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 金曜日の放課後、名前はハグリッドの小屋を訪れた。三頭犬のフラッフィーを見せてもらおうと思ったのだ。三頭犬はハグリッドが飼っている魔法生物で、去年はずっと賢者の石を守っていた。本当はもっと早く来たかったのだが、学年が上がった事もあって宿題が忙しく、金曜日にやっと来る事ができた。
 ハグリッドは小屋を訪ねて来たのが名前だと知って、パッと顔を輝かせたが、フラッフィーの事を尋ねると、少しばかり落ち込んだようだった。
「実はな、フラッフィーだが、ギリシャに返しちまったんだ」
「えーっ!」
 名前は絶句した。訳を尋ねれば、ダンブルドアからの勧めだという。
 確かに三頭犬は大きいし、飼い主以外には凶暴かもしれないが、それでもハグリッドならきっと制御できた筈だ。禁じられた森の中なら、フラッフィーも伸び伸びと暮らせただろうに。名前がそうぼやくと、ハグリッドも力無く頷いた。

 夏休みの間、名前はフラッフィーに会う事をかなり楽しみにしていたので、すっかりしょげてしまった。こんな事なら、前学期の内に一度くらい見に来ておくのだった。学校中が事件の事で敏感になっていて、何だかんだで見に来られなかったのだ。――まあ、フラッフィーにはスコットランドは寒すぎたかもしれない。
 それでも名前があんまり落ち込むので、ハグリッドは哀れに思ったようだった。彼は名前に外に出るように促し、名前を小屋から少し離れた放牧場のような所に連れてきてくれた。何頭もの火蟹が火を噴いたり、土をいじったりしている。「ウワーッ!」

 火蟹はオセアニアの島に棲む魔法生物だ。宝石が生える甲羅や大きさ、シルエットはリクガメに似ているが、どちらかというと蟹や虫に近い。最大の特徴は、危険を感じると尻から火を噴出させる事だろう。放牧場には、少なくとも六頭の火蟹が居た。
 四年生の授業に使うらしく、こうして面倒を見ているのだという。火蟹はハグリッドが合図をすると、わらわらと集まった。名前はもっと近くで見たいと騒いだが、ハグリッドは許してくれなかった。その代わり、餌の野菜を投げさせてくれた。
「凄いね!」名前は大興奮していた。「あたし、早く魔法生物飼育学受けたい!」
「まあ待て、まだ来年だ。そう焦るんじゃねえ」
 ハグリッドはそう言ってから、ケトルバーン先生が喜ぶだろうなと付け加えた。ケトルバーンは魔法生物飼育学担当の老教授だ。
「ハグリッドは何でも世話できるんだね。良いなあ……」
 名前がしみじみとそう言うと、ハグリッドはぴくぴくと髭を動かした。どうやら照れているらしい。彼は照れ隠しに、火蟹を使った一大プロジェクトが動いているのだとこっそりと教えてくれた。
「前も言ってたね。それって何なの?」
「秘密だ」ハグリッドは言いたそうにしていたが、決して口を割らなかった。
 小屋まで帰る道すがら、名前は火蟹に関わるプロジェクトが何なのか考えていた。生徒一人一人に火蟹の卵が配られて、それを育てる授業とかだろうか。そうだったら良いなと思いつつ、名前はふとハグリッドのカボチャ畑の傍で誰かが立っている事に気が付いた。同じくハグリッドもその生徒に気が付いたようで、「おまえさん、そこでいったい何しちょる?」と言った。
 振り返ったのは燃えるような赤毛をした、一年生の女の子だ。チャーリー達の妹で、確か名前は、ジニー・ウィーズリー。

 ジニーはカボチャから目を離し、名前達を見た。
「こんにちは」ジニーが言った。
「すごく大きなかぼちゃね、ハグリッド。肥大呪文を使ってるの?」
「ああ、うん……」
 歯切れの悪い返事に、名前は隣のハグリッドを見上げた。名前はこれまで、ハグリッドが魔法を使っている所を見た事がなかった。以前、色々あってホグワーツを退学になったと言っていたので、てっきり杖は持っていないのだと思っていた。
 ハグリッドが何をしていたのかと尋ねると、今度はジニーの方が少々言葉に迷ったようで、最終的に、彼女は「少しこの辺りを歩いていただけよ」と言った。
 名前はジニーが何をしていたのか少しも気にならなかったが、数時間後に彼女に再び会った時には少々驚いた。ジニーはどういうわけか生傷だらけだったし、ローブには鳥の羽が付いていた。
「ジニー?」
 名前が声を掛けると、樫の大扉の隙間から中を覗いていた女の子は、文字通り驚いて飛び上がった。
「あ、こ、こんにちは」ジニーが言った。
「こんにちは」
 不安そうに名前を見るので、名前は簡単に自己紹介をした。「あたし、名前・名字」
 ジニーのお兄さん達の友達なのと口にすると、ジニーは恐る恐る頷いた。ハグリッドとは普通に話していたのに、同年代の女の子とは話しづらいのだろうか。名前は少しだけ気になったが、結局すぐに忘れてしまった。まあ、きっとそういう事もあるだろう。
「どうしたの? 大丈夫?」名前は出来る限り優しく尋ねた。
「だ、大丈夫って……?」
「え? いや、何か怪我してるし……」
 ジニーはびくっとして、「大丈夫」とか何とかもごもご言った。彼女は両手をぱっと後ろに隠したが、名前は彼女の手にかなり大きな切り傷がいくつも出来ているのを見逃さなかった。「医務室の場所は解る? よければ案内しようか?」
 ジニーが真っ青になって医務室には行かないと言い張るので、名前も「そう……」と言うしかなかった。
 名前は前年度、散々規則破りをした身なので、ジニーの気持ちは解るつもりだ。多分、彼女は何か校則に引っ掛かる事をしてしまい、叱られることを恐れているのだろう。名前は校医の先生はそんなにうるさく追及してくる方じゃないと教えたが、ジニーは首を振るだけだった。
「――じゃ、取り敢えず綺麗にしよう。こっち、ついてきて」
 名前は怯えるジニーの手を引いて、三階へと向かった。向かうのは当然、女子トイレだ。三階のトイレに辿り着いた時、ジニーは「此処は入っちゃ駄目なんじゃ……?」と小さく言ったが、名前は「平気だよ」と請け合った。

 嘆きのマートルは名前が知らない女の子を連れて来た事で何故か怒り始めたが、名前がジニーの手を洗ってやり、エピスキーをしてやると黙り込んだ。多分、一年生の女の子が怪我をしているのを見て可哀想に思ったのだろう。
 エピスキーは治療用の呪文だ。魔法性疾患でなければ、小さな傷ならたちまち治してしまうし、大怪我でも多少の効果はあるらしい。
 名前は怪我なんて唾でも付けておけば治る派だったが、小学校から傷だらけで帰ると、キングズリーはすぐに名前にエピスキーをしたものだった(彼はいつも、完治させてしまってからマグル界では一日で怪我が治るわけがないと思い出し、それから無傷の肌の上から絆創膏を貼った)。その影響もあって、昨年名前もエピスキーを習得したし、確かに便利な呪文だったのだが、エピスキーで傷を治すとかなり疲れが出ることもあり、結局あまり使わなくなってしまった。
 手に出来ていた切り傷が、数日前にできた怪我の傷跡くらいになって、ジニーは「どうもありがとう」と小さく言った。やや疲れたような顔をしているのは、やはりエピスキーの副作用なのだろう。
「梟にひっかかれたの?」名前が言った。
 ジニーの手に出来ていた切り傷はいくつかあったが、平行に線が入っているものもあった。その為、生き物にひっかかれたのではないかと思ったのだ。名前が彼女の頭から羽毛を取ると、ジニーはぎくりとした様子だったが、「いつ怪我をしたのか覚えてないの」と小さく言った。名前はそれを嘘だと思ったが、誰にも言わないで欲しいと懇願するジニーに、勿論と頷いた。

 小さな女の子を見送ってから、名前はマートルに「ジョバーノールだと思う」と断言した。
 名前は寮の自室でマートラップを飼おうとした事があった。おそらく、ジニーもそうに違いない。ジョバーノールはイギリスにも居るし、殆どまったく鳴かない筈なので、内緒で飼うにはぴったりな筈だ(ジョバーノールが鳴き声を上げるのは、絶命する時だけだ)。
「多分、内緒で飼ってるんじゃないかな」
「……あんたみたいなの、早々居ないわよ」
 名前はジョバーノールだと確信していたが、マートルは白い眼を向けるだけだった。「今度は減点じゃ済まないわよ」
「ハグリッドじゃあるまいし……」
「ハグリッドも部屋で何か飼ってたの? 学生の時に?」
 マートルは返事をしなかった。
 名前は彼女がいつ頃ゴーストになったのか知らないし、ハグリッドが何歳なのかも知らなかったが、多分、彼女はずっと昔に亡くなったのだろう。名前は寮に戻りながら、グリフィンドールの監督生(確か、ウィーズリー家の兄の一人が監督生をやっていた筈だ)にジニーのジョバーノール飼育疑惑を伝えるか迷ったが、内緒にすると約束した事もあって、結局誰にも何も言わなかった。

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