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 次の日、名前達は闇の魔術に対する防衛術の授業があったが、まったくの肩透かしだった。
 名前はハンナ達がどうしても最前列に行きたいというので断り切れず、彼女達と共に教室の一番前に座った。まあ、ロックハートは多少の偏見はあれど魔法生物について造詣が深いようだし、何かしら得るものもあるだろうと、名前はそんな事を考えていた。
 まず初めにテストをするというので、目立ちたがりの節があるだけで教員として努めようという気はあるのだなと思ったのだが、その問題はこうだ。

 1.ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?
 2.ギルデロイ・ロックハートのひそかな大望は何?
 3.現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、あなたは何が一番――

 名前は顔を上げた。隣のハンナは猛烈に羽ペンを動かしている。普段の授業であれば少なくとも一斉にカリカリという音が聞こえてくるのだが、この授業に関してはどうもそんな様子ではない。恐らく、半数程度のハッフルパフ生は名前と同じように呆れ返っている。
 ロックハートは生徒達の様子を見ながら――もっともその間、爪の先が欠けていないか確認したり、窓ガラスに映る自分を見てうっとりしたりしているが――満足そうにしていた。
 ――教師の決定権は、ダンブルドアにあるんだろうか。
 名前がそんな事を考えていると、ロックハートと目が合った。本人は魅力的だと思っているのだろう笑顔でにっこりと微笑まれる。妙な勘違いをしていそうな気がする。名前がロックハートのファンで、その微笑みを一目見たいからテストに手を付けず彼の顔を見詰めていただとか。名前は愛想笑いを返し、仕方なく問題用紙に向き直った。
 その後の授業も酷かった。ロックハートは採点の後、通常の授業に入ったが、授業とは名ばかりで、著書を身振り手振りを交えて音読するだけだった。かなりドラマチックで、そしてそれだけだ。

 授業後、たまたま顔を合わせたアーニーが、「多分、ダンブルドアが僕達に与えた試練なんだと思う」と真面目な顔をして呟くので、名前は噴き出すのを真剣に堪えなければならなかった。


 スリザリンの二年生、セオドール・ノットは、闇の魔術に対する防衛術の自習になりそうな本は無いかという名前の求めに、的確に応じてくれた。どうやら成績が良いだけでなく読書家でもあるようで、「これなんて解りやすいと思う」と勧めてくれた本は、確かに名前でも理解できそうなほどで、自習に持ってこいだった。ちなみにタイトルは『防衛術入門』、そのままだ。
「スプラウト先生が泣いて喜ぶんじゃないかな」
 くすっと静かに笑ってみせるノットに、名前は言い返した。
「別に、あたしだって勉強くらいするよ」
「そう? 言っておくけど、自分の興味がある所だけ自習することを勉強とは言わないよ」
 満遍なく勉強し、どの科目でも上位に入っているノットの言葉にはまったくの嘘が無い。彼が何の科目が苦手なのか、見当もつかないくらいにはノットは頭が良かった。何なら、おそらく彼は既に二年生の範囲を越えて予習をしている。名前は反論の余地が見付けられず、「そうだね」と言うしかなかった。
「まあ、闇の魔術に対する防衛術は実践で勉強するわけにもいかないし、本で知識を付けておくだけでも変わってくると思うよ。生徒同士で魔法を掛け合ったり、闇の生物を連れて来るなんてできないからね。それに、きっと、ロックハート先生も来年には居なくなっているさ」
 どうやら闇の魔術に対する防衛術の担当教師は一年以上続かないというジンクスの事を言っているらしい。噂では、過去に防衛術の教師を希望して断られた魔法使いが、そんな呪いを掛けたのだという。名前はその魔法使いというのはスネイプなのではないかと睨んでいた。スネイプが魔法薬学ではなく、防衛術を教えたがっているというのはホグワーツでは知られた話だった。
「……防衛術は、って、他の授業だって、魔法を使って予習なんて出来ないでしょ?」
 ノットはちらっと名前を見た。
「そうでもないさ。変身術や呪文学は、寮の中なら多少魔法を使ってもお咎めを受けないし、薬草学はスプラウト先生に言えば温室を使わせてくれる。魔法薬学だって、スネイプ先生に頼めば教室を使わせてくれるよ」
「スネイプが? 地下牢教室を?」
「だって、そうじゃないと身に付かないだろう。僕は何度か自習に使わせてもらった事があるよ」
 名前は黒マントのスネイプを思い浮かべた。名前が魔法薬学の復習をしたいから教室を貸して欲しいと頼んだら、彼は何と言うだろうか。
 多分許可してくれないよ、ミス・名字に使用許可を与えるのは教室を吹き飛ばしたいだけですなとか言いそう。名前がそう肩を竦めると、ノットは初めて驚いたような顔になった。

 図書館を出た後、二人はそのままの足で地下牢教室へ向かった。どうやら上級生の授業も終わったようで、どの教室にも生徒の姿は無かった。教室に隣接したスネイプの執務室をノックすると、当然の事ながらスネイプが顔を出した。彼は名前を見て殊更嫌そうな顔をしたが、その隣にノットが立っている事に気付くと、僅かに目を見開いた。
「えーっと、先生、ウィゲンウェルド薬の復習がしたいんですけど……」
 尻すぼみになった名前の台詞を引き取るように、ノットが「教室の一部を使わせて頂きたいのですが」と付け足した。
 スネイプは暫く考えている様子だった。「許可できん」
 名前は言った通りだろうとノットを見たが、スネイプが続けた言葉に、今度はノットの方が名前に向けてほら見た事かという視線を送る事になった。
「ノットが調合を行うのであれば構わん」

 ウィゲンウェルド薬はある種の回復薬だ。心身の負担を和らげる効果があり、調合自体はさほど難しくないが、それでも一年次の総決算とも呼べるような代物だった。求められる材料の切り方、火の管理、撹拌の正確性、どれもがこれまで以上の難易度だった。名前は授業中、何とか薬を完成させられたものの、色が教科書の見本通りではないと減点された。
 魔法薬学はレイブンクローとの合同授業なので、当然ながらスリザリン生のノットが魔法薬を作っているのを見たのはこれが初めてだったが、彼はかなり手際が良かった。計量も正確だし、材料一つ刻むのにも、手早いのに丁寧だ。それに手順を全て覚えているのか、動きの一つ一つに少しも無駄が無い。名前なんて、今日やったばかりだというのに材料すら正確に覚えていなかった。
 ノットは名前がスネイプに嫌われているのは何かをやらかしたからではないかと言ったが、名前からしてみれば、スネイプがノットの事を気に入っているからこそ使用許可を出してくれるのではないかという気がしていた。多分、他の生徒が頼んでも許可してくれないんじゃないだろうか。
 煮込まれ始めて二十分もすると、大鍋の中身は数回色を変えた後、教科書通りのエメラルドグリーンに変わった。これをあと五分、時計回しでかき混ぜ続ければ完成だ。
「前読んだ本には、五回混ぜたら反時計回りにしろって書いてあったよ」
 ウィゲン樹はボウトラックルの好物で、魔法生物学者がコラムの一環としてウィゲンウェルド薬について書いていたのを名前は覚えていた。ノットは大鍋を見詰め続けている。
「教科書は時計回りだ、そうだろ?」
「ジガーが間違ってるかも。ねえ、始めから反時計回りにしたらどうなると思う?」
「この薬が薬じゃない何かになるだろうな」ノットは取り付く島もない。
 やがて、ノットの手により、完璧なウィゲンウェルド薬が出来上がった。スネイプが見本で作ってみせたものと大差ない。名前は小さく拍手をした。
 大鍋を洗っていると――名前が付き合わせたのだから、後片付けくらいはすると自分から買って出たのだ――、ノットが次の大鍋を用意していた。魔法火を焚いている。
「……一応聞くけど、何してるの?」
「君が言ったんだろう? 五回混ぜたら反時計回りって」
 まさか、もう一度調合するつもりなんだろうか。
 しかしそのまさかで、名前が止める間も無くノットは次の調合の準備をし始めた。再びウィゲン樹の木片を秤にかけている。
 魔法薬学教室を使わせて貰えるなんて信じられないと言ったのも名前だし、うろ覚えの他の本の知識を口にしたのも確かに名前だ。そしてノットの知的好奇心に火を付けてしまったのも間違いなく名前なので、彼が満足するまで付き合う義務があるような、そんな気がしてしまう。結果的に、ノットはそれからあと三回ウィゲンウェルド薬を作り、名前達は夕食を食べ損ねる事になった。
 幸いにも名前は厨房の場所を知っていたので事なきを得たが(ノットは厨房にかなり驚いていたのだが、名前はそれに反応する気力もなかった)、名前はもう二度とノットの自習には付き合わないと決心した。

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