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 ハロウィーンまでの数日、名前はいつものように湖に観察に行ったり(連日の長雨で、黒い湖は殆ど濁っていた)、何故か双子に連れられて一緒にスリザリンチームの偵察に行ったり(最新型のニンバスが七本という噂は本当だったようで、スリザリンの選手達は競技場を凄まじい速さでびゅんびゅんと飛び回っていた)、ハグリッドが育てた巨大カボチャを運ぶのを手伝ったりした(もちろん抱えて運んだのではなく、浮遊呪文を使って運んだのだ。落としてはいけないゲームをしているみたいで楽しかった)。
 土曜の午後、外があんまり土砂降りなので、名前はまた魔法薬の自習でもしようかなと考えながら、一人廊下を歩いていた。そして――。
 すぐ目の前を何か巨大な黒い物が現れたと思ったら、バーン!と凄まじい轟音が辺りに鳴り響いた。雷でも落ちたのかという爆音だ。
 名前は心臓をばくばくとさせながら、ゆっくりと立ち上がる。じわじわと痛み出す頬に手をやると、掌がぬるっと滑り、自分が落下した何かの破片で怪我をした事を理解した。――あとほんの数歩前を歩いていたら、今日が名前の絶命日になるところだった。
 名前が唖然としていると、凄まじい速さでフィルチがやってきた。此処はちょうど、フィルチの事務所の真上だ。「おまえ!」
 老管理人は明らかな校則破り――学校の備品を壊した容疑者である名前を見て、嬉々としていた。彼の足元には、相棒のミセス・ノリスが控えている。名前が怪我をしている事に気付くとほんの僅かに怯んだようだったが、それでも彼の暗い目から意地悪な光が消えることはなかった。
「現行犯だ!」フィルチは殆ど歌っていた。
「……違うよ、あたしじゃない……」
 名前は力無く反論したが、フィルチは聞く耳を持たなかった。どうやら規則破りの悪ガキ認定している名前を処罰する口実ができ、本当に嬉しいようだ。

 天井から吊るしてやると息巻くフィルチの言葉を信じるなら、たった今名前をぺしゃんこにし損ねた黒い物体は、姿をくらますキャビネットという代物らしい。かなり昔からホグワーツにあるもののようで、それを壊した名前は、間違いなく罰則が科されるだろうという事だった。名前は壊したりしてないと言ったが、フィルチは聞く耳を持たなかった。
 名前は途方に暮れたが、彼の事務所に連行される直前、「フィルチさん」と声が掛かった事で首の皮一枚繋がった。
 名前が声の方を向くと、監督生バッジを着けたグリフィンドールの男子生徒が歩いてくるところだった。
 パーシー・ウィーズリーは、「フィルチさん、その子じゃないですよ」とフィルチに言った。
「何?」
 フィルチはどこまでも懐疑的だ。しかしそんな彼のきつい口調も、パーシーはものともしなかった。どうやら彼は一連の流れを見ていたようで、名前を庇ってくれた。
「可哀想に、怪我してるじゃないか。その子はたまたまそこを歩いていただけですよ。このキャビネットは上の階から落ちて来たでしょう」
「こいつが呼び寄せたんだ! でなきゃ、自然に落ちたりするものか!」
「フィルチさん、呼び寄せ呪文は四年生で習うんですよ。この子はまだ二年生だ。使える筈がない」
 フィルチの顔が赤くなった。生徒に理論的に反論されたのがよほど気に食わなかったのか、羞恥に塗れているのではなく、怒りで染まっている。名前はまずいと思ったが、パーシーは頑として引かなかった。

 結果的に、フィルチはそのまま事務所に戻っていった。あの後、偶然もう一人監督生が現れ、パーシーに加勢したのだ。
 レイブンクローの監督生、ペネロピー・クリアウォーターはパーシーが言う事は筋道立っていると主張し、また名前の事は偶然通り掛かって巻き込まれた被害者に過ぎず、むしろ一刻も早く医務室に向かうべきだと主張した。二人の監督生に責められてもフィルチは名前を事務所に連れていくの一点張りだったが、三人が言い争っている最中、遠くから男の高笑いが響いてきた。ちょうど、いくつか上の階をふわふわと漂っている、ポルターガイストの声のようだった。
 フィルチは「ピーブズ!」と大声を上げ、パーシーはあれが証拠だと言い張った。そして、フィルチは勘違いして詰った名前に謝りもせず、そのままミセス・ノリスを連れて大股で歩き去った。

 名前がパーシーとペネロピーに礼を言うと、彼らはそれぞれ「災難だったね」、「彼、ひどく風邪を引いてしまって機嫌が悪いのよ」と気を遣ってくれた。
 謂れのない罰則を受けずにほっとしたが、バラバラになってしまった姿をくらますキャビネットが元通りになる事は無い。名前がちらっとキャビネットだった木片に視線を走らせたのを見たのだろう、ペネロピーが安心させるように「大丈夫よ」と微笑んだ。
「レパロ」ペネロピーが杖を振った。
 木っ端微塵に砕け散ったキャビネットは、瞬く間に元通りになった。その鮮やかな手腕に、名前は「凄い……」と思わず呟いたし、パーシーも感動したように小さく歓声を上げた。「何も起こっていなければ問題は起きないわ」
 その後、パーシーが姿をくらますキャビネットを宙に浮かし、そのまま数階上の元のフロアまで移動させた。名前が巨大カボチャを運んだ時のように浮かせたまま歩いて少しずつ移動させるのではなく、杖の一振りで浮遊させ、元の位置まで戻したのだ。六年生にもなるとこんな事も出来るようになるのだと、名前は惚れ惚れした。パーシーが使ったのは簡単な浮遊呪文のようだったし、無言で杖を振っていた。
 名前が再びありがとうと言うと、ペネロピーがにっこりした。
「やっていない事の証明は本当に難しいわよね、まさしく悪魔の証明だわ」
 監督生達は医務室まで付き添ってくれると申し出たが、名前は遠慮した。マダム・ポンフリーは名前を見ると、一瞬また貴方ですかという顔をしたが、名前の頬にかなり大きな切り傷が出来ている事に気付くと「何て事です!」と悲鳴のような声を上げ、すぐに治療をしてくれた。マダムは手当の最中、女の子なのに顔に怪我をするなんて!とか、私が居なかったらどうなっていた事か!とか低く呟いており、正直フィルチの癇癪より怖かった。


 ハロウィーンの夜は素晴らしかった。生きた蝙蝠が飛び交い、四つの長テーブルはパンプキンパイやローストチキンなんかが所狭しと並び、ダンブルドアに招かれたという骸骨舞踏団が素晴らしい演奏を披露した。
 折角の万聖節だというのに、大広間中を見回してもゴーストが居ないのは、恐らく彼らの全員がほとんど首無しニックの絶命日パーティーに出席しているからだろう。名前達は山盛りのご馳走と、たっぷりのデザートを思う存分食べ、パーティーはお開きになった。
 その晩、ミセス・ノリスが石にされるという大事件が起きたが、名前達ハッフルパフ生がそれを知ったのは、次の日になってからだった。アナグマのねぐらのように地下に張り巡らされたハッフルパフ寮には、外の喧騒も、嵐が吹き荒れる音も、そして愚か者の悪意も、少しも届かないからだ。

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