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ハッフルパフの談話室は、地下にありながら陽の光に溢れていて、また寮監のスプラウト先生が持ち込んだ種々の植物が寮生達を暖かく出迎える。ホグワーツで一、二を争うほど、居心地の良い空間だ。
二年生が揃って談話室に入ってきて、そしてそのまま暖炉へ向かうと、部屋に居たハッフルパフ生達は一体何事かと目を見張った。名前は彼女に、「こんにちは」と話し掛けた。
「あたし、ホグワーツの料理の中でシェパーズパイが気に入ってるの。あれ、すっごく美味しいよ。あのレシピもあなたが考えたの?」
最奥の壁に備え付けられた暖炉は、いつも部屋を暖めてくれる。そしてそのマントルピースの上部には、一枚の肖像画が掛かっている。ヘルガ・ハッフルパフはいつもと同じ柔和な微笑みを湛えていたが、寮生達の期待を孕んだ目に押され、とうとう「いいえ、私が生きていた頃はただのミートパイだったわ」と言った。
ハッフルパフの肖像画が生徒の前で口を開いたのは初めてだった。名前もこれまで、彼女が話すところを見た事がなかったし、千年以上前の人だという事もあって、話せるようになる魔法は切れてしまったのだろうと思っていた。彼女はいつも、名前達に手を振ったり、金のカップを掲げてみせてくれたりするだけだった。どうやら名前の同級生達も誰も知らなかったようだし、何なら彼女こそが創設者のハッフルパフその人である事をたった今知ったという生徒も居たようだった。
元々はいかいいえで答えられる質問をするつもりだったが、誤算だった。多分、妖精達が改良を加えたんでしょうと付け足すハッフルパフに、名前はにっこりした。
「あたし、名前・名字っていうの。実はあなたに聞きたいことがあって。サラザール・スリザリンが作った秘密の部屋について何か知らない?」
ハッフルパフは暫く名前達を見詰めていた。談話室に居る生徒達はもはや何もせず、ただ黙って彼女の返答を待っていた。動かなくなってしまった指し手を前に、焦れたチェスの駒が「いいかげんにしてよ!」とキーキー叫ぶ。
「――まず、私はヘルガ・ハッフルパフだけれど、ヘルガ・ハッフルパフじゃないわ」
「それは……」名前が言った。「解ってるつもりだったけど……」
いくら人の姿をしていても、絵画は絵画だ。
「ああ、いいえ、違うのよ。私は確かにハッフルパフなの。私を描いた画家はハッフルパフについてよく調べていたわ。けれど、私はハッフルパフとは会った事がないのよ。私は彼女の死後に描かれたの」
名前はああと納得した。
実在の人物がモデルの場合、完成後に本人と対話をさせて、話し方や立ち振る舞い、そして思考を肖像画にトレースさせる事が必要だ。死後に描かれたのなら、確かに彼女はハッフルパフであってハッフルパフではない。彼女はあくまで、画家が想像したヘルガ・ハッフルパフ、その写し絵という事だ。もちろん、本人と対話をさせ、そして本人そっくりに振舞えたとしても、肖像画には変わりがない。
つまりこのハッフルパフの肖像画は、ハッフルパフ本人が知らない事は勿論、ハッフルパフが知っていたとしても知らない部分が多いという事だ。しかし、彼女は真摯に答えてくれた。ハッフルパフらしく、誠実に。
「当時は魔法族とマグルの数は今よりも大きく違っていたの。マグルは私達に気付き始めていたけれど、それを知る術は持たなかった。私達は隠れて住んでいたわ。けれど、魔力が子供に引き継がれる傾向にある事は解っていたし、幼い子供が魔法を上手く扱えない事は明らかだった。私達は出身も、年齢も違っていたけれど、志は同じだったわ。私達はロウェナの予言に従って、黒い湖の畔に学校を作る事にしたの。
城の設計の大半はロウェナが行ったけれど――彼女はそういう細やかな魔法が得意だったと聞いているわ――もちろん私達も手伝ったわ。マグル避けやその他の防衛呪文は、皆で協力して掛けたし……でも、個人個人で作った部屋もあるの。私は大広間を作ったし、その隣に厨房も作ったわ。皆で食事が取れる方が良いでしょう? それに、この寮の場所を決めたのも私よ。一番日当たりの良い所を選んだの。ゴドリックは外敵を警戒できる方が良いと言ったけれど、私は子供達には落ち着ける場所が必要だと思ったの」
ハッフルパフはそこで一度言葉を区切った。「サラザールが部屋を作ったのは確かよ」
「けれど、貴方達が秘密の部屋と呼ぶ部屋が本当にあるのかは、私には解らないわ」
「つまり、創設者の皆さんがそれぞれ学校を作ったから、それぞれに秘密の部屋がある可能性もあるって事?」
スーザンが尋ねると、ハッフルパフは頷いた。「私達はホグワーツの全ての部屋を共有していたわけではないわ。例えば私は大階段が動くことを知らなかったから、危うく落ちかけた事があるの。あの機構はゴドリックとサラザールが面白がって作ったと聞いているわ。サラザール・スリザリンが秘密の部屋を作ったのは事実かもしれないし、そうじゃないかもしれない」
名前が「貴方が描かれた時には秘密の部屋の伝説はもうあったの?」と尋ねると、ハッフルパフは「ええ」と首肯してみせた。
「マグル生まれの生徒の入学を忌避しようとしたサラザールはきっとマグルが嫌いで、だからマグル生まれの生徒を退学させたがるだろうというのは、ここ数百年ずっと語られているわ。でもね、解って欲しいのだけれど、今と当時とは状況が違うのよ。私達は不可思議な事をちらとでも見られればたちまち責められたし、今よりずっと窮屈な暮らしだったの。確かにサラザールは、マグル生まれの生徒を入学させるべきではないとは言ったわ。けれど秘密の部屋に恐怖を封印していて、入学者を追い出そうと考えていただなんて……少なくとも、私には荒唐無稽な話に思えるわ」
ハッフルパフはそう言って言葉を結んだ。それから何人かの生徒が彼女に色々な事を尋ねたが、ハッフルパフは一言、二言答えるだけで、また元の物言わぬ友に戻ってしまった。名前は彼女の様子から、彼女はこの件について話したくないのではないかと思った。
――部屋の有無が判明してしまえば、自ずと誰がやったのかという話になる。
名前はハッフルパフの話を聞いて、秘密の部屋は本当に存在するのではないかと感じたが、寮生の大半もそう考えたようだった。頻りに継承者は誰なのかという話で盛り上がる寮生達に、内心で溜息をつく。名前は犯人捜しのような真似をしたくなかったし、ただの悪ふざけだと信じたかった。それに――。
「壁に書かれていた『継承者の敵』というのは、マグル生まれの生徒の事なんですか?」
普段と同じ、穏やかな口調で尋ねるジャスティンに、名前達は誰も返事する事が出来なかった。「あの場に居た誰かが言っていたらしいんです。『継承者の敵よ、気をつけよ。次はおまえたちの番だぞ、穢れた血め』って。『穢れた血』というのは、僕達のようなマグル生まれの魔法使いや、魔女の事を指すのですか?」
名前達は――少なくとも、その言葉の意味が解る同級生は皆ぎくっとした。穢れた血。最低最悪の貶し言葉だ。そんな言葉を口にする生徒が居る事が信じられないし、そしてそれを他でもないジャスティンが知ってしまった事が嫌だった。
「その……」代表してアーニーが口を開いた。「何とかした血っていうのは、つまり、先祖代々魔法使いの家系だって事しか誇れないような人達が、そういう言い方をするんだ。間違わないで欲しいんだけど、僕らは絶対にそんな言い方をしたりはしない」
アーニーはジャスティンを元気付けようとしたのか力強くそう言ったが、ジャスティンがあんまり普通にしているので段々と萎んでしまった。
「両親がマグルの人を、そういう呼び方する連中が居るってわけ」
名前がそう言うと、ハンナとスーザンは恐々と名前を見たし、アーニーは声を殺して「名前!」と叫んだ。
「こんな事、ぼかし続けても仕方ないでしょ」
「だからって――」
「良いんです、はっきり言ってくれた方が」ジャスティンが言った。
秘密の部屋について調べれば、どうしたって純血思想に辿り着いてしまう。それを名前達は漠然と理解していて、それでも真実を求めてしまった。ただの悪ふざけであると安心したかったし、心のどこかで自分には関係ないと思ってしまっていたからだ。
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