。創設期の時代から生きていられるような魔法生物は滅多に居ないし、そのどれも石化能力を持っていない。それに、あのアルバスが解けない石化の魔法なんて聞いた事がない。恐らく、人を石化させる闇の魔術そのものが、スリザリンの怪物という事なのじゃないかな」
「それじゃ、スリザリンの怪物は居ないって事ですか?」
「それが現実的だと思うね」
 ケトルバーン先生はそう言ってから、「部屋に怪物が居ないかもしれないと聞いて残念に思ったかね?」と名前を見た。名前が答えられないで居ると、先生は小さく笑い、「実はな、私もだ」と本当に残念そうに言った。名前は力無く笑う事しかできなかった。

 それから、ケトルバーン先生はこの件については以前ハグリッドと話した事があり、彼も同じ結論になるので、ハグリッドには聞くだけ無駄だと教えてくれた。
 ホグワーツで魔法生物に一番詳しいのは恐らくケトルバーンだが、同じくらい魔法生物の知識があるのはおそらくハグリッドだ。その為、名前はハグリッドにも怪物について聞いてみようと思っていたが、どうやらその必要は無いようだ。
「秘密の部屋の怪物について私に尋ねに来たのは正しいが、闇の魔術となると専門外だ。私でなく闇の魔術について詳しい人間の方が良いだろうね」
「それって……」
 名前の脳裏には、きらびやかなブロンドと輝く白い歯が浮かんでいた。今日遠くに見掛けた時は、ラベンダーのような紫のローブを着ていた。
 ケトルバーン先生は頷いた。「スネイプが一番詳しいだろうな。間違いない」
「えっ?」名前は思わず聞き返した。
「いやいや、誤解してはいかんぞ。闇の魔術に詳しいからと言って、スネイプ先生が闇の魔術を使えるというのは間違いだ」
 名前は目を白黒させた。確かに、育ち過ぎた蝙蝠のようなスネイプが黒魔術を使っている場面は容易に想像でき過ぎるが。だからと言って、彼が闇の魔術を使えるとは思わないからだ。
「闇の魔術に対する防衛術を教えてるのは、ロックハート先生なのに……?」
 一瞬、二人の間に沈黙が訪れた。どうやらケトルバーン先生は、ロックハートの事を闇の魔術の専門家だとは思っていないようだ。彼がそのまま話題を変えたのは、うっかりそれを口走ってしまったからなのだろう。もっとも、名前も同意見なので、少しも気にならなかったが。

「――随分秘密の部屋について調べているようだが、『ホグワーツの歴史』を読んだのか?」
「ああ、ええ、読みました。でも、秘密の部屋については何も書かれてなかったです」
「そうだろうな」
 ハッフルパフの肖像画に聞いたのだと名前が言うと、ちょうど紅茶を飲もうとしていたケトルバーン先生は小さく噎せた。「肖像画だって?」
「談話室の暖炉に、ハッフルパフの肖像画が掛かってるんです」
「それは知ってる。私もハッフルパフだ」
 名前は自分が慕っている教師が同じハッフルパフ出身と聞いてより一層親しみが湧いたが、彼はぶつぶつと「彼女が生徒と口を利くなんて……」等と呟いていた。どうやらハッフルパフが生徒と話さないのは、かなり昔からだったらしい。
「何故私に聞かなかったんだ」
「……えっ?」
 名前がぽかんとすると、ケトルバーン先生は「――いや、そうだな、彼女が一番詳しいだろうな」と言い直した。そんな先生の様子に何となく違和感を覚えたが、ケトルバーンの知り合いがウガンダのワガドゥーに勤めていて、来年くらいにルーンスプールを送ってもらう予定になっていると打ち明けた事で、すっかり頭の中から消えてしまった。

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