43
名前がその部屋を訪れたのは、今学期に入って三度目だった。スプラウト先生はノックしたのが名前だと知ると、不思議そうに名前を見た。
「ミス・名字? いったいどうしたのですか? 今日は天気も良いですし、クィディッチの観戦に持ってこいの日和ですよ」
「スプラウト先生、あたし、先生に言わなくちゃいけない事があるんです」
いつになく名前が真面目な顔をしているからか、スプラウト先生は名前をじっと見詰めてから、「どうぞ、お入りなさい」と部屋に入れてくれた。
スプラウト先生の事務所はやはり、どういうわけか土と、それから肥料の匂いがした。もっともそれは、ハッフルパフの寮監であるスプラウト先生が普段から植物に慣れ親しんでいるからだと、今の名前は知っている。椅子に掛けるように促されたが、名前は立ったままスプラウト先生を見ていた。
「先生、あたしが三頭犬の事を教えちゃったんです。例のあの人に」
「……何ですって?」
三月にあった出来事を、名前はスプラウト先生に打ち明けた。授業後にクィレルに部屋に招かれた事、ハグリッドに三頭犬を贈りたいと考えていると言われた事、三頭犬は凶暴な生き物だがどう手懐けるのかと尋ねられ、それを余すところなく教えた事、そして三頭犬の事はサプライズだから、誰にも言ってはいけないと念を押された事。
名前がぽつぽつと話すのを、スプラウト先生は真剣な表情で聞いていた。先生はもう一度名前に腰掛けるよう促してから、静かに話し出した。「クィリナスは、とても勤勉な生徒でした」
「物静かで控えめで、そして探求心が強く、とてもレイブンクローらしい生徒でした。そんな彼でも、例のあの人の誘惑に耐えられなかった。闇の魔術は私達のすぐ隣に息を潜めていて、静かに近寄り、そっと毒牙に掛けるのです。結果的に、確かに貴方はあの人に情報を与えてしまったのかもしれません。ですが彼には貴方よりずっと年上の、魔法使いや魔女も大勢騙されているのです。いいですか、自分のせいだなどとは決して思わないこと」
けれどそうして打ち明けられたのはとても尊い事だと口にしてから、スプラウト先生は名前を寮に戻るように促した。――例のあの人と対峙して、ハリー達が無事で居られたのはただの偶然だ。しかし、名前はほんの少しだけ心が軽くなったのを感じた。
寮対抗杯はスリザリンのものになると誰もが思っていたが、先日の賢者の石の一件で加点がされ、グリフィンドールが獲得する事となった。ダンブルドアが手を叩くと、緑と銀で飾り付けられていた大広間が一斉に真紅と金に変化し、大喝采が沸き起こる中、ダンブルドアほどの魔法使いになると、杖が無くても魔法を使えるんだなあと、名前はそんな事を考えていた。
試験結果が次の日発表されたが、名前はどの科目も一応パスしていた。変身術だけ抜群に良かったが、まあ後はそれなりだ。予想通り薬草学の結果はかなり悪かったが、名前は気にしなかった(アーニーはかなり引いた顔をしていたが、その事も名前は気にしなかった)。ちなみに、名前達の学年一位は当然ハーマイオニーだった。
生徒達はセストラルの牽く馬車に乗り込み、ホグズミード村の駅へ行き、それからホグワーツ特急に乗り込んだ。名前にとっては二度目のホグワーツ特急だ。あの時はジャスティンと二人きりだったが、今はハンナとスーザン、それからアーニーも一緒だった。
車内販売が来て、名前はやはり蛙チョコレートを買い込んだ。すると他の皆も釣られたのか同じく蛙チョコを買ったので、五人で開封式をする事になった。
名前がいつものように出たカードをハンナに渡していると、向かい側に座っていたジャスティンが、「ほら、見て下さい」と自分が引いた蛙チョコカードを名前に見せてきた。虫取り網を持って走り回っていた老魔法使いが、やっとの事で捕まえたニフラーを捕まえ、安堵の溜息をついている。スキャマンダーは名前に気付くと、疲れた様子を滲ませつつも笑顔を作り、小さく手を振ってみせた。
「大当たりの魔法使い、そうだよね?」
名前がくすくすと笑っていると、アーニーが愕然とした顔をしているのが目に入った。
「だから僕は、名前と友達になるのはよせって言ったんだ……!」
どうやらアーニーは、ジャスティンが話す綺麗な英語が訛るのが許せないらしい。名前は謝りつつ、これからも色々仕込んでいこうと心に決めた。
ロンドンまでの汽車の旅はあっという間だった。押しつ押されつしながら、名前達は勢い良くプラットホームに飛び出した。あちらこちらから家族の再会を祝う声が聞こえてくる。
「名前、夏休み泊まりに来てちょうだいね。絶対よ」ハンナが言った。「ママもパパも、貴方に会いたがってるわ」
名前は頬を緩ませた。こんなに嬉しい誘い、なかなか無い。
「――絶対説得するよ、秘密兵器もあるし」
「秘密兵器?」
ハンナは知りたそうにしたが、名前は「内緒」と言うだけに留めた。ふと、ホームの奥の方に一際目立つ姿があった。背が高いせいで、人垣から頭が飛び出している。名前はパッと振り返って「じゃあまたねハンナ、みんなもまたね!」と言って、彼らの返事も待たず、トランクを引きずりながら歩き出した。
「おじさん!」
その魔法使いは自分が呼ばれているとは思わなかったのだろう、何度呼んでも視線を寄越してくれすらしななかったが、名前が「クラッブおじさん!」と再三声を上げると、漸く後ろを振り返った――クラッブ氏、つまりクラッブの父親だ。名前の父の唯一の友達で、そして親友だった人だ。
クラッブ氏は名前を見ると、小さな目を一際丸くした。どうやらクラッブ親子はマグル界を経由して帰るのか、彼は長袖のシャツを着ていて、正直かなり違和感がある。
「名前か? 大きくなったなあ」
目を細めてそう口にする彼に、名前は一瞬くすぐったい思いを味わったが、すぐに考え直した。名前がクラッブ氏と会ったのは四年ぶりで、確かに名前はその頃より大きくなっている筈だが、正直この一年間でのクラッブの成長度合いの方が上だからだ。名前が目を離した隙に、クラッブは見上げるほど大きくなっていた。信じられない事に。
どうやらクラッブ夫妻は二人揃って一人息子を迎えに来たらしかった。しかしそのクラッブはゴイルと何事かを話し込んでいるようだし、夫人は別の保護者と世間話に勤しんでいる(恐らく、ゴイルの母親だ。知り合いだったらしい)。クラッブなんて、明らかに名前に気付いている様子だったのに、名前が手を振っても無視をしてきた。名前はムッとしたが、そんな様子をクラッブ氏に見られている事に気付き、仕方がないので許してあげる事にした。
「……倅は相変わらず面倒を掛けているようだね」
名前は首を振った。それから、クラッブが戻ってこないのを良い事に、名前はクラッブ氏に色々な事を話した。アッシュワインダーを作った事、禁じられた森に入ろうとして見付かった事、湖にヒッポカンパスの卵があったが割れてしまった事、スリザリンの寮からは湖の中が見えるようになっているらしいので、いつか入り込んでやろうと思っているという事。
名前がハッフルパフに組み分けされたと知ると、クラッブ氏はかなり驚いたようだったが、それでも祝福してくれた。「随分と学校生活を楽しんだようだ、名前」
後見人の男はまだ来ていないのかとクラッブ氏が尋ねるので、名前は頷いた。キングズリーは迎えに来るとは言っていたが、時間通りに来るかどうかは怪しいところだ。もちろん彼が時間にルーズだというわけではなく、単純に彼がいつも仕事に追われているからだ。闇祓い局はいつでも人手不足らしい。
クラッブ氏は聊か困ったような顔をして、彼が来るまで一緒に居ようかと言ってくれたが、結局名前は断った。以前、名前がクラッブの家に遊びに行きたいと駄々を捏ねた時、キングズリーはやんわりとだが拒否し、結局一度も許してくれなかった。たった一人の友達の家に遊びに行くくらい、連れて行ってくれて良いと思う。しかし当時は解らなかったが、ホグワーツに入学した名前はグリフィンドールとスリザリンの相性の悪さを目の当たりにしていたし、その為キングズリーとクラッブ氏の間にも何かあるのかもしれないと、今ではそう思うようになっていた。名前だってクラッブ親子とまだ一緒に居たかったが、いつまでも付き合わせるわけにはいかないだろう。
「パパ!」クラッブが呼んだ。
いつの間にか、クラッブと夫人が少し離れた位置に立っていた。いつまでも来ない父親に痺れを切らしたという様子だ。クラッブ氏は彼らを待っていたというのに。勝手なものだと名前は少しだけ思ったが、クラッブ氏も同じ事を思ったようで、小さく苦笑をもらしていた。そんな彼は「じゃあまた、元気でな」と言って名前の頭にぽんと手を置くと、息子と妻の元へと歩いて行った。
名前は親友とその両親が、9と4分の3番線を隔てる壁の方へ連れ立って歩いていくのを黙って見ていた。
「――ねえ! ビンセント!」
名前がそう叫ぶと、クラッブは面倒臭そうに振り向いた。しかし名前がぶんぶんと手を振って、「またね!」と叫ぶと、彼も名前に手を振ってみせた。名前は彼らの後ろ姿が壁を通り、マグルの世界へと消えるまで見守ってから、どこか腰を落ち着けられる場所を探そうとゆっくり歩き始めた。
名前は夏が嫌いだった。夏はいつも名前に憂鬱をもたらしたからだ。しかし今年の夏は少しだけ楽しくなりそうだと、そんな予感がしていた。
[ 878/921 ]
[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]