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 名前・名字は名付け親と二人、グリニッジのフラットでひっそりと暮らしていた。元々、キングズリーが一人で暮らしていた所に名前が転がり込んだ形なので、名前の部屋はかなり小さかった。ベッドと、クローゼットと、机とをぎゅうぎゅうに押し込んでいて、正直かなり手狭だ。名前が来るまでは、物置として使っていた部屋らしい。
 しかし、名前はこの小さな空間をなかなか気に入っていた。狭い部屋だが、小さい窓が付いているのだ。五階なので見晴らしも良いし、ビルの隙間からテムズ川が見えるのも、名前が気に入っている理由の一つだった。観光シーズンになると、色とりどりのクルーズ船が行き交うところを見ることができた。隣人は当然マグルなので、魔法的な物音には気を付けていなければならなかったが、ここでの暮らしはそう窮屈ではなかった。

 名前はつい先日、十二歳になった。真夏生まれの名前は、誕生日がいつも長期休暇の合間にあったので、友達に祝ってもらえた試しがなかった。キングズリーは名前のマグルの友達が家に遊びにくると苦い顔をしたし、そもそも名前が学校以外で外に行く事自体良い顔をしなかった。当然、誕生日パーティーを開くなんてもっての外だ。純魔法界育ちのキングズリーだ、彼が仕事柄いかに順応力が養われているとはいえ、未成年のマグル十数人を相手にわちゃわちゃするのはかなり骨が折れるのだろう。名前もそれは解っているので、うちの親はパーティー嫌いだからで通していたし、マグルの友人達はかなり疑わしく思ってはいたようだが、最終的には納得してくれていた。
 そんなわけで、名前が誕生日当日に受け取るのはせいぜい電話でのお祝い程度だったのだが、今年は違っていた。まず、日付が変わった頃、数羽の梟が名前の部屋に押し寄せた。ホグワーツで出来た新しい友達からだ。
 ハンナ・アボットは名前の一番の仲良しの女の子だ。そのハンナは、名前の誕生日に特大のケーキと、可愛いレターセットを送ってくれた。便箋はマグルの商品だったが(マグルが妖精だと信じているものが描かれた、かなり可愛らしいものだ)、羽ペンはディリコールの羽で出来ていて、ペンを置くとたちまちインク壺に戻る仕様になっていた。おそらく、名前が魔法生物が好きだから選んでくれたのだろう。名前は早速ハンナにお礼の手紙を認めた。
 スーザン・ボーンズも、名前に誕生日プレゼントをくれた。ハンナと同じくルームメイトの女の子で、名前ともよく一緒に行動してはいたが、どちらかというと彼女はハンナと仲が良いので、彼女が名前の為に大判の図鑑を贈ってくれるとは思ってもみなかった。しかも、よくあるイラスト仕立てのものではなく、著名な魔法生物写真家が撮った写真が使われている本格的な生物図鑑だ。名前は大喜びして、夢中になってページを捲った。
 驚いたことに、アーニー・マクミランも名前にお祝いのプレゼントを贈ってくれた。名前の通り正直者のアーニーは、入学して暫くの間名前と折り合いが悪かったのだが、半年ほど前に友達になった。もっとも、彼が名前にプレゼントをくれたのは、名前が先に彼にバースデーカードを送ったからかもしれないが(アーニーは七月生まれだ)。それでも明らかな女の子向けのピンク色のインク壺を見ると、彼がどういう気持ちでこれを選んだのかと少しおかしかった。
 また、朝になってから、梟便ではなくマグルの宅配便で大きな花束が届いた。ジャスティン・フィンチ‐フレッチリーはマグル生まれなので、梟便の送り方が解らなかったのかもしれないと思ったが、考えてみればこの花束を梟が運んでくると、かなりの大掛かりになってしまう筈なので、おそらく敢えてマグル式で送ったのだろう。小振りのヒマワリが目一杯集められた花束で、添えられていたカードを見て名前はくすくす笑った。
 他にも沢山のプレゼントやバースデーカードが届いていたが、名前が一番嬉しかったのは、やはり幼馴染のクラッブのものからだった。ビンセント・クラッブは名前の唯一の幼馴染だ。父親の死後、彼との交流は殆ど絶たれていたが、去年、無事にホグワーツで再会することができた。
 ホグワーツが夏休みに入る前、名前はクラッブに、八月が誕生日だと散々主張した(再会した時、彼は名前の誕生日を覚えていなかった)。クラッブは煩わしそうにしていたが、結局こうして誕生日プレゼントを贈ってくれたのだ。何てことはないお菓子の詰め合わせだったが、それでも名前は嬉しかったし、微妙に綴りが間違ったバースデーカードは、貰ったカードの中で一番嬉しかった。

 部屋にノックの音が響いて、気付けば名付け親のキングズリー・シャックルボルトが立っていた。若い闇祓いは「ノックはしたんだがね」と、どこか居心地悪そうな様子で口にした。どうやら彼は何度か部屋の扉を叩いてくれていたようなのだが、名前は少しも気が付かなかったらしい。それが事実なら、何故返事も無いのに勝手に開けたのか、と、文句を言う事もできない。名前は黙って手にしていたカードを机の上に置いた。
「準備は出来ているかい。もしまだなら――」
「平気。大丈夫だよ。もう全部持ったから」
 キングズリーの言葉を遮り、名前が返事をした。そうか、と小さく呟くキングズリーを横目に、ホグワーツのトランクを手に立ち上がる。学校が始まるまでの二週間、名前は残りの夏休みを、ハンナの家――コッツウォルズのアボット家で過ごすことになっていた。
 名前がトランクと鳥籠を引きずっているのを見て、キングズリーは手を差し出した。名前は仕方なくトランクを差し出し、それから彼の空いている右手をぎゅっと掴んだ。それからバシッと鞭がしなるような音がして、二人は姿を消した。
 もしこの部屋にマグルが居たならば、先程まで居た二人が、忽然と姿を消した事に心底驚いただろう。しかし名前達は魔女と魔法使いであり、次の瞬間には二百キロ以上離れた地へ降り立っていた。


 付き添い姿くらまし――キングズリーの姿くらましに便乗する形で移動したが、名前はこの移動方法があまり好きではなかった。揺れるし、ぐらぐらするのだ。これが付き添いではなく、自分だけで移動したならもう少し楽なのかもしれないが、十二歳の名前は当然免許を持っていないので、どうすることもできない。数年ぶりの姿くらましに正直気分が悪くなっていたが、キングズリーに「平気かね」と心配そうに尋ねられると、名前は「平気」と答えるしかなかった。
 考えてみれば、キングズリーとの姿くらましは初めてだ。
 用心深い名前の父親は、移動手段として安全性の高い――もっとも、一番ひどい魔法事故が起きる可能性が高い移動方法は、間違いなく姿現しだが――姿現しを好んで使っていた。幼児の名前を連れての姿くらましなど序の口で、キングズリーがぼやいていた事が正しいならば、名前の父親は名前の首が据わっていない頃から付き添い姿くらましをしていたらしい。よくまあ今まで無事に成長できたものだが、名前が父親に連れられて姿くらましをする時は、大抵クラッブ家に遊びに行く時だったので、良い思い出も多かった。
 ハンナの家に行くのに、名前は煙突飛行で行こうと一度は提案したのだが、キングズリーは承知しなかった。確かに初対面の相手の家に直接煙突飛行ネットワークを使って赴くのは、聊か無作法だ。名前もそういうマナーがある事を知っていたし、姿現しで相手の家の近くまで移動して、それから徒歩なり箒なりで向かう方が印象も良いだろうという事も解っている。しかし大荷物を持っての付き添い姿くらましに自信がなかったし、ハンナの家族は兎も角、名前とハンナは友達なのだから、そこまで失礼でもない筈なのだが。
 もうすぐ先の筈だ、と呟くキングズリーの背を見て、名前は小さく息を吐き出した。それから繋いでいた手を離す。父親との少ない思い出が上書きされていってしまうようで嫌だったなどと、子供じみた事は口にしたくなかった。
 空っぽの鳥籠を腕に抱いたまま、名前は彼の後をついて歩き始めた。

 五分ほど歩いただろうか。名前達はマグルの小さな村の中に居た。すれ違うマグル達が名前達を見て不思議そうにするのは、二人の格好が常識外れだからではなく(キングズリーも名前も、マグルの格好は当然お手の物だった)、キングズリーが大きなトランクを持っており、名前が大きな空っぽの鳥籠を抱えているからだろう。トランクは兎も角、中に何も居ない籠を持っているのはかなり奇妙に映る筈だ。
 石畳の道を歩き、蜂蜜色の石で出来た家々の間を進むと、やがて他の家から少し離れた所に建つ一軒の家が名前達の面前に飛び込んできた。門の所には名前と同じくらいの年頃の女の子が立っていて、名前が彼女を見たのと、ハンナが名前を見付けたのは殆ど同時だった。「ハンナ!」
 名前は鳥籠をキングズリーに押し付け、勢いよく走り出した。

 ハンナ・アボットは名前を見ると顔を綻ばせたが、名前が走ってきた勢いそのまま飛び付くと、「潰れちゃうわ!」と小さく悲鳴を上げた。それでも名前がちょっと身を離し、「久しぶり、ハンナ!」と改めて言ってからハグをすると、「久しぶりね、名前」と彼女も嬉しそうにハグを返した。
 名前は彼女の肩越しに、二人の男女が笑っているのを見た。マグルの格好こそしているが、男性の方は間違いなく魔法使いだ。ポケットから杖が覗いている。
 ハンナの父親は彼女と同じく明るい金髪で、母親は丸顔で穏やかそうな顔をした女性だった。どちらもどことなくハンナに似ていて、特に母親の方は、ハンナが大人になったらこんな女性になるかもしれないといった面立ちだ。
「やあ、やっと会えたね。こんにちは」アボット氏が名前に向かって笑い掛けた。
「初めまして! あたし、名前・名字って言います!」
 今日からお世話になりますと名前が付け足すと、アボット氏もアボット夫人もにこやかに笑みを浮かべた。遅れてやってきたキングズリーも夫妻に頭を下げ、「暫く娘がお世話になります」と言って、彼らと握手をしていた。
 大人達が自己紹介をしているのを尻目に、名前はハンナの身長が全然伸びていない事をからかったり、誕生日プレゼントのお礼を言ったりした。
「そうだ、デメテルならちゃんと良い子にしてるわよ」ハンナが言った。
 デメテルは名前が入学祝いに貰ったメンフクロウだ。付き添い姿現しに堪えられないかもしれないと思い、数日前にアボット家に向かわせ、それからハンナの家で待っていてもらっていたのだ。
「そう? それなら良いんだけど」
「あの子とっても働き者ね。配達を任せて欲しいみたいだったから、お願いしちゃったの。ごめんなさい、もうすぐ帰ってくると思うわ」
「ああ、もちろん全然良いよ。気にしないで。あいつ、長距離飛行に慣れてるし、多分地球の裏側に行かせてもへっちゃらだよ」
 名前の言葉に、ハンナはくすくすと笑った。

 ハンナがちらりと大人達の方を見た。キングズリーはどうやら手土産を持ってきていたようで、アボット夫妻に何やら小包を手渡している。
「親御さんがお泊りをオッケーしてくれて良かったわ。話を聞いていると、何ていうか……とても過保護なんだもの」
「ああ」名前が言った。「癇癪起こして泣き喚いたんだよ」
 ハンナは驚いて目を丸くしたので、名前も肩を竦めてみせた。半分は嘘だが、半分は本当だ。「それから、キングズリーは親じゃないよ。あたしの名付け親。ママはあたしが赤ちゃんだった頃に死んだし、パパも四年前に死んだの」
 何て事の無い調子で言ったつもりだったが、ハンナはかなり申し訳なさそうに謝った。そもそも両親が居ない事を打ち明けられていなかったのは名前なのだから、彼女が気にする必要はまったくないのだが。
 名前もごめんと小さく謝ってから、「ねえ、おうちに入っても良い? ハンナの部屋はどこ?」とハンナの手を引いて促した。名前は蜂蜜色のハンナの家も、ハンナによく似た両親も、コッツウォルズに存在する何もかもを、すぐに大好きになれそうな予感がしていた。そしてその予感が本当になるのは、ほんのすぐ後のことだった。

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