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 寒風と共に十月が訪れた。魔法薬学の授業は火を焚いている筈なのにいつも薄ら寒く、名前はいつも凍えながら受けていた。
 魔法薬学が地下牢教室で行われるのは恐らくスネイプの趣味というわけではなく、温度や湿度がある程度一定に保たれるからだろう。材料の保管にも都合が良いに違いない。もちろん魔法でもっと快適に管理することもできるのだろうが、多分、調合の出来を左右してしまうので、最低限の魔法しかかかっていないのだ。むしろ、本当は部屋に少しも魔法を掛けない方が良いんじゃないだろうか。真冬でも名前達が凍死しないのは、恐らくスネイプの解り辛い気遣いによるものなのだろう。しかしながら、もう少しどうにかできないものだろうか。名前が手を摩りながら材料を切り揃えていると、アンソニーが心配そうに名前を見ていた。

 勉強熱心なノットとの自習には懲りたものの、名前としても魔法薬学の実技の復習は必要だと思っていた。教科書を見ながらの調合ならまあどうにかなるが、試験の時にはそうもいかないし、必要になった時に『魔法薬調合法』があるとも限らない。その為、自由に調合できる場所を探さなければならなかった。
 数週間ホグワーツを探し回った末、ようやく見付けたのが、五階にある小スペースだった。通路に大きな鏡があるのだが、鏡を押して横に動かせるようになっており、その背面に小さな空間があったのだ。物置よりは広い程度の広さだが、魔法薬の自習には持ってこいだった。
 空間の奥には暗い通路が奥まで続いていて、名前は数十分ほど歩いたが、突き当りに辿り着く前に途中で引き返した。どこまでも続いていたら困るからだ。しかしこの通路のおかげなのか換気は問題ないようで、魔法火を焚いても煙が籠る事はなかった。

 この日も、名前は習ったばかりのぺしゃんこ薬の調合に励んでいた。一定の症状に効く薬のようなのだが、いまいち使い道が解らない。名前がきちんと後片付けをし(このまま火を消さなかったらまたアッシュワインダーを作れるのではないかと思ったが、名前はかろうじて踏み止まった)、鏡の裏からするりと抜け出ると、ぽかんとした様子の女の子と目が合った。
 ジニーは目を白黒させて名前を見ていたが、彼女の隣に居た監督生――確か、名前はパーシー・ウィーズリーだ――は妹の様子に目を止め、それから視線の先を追って名前を見た。
「君、いったいいつそこに現れたんだい?」
 パーシーは頭が固い――そんな事を主に双子から聞いていたので、名前は言葉に詰まった。抜け道を通るのはまだしも、そこで勝手に魔法薬を煎じているのはあまり褒められた行為ではない気がした。しかし名前が返事をするより先に、ジニーが「彼女、さっきからそこに居たわ」と答えてくれた。パーシーは納得した様子だった。彼はそのままジニーに向き直る。
「良いかい、風邪は引き始めが肝心なんだ。ママだっていつもそう言ってるじゃないか。マダム・ポンフリーに元気爆発薬を貰いに行こう、すぐ元気になるよ」
「絶対嫌よ!」ジニーが言った。「それにあなたはママじゃないわ、パース!」
 どうやら兄妹喧嘩らしい。ジニーの体調が良くないのでパーシーは元気爆発薬を飲ませたがっているが、ジニーはそれを拒否しているようだ。
 名前はジニーの顔を見た。確かに顔色はあまり良くないような気がするが、単に色白なだけなような気もする。しかし校内で風邪が流行っているのは事実だし、ジニーとあまり関わりがない名前より、実兄のパーシーが言うのだから確かに彼女は調子を崩しているのだろう。
「あれ飲むとあたし、火事みたいになるのよ!」
 ジニーの悲痛な叫びに、名前は少しだけ笑いたくなってしまった。元気爆発薬はあらゆる風邪に絶大な効果を発揮するが、その反作用で数時間耳から煙が出続けることになる。
「ジニー、医務室に行くの?」
 名前は素知らぬ顔で二人に話し掛けた。「あたしも一緒に行って良い? ちょっと喉が痛いから、薬を貰いに行こうと思って。マダムの元気爆発薬ってよく効くんだよ」
 名前がそう尋ねると、ジニーは名前とパーシーの顔を交互に見て(パーシーは得意そうに頷いていた)、それから小さく「うん」と言った。ちなみに、名前は特に喉は痛くなかったし、少しも風邪っぽくない。三人で薬を貰いに行った時、マダムは名前をじろじろ見たが、それでも元気爆発薬を名前達に渡してくれた。
 グリフィンドールの二人と別れ、寮へ帰りがてら生徒達にくすくすと笑われるのは気にならなかったが、談話室に居た寮生達の大半が「風邪を引いたの?」とか、「お大事にね、名前」とか、色々と世話を焼こうとしてきたのには閉口してしまった。良い事をした筈なのに、やけに損した気分だ。名前は仕方なく早めに寝室に引っ込んだ。


 ハロウィンが数日後に迫った放課後、名前は授業終わりにいつもと同じようにハンナ達と共に教室を出た。それから何となく目を向けた先に、此方を見ているゴーストと目が合った。暗い表情に、分厚い眼鏡。マートルだ。
 ここは三階ではないし、当然女子トイレでもないので、マートルが居るのはかなり珍しかった。しかしイギリス一ゴーストが集うホグワーツと言えど、若者のゴーストは何人か居るものの、生徒のゴーストは彼女一人きりなので、流石に見間違える筈がない。
 マートルは何も言わなかったが、どうやら名前に用があるようだった。名前はハンナ達に先に行ってもらうように伝え、マートルの元へ向かった(ハンナ達はあまり嘆きのマートルと関わりたくないようだった。彼女は癇癪持ちなので、まあ気持ちは解らないでもない)。
 滅多に見る事が無いというか、むしろ初めて見掛けるからだろう、行き交う男子生徒達は物珍しそうにマートルを見ていた。名前が彼女の元へ辿り着くと、マートルは「遅いわよ!」と小さく叫んだ。
「こんちは、マートル」名前が呑気に挨拶した。「こんな所に居るなんて珍しいね。何やってるの?」
「あんたに用があるからわざわざ来てやったんでしょ!」
 今度こそマートルが叫んだが、周りの生徒達がギョッとして彼女を見たからだろう、さっと物陰に隠れてしまった。もっとも、透けたローブがはみ出ている。
「あたしに?」
 名前が言うと、マートルは恐々とした様子でゆっくりと顔を出した。

 マートルは言いづらそうにしていたようだったが、名前は彼女の言葉を辛抱強く待った。わざわざ名前を探して待っていたらしいので、本当に何か用があるのだと思ったからだ。「その、ニックの絶命日パーティーに、一緒に行かないかと思って」
「……誰の何のパーティーって言ったの?」
「絶命日パーティーよ!」
 聞いた事がない単語だ。絶命日デスデイが言わんとするところは解るが、パーティーと結び付く単語ではない筈だ。しかしながら、どうやらゴーストの間では自身が死んだ日を祝うのが習わしらしい。狂っていると思ったが、名前は口に出さなかった。そしてニックというのは、グリフィンドールの寮付きゴーストの事だろう。
 今度のハロウィンがニックが死んでちょうど五百年目にあたる記念日らしい。ホグワーツのみならず国中からゴースト達が集まり、彼の死を祝う――死を祝うというよりは、二度目の生を祝してのものだろう――そうだ。マートルもそれに招待されていて、一人で行くのは気が進まないので名前を誘ったという事のようだった。
 名前はマートルの顔を見ながら暫く考えていた。
「うーん、あたしはやめとく」
「何ですって!」
 マートルが声を上げた。ずいっと近寄ってくるので、何となく名前は半歩下がる。ゴーストを通り抜けるのはあまり気持ちが良いものではない。
 マートルはせっかく誘ってあげたのに!とか、あんたなら面白がると思ったのに!とかわあわあ喚いている。善意で誘ってくれていたようだったが、やはり名前は気が進まなかった。ニックの事をよく知らないのに、彼の絶命を祝う会に出席して良いものか判断に困ったからだ。マートルは社交的な方ではないので、パーティーの間ずっと気を回してくれるとも思えない。
「だって、ニックってほとんど首無しニックの事でしょ? グリフィンドールの」名前が言った。「ニックとは全然喋った事ないんだもん」
 廊下ですれ違った時等に挨拶をした事くらいはあるが、名前はニックと話した事が無かった。一応、彼の愛称の由来は何となく知っているが、噂で聞いた程度だし、実際に首の皮一枚で繋がっているところを見せてもらった事があるわけでもない。まあ当たり障りのない会話をしろと言われればできるが、やはりあまり気は進まなかった。
「マートルの絶命日パーティーだったら行くけどさ」
 名前はたまたま通り掛かった生徒に手を振り返していたので、マートルが名前の言葉を聞き、ぽかんとして、「わ、わたしの……?」と小さく呟いた事に少しも気が付かなかった。

 考えてみれば、名前はマートルと友達なのに、彼女の誕生日――もとい絶命日を知らなかった。名前が「マートルの絶命日はいつ?」と尋ねると、彼女は暫く間を置いてから、「六月十三日よ」と静かに言った。
「――今度の六月が、わたしの五十回目の絶命日なの」
「そうなの?」名前が言った。
 ちょうど五十回となると、ほとんど首無しニックには負けるものの、アニバーサリーの年に当たるのではないだろうか。「じゃ、その日お祝いに行くよ」
 マートルの表情は読み辛かった。前髪が長いし、分厚い眼鏡があるので、元々目元が見えづらいのだ。それに加えて今の彼女はどことなく俯いている。しかし嫌がっている様子ではないので、祝いに行く分には問題ないだろうと判断した。
 ゴーストの人って何貰ったら喜ぶの?と名前が尋ねると、マートルは顔を上げた。半透明な筈のマートルが、その顔を銀色に染めている。「そのくらい自分で考えなさいよ、馬鹿じゃないの!?」
 マートルはそう喚き立てると、壁を通り抜けて消えてしまった。名前は彼女が消えていった辺りを呆然と見詰めるより他に仕方なかった。知り合ってもうすぐ一年だが、未だにどの辺りに逆鱗があるのかいまいち解らない。もっとも、名前はマートルに怒鳴られようと少しも気にならなかったが、寮に戻り、太った修道士にゴーストへの贈り物は何が良いかと仰いだ際、故意に腐らせた食べ物等が喜ばれるだろうと教えられた時は頭を抱えた。そんなもの、一体どうやって用意するんだろう。

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