兄弟子は心配性
カマの奴がまた怪人に惚れてやがったんだ、と、隣に座るイアイアンはぶつぶつ言った。飛空剣の使い手である兄弟子の姿を思い浮かべる。彼はアブノーマルな嗜好をしているのだが、それは怪人を相手にしても変わらないのだ。しかも惚れっぽいと来ている。いや、惚れっぽいのではなく、彼自身に好い人が居ないからなのかもしれない。まあ真相がどちらにしろ(もしくはそれ以外)、オカマイタチが敵味方関係なく惚れるのは確かだ。
名前が「またですか」と相槌を打つと、イアイアンは項垂れた。
――放っておけば良いのに。
実のところ、名前はそう思っていた。いや、彼の前では、もとい自分以外の何者の前であっても、口に出したりはしないだろうが。
イアイアンは人が良い。理想のヒーロー像を体現しているというか、真面目というか、実直というか、お人好しというか、馬鹿正直というか。そんな彼は、オカマイタチが怪人に惚れることに難色を示す。
オカマイタチの好みがどうこうではなく、怪人に惚れるのがけしからんというのでもなく、彼が怪人を好きになることによって、オカマイタチ自身が傷付くのが嫌だ――。それがイアイアンの仲間への思いやりだった。彼らしいというか、何というか。
しかしなあ……と、名前は思う。
同じく兄弟子であるブシドリルを見てみろ。彼は放置主義を徹底しているじゃないか。そうも行かないんだろうなあと、未だにぶつぶつ言っているイアイアンを見遣る。ついでに、名前もどちらかといえば放置主義だ。ただ、徹底してはいないというだけで。
「まあ、恋愛くらいは自由に、ですね」
「しかしだな」
納得し切れないという顔だ。
「そう暢気に構えてもいられんだろう。実際、この間なんか危うく死ぬところだったぞ」
「うむむ」そう言われてしまっては、名前だって屁理屈をこねられない。
「あれですよイアイさん、誰かを好きになっちゃったらどうしようもないんですよ。それをやめろって言うのもねえ……イアイさんだってそうでしょ?」
「なっ」
だから、まあ仲間の私達は諫めるだけに留めときましょうよ、と、名前は言おうとした。しかし俄かにイアイアンが立ち上がったおかげで、尻切れとんぼに終わった。「イアイさん?」と名前が言うよりも先に、イアイアンは黙りこくったままどこかへ行ってしまった。
後にはぽかんとした名前だけが残された。
「もー、駄目ねえ。せっかく私が話題作りに協力してあげてるっていうのに」
「イアイも仕方ねえ奴だな。だがカマ、お前わざと怪人に惚れた振りでもしてたってのか?」
「そんなわけないでしょ。私はいつでも素敵な殿方に一直線よ」
「だと思ったぜ」
「……妬いてんの?」
「叩き斬るぞ」
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