58
「それで、壁にはこう書かれていたんだ」
アーニーはそこで言葉を区切った。幼気な一年生だけでなく、同級生も何人か恐々と身を乗り出している。「――秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気を付けよ」
思った通りの結果(彼の演説を聞いていた生徒達はそれぞれ竦み上がったり、ひっと息を呑んだりした)を得て満足そうにしているアーニーを始めとして、ハロウィーンが終わってからというもの、学校中がその話題で持ち切りだった。ミセス・ノリスが石になった事と、スリザリンの継承者についてだ。
ハロウィーンのパーティーが終わった後、三階の廊下で、石のように固まったミセス・ノリスが、不自然な格好で燭台からぶら下がっていたらしい。そしてその近くの壁には、継承者を名乗る者からのメッセージが書かれていた。ミセス・ノリスは別の場所に運ばれたが、血で書かれたようなその赤い文字は簡単に消せないものだったようで、三階の廊下に行くと今でもそのメッセージを読む事が出来た。もっとも、目を血走らせたフィルチが辺りを巡回しているので、彼に捕まっても構わないという勇気がある者に限られるが。
壁に書かれた文字はごく端的なもので、『秘密の部屋』が何なのか、何の継承者なのかという事は一切書かれていなかったが、それでも次の日にはそれがスリザリンがホグワーツに秘密裏に作った部屋で、継承者というのがスリザリンの意思を継ぐ者だという事がまことしやかに囁かれていた。流れて来る噂によると、それらの事は『ホグワーツの歴史』に詳しく書かれているらしい。
名前は張り切るアーニーに半ば連れられるように三階の廊下の壁に書かれた文字を見物に行ったし、その足で皆と一緒に図書室に行って『ホグワーツの歴史』を借りに行ったが、文字は結局ただの文字だったし、『ホグワーツの歴史』は全巻貸し出し中になっていた。図書室の主、マダム・ピンスは、こんなにも生徒が『ホグワーツの歴史』を求めた事は無いと聊か不満げにぶつぶつ言っていたが、それ以上にアーニーを始めとした同級生達ががっかりしていた。
「そんなに読みたいの?」
名前が半ば呆れながら尋ねると、アーニー達は「そりゃあそうさ」とか、「まあね」とか、口々に言った。名前は不安げな表情のハンナを見ていたが、結局「じゃあ、家から送ってもらおうか?」と言った。
「何だって?」アーニーが言った。
「入学祝に貰ったの。そんなに読みたいなら家から送ってもらうけど。でも、秘密の部屋についてなんて書いてなかったと思うよ」
「君、何でもっと早く言わないんだい!?」
アーニーがわざとらしい、ショックを受けたような口調で言った。
ザカリアス・スミスが「君に本を贈る奴が居るのか?」と馬鹿にするように言ったが、名前は相手にしなかった。ハンナが「是非送ってもらって欲しいわ……!」と言うので、黙って頷く。
「多分、一週間くらいは掛かるんじゃないかな」
「図書室の予約リストは二週間先まで埋まっていたので、そっちの方が早いですよ」
ジャスティンが言った。名前がじっと彼の顔を見ると、不思議そうに眼を瞬かせる。やがて名前は視線を外した。「じゃ、頼んでくる」
自分で言い出しておきながら、キングズリーに部屋に入られるのは少し嫌だなと思ったものの、名前は結局『ホグワーツの歴史』を送って欲しいという内容の手紙を認め、デメテルに持たせた。
ちなみに、名前の予想に反し、キングズリーはその日の内に返事を送り返してくれた。名前が出来る限り早く送って欲しいと頼んだからなのか、名前が滅多に頼み事をしないので張り切ったからなのか、名前がまだ腹を立てていると思っておりその罪滅ぼしの為なのかは、判断に困るところだった。
キングズリーが送ってくれた名前の『ホグワーツの歴史』は寮内で大人気となり、次から次へと貸して欲しいと頼まれるので、名前は「又貸し可。最後の人は名前まで」という羊皮紙を貼り付けるに至った。
名前はハーマイオニーのように一度読んだ本を全て記憶できるような超頭脳の持ち主ではないので、『ホグワーツの歴史』に書かれていた内容もうろ覚えだったが、やはり『ホグワーツの歴史』にも、秘密の部屋について詳しい事が書かれているわけではなかった。バグショットが語ったのは、ホグワーツがどういう経緯で作られたのかや、彼らが仲違いして結果的にスリザリンがホグワーツを離れたという事だけだった。
アーニーがあんまり残念そうにするので、名前は彼らを連れてホグワーツを歩き、そして太った修道士を探し当てた。アーニー達は名前が何を思ってホグワーツ中を歩き回ったのか、それまで解っていなかったようだったが、名前が修道士に秘密の部屋について知らないかと尋ねると、皆一様にハッとなった。
ホグワーツに住むゴースト達は、大抵ホグワーツの出身だ。太った修道士に関しては、ハッフルパフ出身だという事を名前達は本人の口から聞いている。つまり、彼らは名前達の大先輩に当たるのだ。ホグワーツの創設者の一人であるスリザリンが造った部屋なのだから、当然彼らが生きていた頃にも存在している筈だし、例え場所そのものを知らなくとも、長くホグワーツに居るゴースト達なら名前達以上に何か知っているかもしれない。
ハッフルパフ寮付きのゴースト、太った修道士は、二年生達の期待の籠った目に見詰められると、少々困ったように笑った。
「いや、いや、申し訳ない。期待を持たせてしまったのかもしれないが、わしが死んだのは十三世紀でな。スリザリンの事はよく知らないんじゃよ」
自分がホグワーツ生だった頃もスリザリンの部屋についての噂はあったが、その頃には既にまことしやかに囁かれている伝説に過ぎなかったと修道士は言った。生徒達があんまりがっかりした様子だったからか、太った修道士は「当事者に聞いてみると良いじゃろう」と付け足した。
「当事者?」アーニーは面食らったように言った。「と、当事者?」
太った修道士はにっこりした。「君達がよく知っている人物じゃよ。彼女に聞いてみると良いかもしれん。もちろん彼女は無口じゃし、答えてくれるかは解らないが……君達が誠心誠意お願いすれば、きっと答えてくれるじゃろうて」
名前はぴんと来た。去年、名前は彼女の名を見ているのだ。あの地図の上で。彼女は無口だし、そして間違いなく当事者だ。「それって、レイブ――」
驚いた様子の太った修道士がそのまま勢いよく名前の口を塞ごうとしたので、名前は口を閉ざすしかなかった。もちろん彼の腕は名前の顔を通り過ぎたし、実際に口を塞がれたわけではないのだが。顔だけ真冬の湖に飛び込んだ気分だった。仏頂面をする名前に、太った修道士は慌てて「す、すまん」と謝った。
「だいじょうぶ……」名前がぼやいた。
友達は皆、名前が誰の名前を言おうとしたのか、そして太った修道士が何故その名を言わせまいとしたのか解らなかったようだった。どうやら灰色のレディの本名がレイブンクローだという事を、友達は誰も知らないらしい。名前だって、フレッド達に教えられなければ知らなかっただろう。もっとも、太った修道士が何故レイブンクローと言おうとした名前を止めたのかは、名前にも解らなかった。
太った修道士が心配そうに名前を見るので――ゴーストに腕を顔に突っ込まれた名前を心配してと言うより、灰色のレディを慮っての事らしい――結局、名前は灰色のレディに秘密の部屋について尋ねるのはやめにした。考えてみれば、確かに彼女の本名はレイブンクローなのかもしれないが、姓が同じなだけでロウェナよりずっと後の子孫かもしれないし、もしくは彼女が生まれるよりずっと祖先の人間だったかもしれない。
「じゃ、みんな、寮に戻ろうよ」名前が言った。
振り出しに戻ってしまったと嘆くアーニー達は、揃って名前を見た。
「寮に戻るって、君が太った修道士に聞きに来たんだろ? けど、彼は何も知らないって言ったじゃないか」
「そうだね」
名前はそう言って頷いてから、「だからさ、当事者に聞きに行こうよ」と皆の顔を見回した。ハンナもアーニーも、皆ぽかんとしていた。
[ 893/921 ]
[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]