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 結果的に言えば、名前の期末試験はつつがなく終了した。筆記試験は兎も角として、パイナップルを躍らせたり、ねずみを変身させたりといった実技試験は、大体問題なく出来ていたと思う。苦手な天文学も、まあ及第点は取れているだろう。
 もっとも、最終日はあまり集中できなかった。ルーマニアから手紙の返事が届いたのだ。チャーリーは、ハグリッドが孵した赤ちゃんドラゴンの写真を、大量に同封してくれていた。名前はそれを早くハグリッドに見せたくて、忘れ薬の調合の工程を殆ど間違えながら試験を終えた。
 試験終了後、名前はすぐにハグリッドの小屋へ向かうつもりだったのだが、皆で答え合わせしよう!と主張するアーニーに逆らえず、ハンナ達と共に中庭に向かった。大広間はOWLの試験中で入れなかったし、寮に戻るより中庭の方が近かったからだ。それに、一年生だから試験が少なかっただけで、まだ談話室では殺気立った上級生が最後の追い込みをかけている可能性がある。
 名前はアーニーが話すのを聞きながら、自信が無かった天文学より、薬草学の方がずっとまずい事に気が付いた。彼らが話すどの植物も、殆ど書いた覚えが無かった。薬草学は筆記のみだったので余計にまずい。
 赤点かもしれないと名前がぼやくと、アーニーはかなり呆れた様子だった。
「信じられない、いったいどうしてそんな事になるんだい? 試験問題の半分は談話室に飾られてるじゃないか」
 流石の名前でも傷付いた。もっとも、勉強をサボった名前が百パーセント悪いのだが。名前は気分を害した振りをしてそのまま友達の輪を抜け、一人ハグリッドの小屋へと向かった。

 小屋の扉をノックすると、ハグリッドが顔を覗かせた。前に顔を合わせた時よりは幾分か元気そうだ。「よう、名前」
「おまえさん、今日はテストじゃないんかい?」
「もう終わったよ!」名前が言った。「あたし、ハグリッドに見せたいものがあって来たの」
「俺に見せたいもの?」
 名前がノーバートの写真を渡すと、ハグリッドは感激して飛び上がらんばかりだった。少なくとも、間違いなく森小屋は大きく一揺れしたし、ファングは驚いてきゃんと鳴いた。ハグリッドはやがておいおいと泣き出した。「俺のちいちゃいちいちゃい赤ちゃんノーバート!」
 写真に写っているノルウェー・リッジバッグは、既に乗用車よりも大きくなっていた。その為、ちいちゃいちいちゃいという形容が果たして正確なのかは微妙なところだ。しかしハグリッドには、ノーバートが火を噴いて暴れ回っている写真(当然無音だが、辺りを飛び回るドラゴン使い達の悲鳴が聞こえてくるようだ)が、小さな赤ん坊がぐずっているだけに見えるらしい。嬉しそうなハグリッドに、名前もにっこりした。
「この子女の子だったんだって。チャーリーはノーベルタって呼んでるって書いてた」
「ノーベルタ……!」
 ハグリッドは感激して声も出ないようだった。またしても泣き出したハグリッドに、名前も苦笑してその広い背を撫でた。

 暫くすると、ハグリッドもいくらか落ち着いてきたようだ。ありがとうな名前、と繰り返す彼に、名前は首を振った。
「チャーリーが、ノーベルタはルーマニアで元気にやってるから、ハグリッドによろしくって」
「ああ、ああ」ハグリッドは再び涙ぐんだ。「おまえさんもあいつも、親切な奴だ」
 ハグリッドはそれからノーバート改めノーベルタとの思い出を話し始めた。生まれた時から母親のハグリッドの事を解っていたという事、飲むように鼠を食べた事、驚くほど美しい火を吹いてみせたという事。名前は一つ一つに相槌を返していたが、死ぬほど羨ましかった事は言うまでもない。


 少しだけ元気になったハグリッドは、カップに残っていた紅茶をぐいっと飲み干すと、テストを頑張ったご褒美に、以前見せ損ねた秘密プロジェクトを内緒で見せてくれると言った。実はかなり気になっていた名前はぴょんと飛び跳ね、ハグリッドの後ろをついて小屋を出た。
 彼はそのまま、秘密プロジェクト――彼が以前腕に抱えていた、大きな木箱が関係しているのだろうか?――へ案内しようとしていたが、歩き出す前に「ハグリッド!」と声を掛けられた事で立ち止った。小さな影が三つ、駆け寄ってくるところだった。ハリー・ポッターだ。

 ハリーと、それからハーマイオニーとロンも一緒だった。城から走ってきたのか、肩で息をしている。小屋のすぐ手前までやって来たハリーは、名前がハグリッドと居る事で、聊か驚いたようだった。
「ハリー!」ハグリッドが嬉しそうに手を振った。
「ハグリッド、僕聞きたいことが――」
「見ろ、ハリー! チャーリーが送ってくれたんだ、ノーベルタだ! 俺の可愛い可愛いノーベルタ!」
「ノーバー――えっ」
 ハグリッドに勢い良く写真を手渡され、ハリーは一瞬戸惑っていた。写真に写るちいちゃいちいちゃい赤ちゃんノーバートがぐんと成長した事を祝えば良いのか、太い木々を薙ぎ払い、ドラゴン使い達が束になってじりじりと近付いている事を面白がれば良いのか、焼け野原の向こうで新たに燃え始めた事に怖がれば良いのか、判断が付かないらしい。
 ハリーの後ろから走ってきて、やっとの事で追い付いたハーマイオニー達は、あのドラゴンってメスだったの?と名前に尋ねた。
「そうらしいよ」名前が言った。
「道理で凶暴なわけだ」ロンがぼやいた。チャーリーの影響なのか、どうやらロンはドラゴンに詳しいらしい。全般的に、雄より雌の方がずっと凶暴なのだ。「ま、オスの赤ちゃんドラゴンがどのくらい大人しいのかは知らないけどさ……」
 ハグリッドはそのままハリーにノーベルタの事を話したがっていたが、ハリーはそれよりも先に声を出した。「僕達、今すごく急いでるんだ。聞きたい事があるんだけど、ノーバート――ノーベルタを、賭けで手に入れた夜のことを覚えているかい?」
 取り扱い禁止品目に真っ先に書かれているような物品を、ハグリッドがどうやって手に入れたのかは名前も不思議だったが、話を聞いている限り、どうやら見知らぬ人との賭けトランプで手に入れたらしい。ハグリッドが言うには、ホグズミード村のホッグズ・ヘッドというパブには、そういう怪しい人物が居るのは別段普通の事なのだという。
「あそこのバーテンは口が堅くてな。俺は最初、あいつが口が利けねえんじゃねえかと思ったよ。だがそのせいで、おかしな奴も大勢ウヨウヨしとる。ドラゴンの売人だったんかもしれんが、顔も見んかったよ」
 どういうわけか、ハリーは卵の入手経路が気になるらしかった。もっとも、自分もドラゴンを飼ってみたいと思っている様子ではない。
 フードを被っていたから人相は解らない、ハグリッドがそう答えると、ハリーは焦れたように「どんな話をしたの?」と尋ねた。「ホグワーツの事、何か話した?」

 ハグリッドは少し考えた様子を見せてから、色々な事を話したと答えた。自分がホグワーツで森番をしている事、色んな動物を飼っているが、中でもドラゴンがずっと欲しいと思っている事。
「だから言ってやったよ。フラッフィーに比べりゃ、ドラゴンなんか楽なもんだって……」
「それで、そ、その人は、フラッフィーに興味あるみたいだった?」
 名前は彼らの様子を眺めながら、自分が今、何かとんでもない事を聞いているのではないかという気がしてならなかった。
 ハグリッドが賭けをしたという見知らぬ人物は、ハグリッドがドラゴンが欲がっている事を元々知っていたのではないだろうか? 敢えてハグリッドに酒を奢り、わざとドラゴンの卵を押し付けたのではないだろうか? 名前はじわじわと嫌な予感を感じていたが、次の瞬間、訳が解らなくなってしまった。
「そりゃそうだ、三頭犬なんて、例えホグワーツだってそんなに何匹も居ねえだろう?」
 事もなげにハグリッドがそう口にした。名前はぽかんと口を開けた。

「ハグリッド、もう三頭犬を飼ってるの?」
 思わず名前はそう口を挟んでしまったが、次の瞬間しまったと思った。ハグリッドは何故かドキッとした様子で名前を見るし、その隣のハリーまでもが驚いた様子で名前を見たからだ。
「君、三頭犬の事を何か知ってるの?」ハリーが聞いた。
 名前はぱっと口を押えたが、間に合わなかった。ハーマイオニーとロンも、何故か狼狽えたように名前を見る。
「あの、その……」
「重要な事なんだよ!」
 ハリーの強い口調に、ハーマイオニーが「ハリー!」と咎めるような声を出した。ハリーは微かに眉を寄せ、「いいかい、もし君が何か知ってるなら、僕にそれを教えて欲しいんだ」と幾分か和らげた言い方で名前に言った。
 名前はハリー・ポッターの額に、例の傷跡が本当にある事をたった今知った。そしてそのハリーが険しい顔付きで自分を見るので、すっかり困ってしまった。


 ――三頭犬の事は、サプライズだと言っていた。三頭犬は鍵と領地の番人に相応しいし、なかなか珍しい魔法生物だからハグリッドでも育てた事がないだろうと。普段から世話になっているので、お礼にサプライズでプレゼントしたいのだと。クィレルはそう言っていたではないか。名前は必ず内緒にすると約束したし、名前だってハグリッドが喜ぶ顔は見たいのだから、ここでサプライズを台無しにしてしまうのは嫌だった。
 しかし、同時に――嫌な予感もするのだ・・・・・・・・・
 名前は考えた。そして、ハリーに手招きをした。
 ハグリッドが既に三頭犬を――フラッフィーという名の三頭犬を飼っているのなら、名前はそれを急いでクィレルに伝えなければならないし、彼も贈る前に知れて良かったと思うだろう。それからクィレルは三頭犬以外の魔法生物を探すだろうし、そもそもホグワーツに働き出して五十年になるのを祝う事が肝なのであって、三頭犬が重要なわけではない。つまり、サプライズの計画がばれなければ、何の問題も無い筈なのだ。
 怪訝な表情を浮かべたままのハリー。その耳元に口を寄せる。
「あのね、絶対内緒にしてね」名前が囁いた。「普段のお礼がしたいから、ハグリッドに三頭犬を内緒で贈りたいって言われたの。三頭犬は森の番人のイメージにぴったりだし、ハグリッドも、きっと飼っていないからって」
 ハリーは今や、血の気を失っていた。もっとも、名前も同じような顔をしているかもしれないが。「それ、誰に聞かれたの?」
「――クィレル先生だよ」
 今度こそ、ハリーは絶句したようだった。

 名前と、そしてハグリッドが呆気に取られている間に、ハリー達は走って城に戻ってしまった(ハーマイオニーは、「名前、後でちゃんと説明するわ……!」と言っていた)。何となく嫌な予感が――ハグリッドにドラゴンの卵を押し付けた見知らぬ人物が、実はクィレルなのではないかという考えが――頭から離れず、箱に詰められたマンティコアの群れを目にする事も無く、名前もそのまま城に戻った。
 ハグリッドは三頭犬を既に飼っているという事を伝えようと、闇の魔術に対する防衛術の教室にも寄ったが、クィレルはどこにも居なかった。そして大事件が起こったのは、その日の日付を跨いだ頃の事だった。

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