39
それからの数日、名前ははらはらしながら過ごしていたが――同時に、赤ちゃんドラゴンを見に行きたいという欲求とも戦っていた――日曜日に大事件が起こった。もっとも、名前には直接にはあまり関係が無いのだが。グリフィンドールの得点が、一夜にして百五十点も減点されていたのだ。
噂の出所は解らないが、ハリー・ポッターと彼の友達数人が何かをしでかし、寮の得点を減らしてしまったらしかった。アーニーはぷりぷりと怒っていた。
「一体、どういうつもりなんだろう。英雄が聞いて呆れる、皆で稼いだ寮の得点だっていうのに、もっと人の事を考えるべきじゃないか?」
周りに居る寮生達が、口々にそうだそうだと頷いている。別に演説するのは勝手だが、朝食の席ではやめて欲しかった。
不思議だったのは、ハリー・ポッターはグリフィンドール生であって、ハッフルパフ生じゃない。同寮生なら兎も角、名前と同じハッフルパフのアーニーが怒るのは筋違いというものだ。しかしハリーに腹を立てているのはアーニーだけではないようで、ハッフルパフ生だけでなく、レイブンクロー生も怒っているようだった(スリザリンは少し様子が違った)。
「アーニーもだけど、みんな何であんなに怒ってるの?」
名前が隣に腰掛けたジャスティンに尋ねると、彼も困った様子だった。「そうですね……」
「ここ何年もスリザリン寮が寮杯を獲得しているので、それならせめてグリフィンドールに優勝して欲しかったという事でしょうね。僕達は、かなり得点で負けていますし」
「ふーん」名前は頷きつつも、納得はできていなかった。
正直なところ、名前は寮杯なんてどうでも良かった。ハッフルパフが優勝したら、それはまあ嬉しく思うかもしれないが、そうでないならスリザリンだろうが、グリフィンドールだろうが、どちらでも一緒だ。点数が低いのだって、自分達の普段の行いが反映されているからなのだし、皆も変な事で怒るものだ。他寮を減点されて怒るくらいなら、普段からもっと頑張っておけば良かったのに。もちろん普段から頑張った末の事かもしれないし、そもそも学期の頭に特大の減点をされた名前が言うことではないのだが。
しかしながら、ドラゴンという単語が聞こえてきて、名前はかなりぎくりとした。ハグリッドが持っている卵の事がバレたのではないかと思ったのだ。もっとも、そういうわけではないようだ。
曰く、ポッターはスリザリンの生徒を貶める為、わざわざドラゴンが居るという大嘘をついて呼び出したのだとか。そして減点されたのは、その際に自分もへまをやらかしてしまったかららしい。
ハリーと一緒に居たという生徒が誰なのかは解らないが、名前は先週ホグワーツにドラゴンが居た事を偶然知っているし、ドラゴンに噛まれた生徒も偶然知っていた。
結果的に、名前の嫌な予想は少しだけ外れることになった。特に知りたかったわけではないのだが、ハリーと一緒に寮を抜け出した生徒が誰かがその後すぐ判明したのだ。ロンではなく、ネビル・ロングボトムだ。
月曜日、薬草学のクラスへ向かう途中、突然前を歩いていた生徒が突然爆発した。名前達はぎょっとして立ち止まり、様子を伺った。幸いにもどうやら爆発は見た目だけだったらしく、もうもうと煙が立ち上っているものの、大怪我をしたような様子は見受けられなかった。
しかしながら、赤い煙の中から、「ネビル・ロングボトム!」という特大の怒声が辺りに響き渡った。思わず耳を塞いでしまうほどだ。
老魔女の罵声は長々と続いた。夜中に寮を抜け出すなんてとんでもない、規則をなんだと思っているのか、これほどまでに恥ずかしい思いはした事がない、両親に申し訳ないとは思わないのか、ほとほと呆れ果てた、一族の恥、無事に家に帰れると思うな等々。
哀れなネビルは――漸く思い出したが、足縛りの呪いを掛けられていた男の子だ――すっかり縮こまってしまっていた。人波が彼を避けていくのを眺めながら、名前達も歩き始めた。
「いまの、何……?」
恐々と尋ねるハンナに、スーザンが答えた。「吼えメールよ」
「ああして伝えたい文章を声で届けるの。普通はあんな風に急に爆発したりはしないんだけど、彼は受け取った時に開けなかったみたいね」
「そ、そう……」
名前も知識としては知っていたが、実際に見たのは初めてだった。キングズリーが送ってきたらと思うと最悪だ。これからはもう少しいい子にしよう、そんな事を思いながら一号温室へ向かった。
ハッフルパフとグリフィンドールは普段は比較的仲が良いのだが、この日ばかりはそうは行かなかった。どうやら、名前が思った以上に、グリフィンドールの大減点について腹を立てている生徒が多いらしい。ハッフルパフ生でさえそうなのだから、当然グリフィンドール生の怒りは相当なものだろう。
四人組を作るように言われたのに、一人で呆然としているネビルを見て、ハンナは心苦しそうな顔をした。彼女がそのまま名前を見るものだから、名前は肩を上下させるしかない。ちなみに、そんなやりとりを見たスーザンは小さな溜息をこぼした後、他の女の子と組を作る為に他所に行ってしまった。名前はハンナとネビル、それからスーザンの代わりに加わったアーニーと共に、この日の授業を受けることになった。
アーニーはハリー達に腹を立てていた生徒の筆頭だったが、あんまり哀れなネビルを見たからか、特に嫌味を言ったりすることはなかった。しかし――嫌味を言うどころか、作業中の会話がまったく無くなってしまった。別に無言で進められるのだが、決して楽しくはない。ネビルは申し訳なさそうに縮こまっているし、ハンナはおろおろしているし、アーニーは気まずそうにするばかりだ。薬草学なんて、作業中の軽いお喋りと、手袋を嵌めてドラゴンの気分を味わうくらいしか楽しみが無いのに。名前は内心で溜息をついた。
「ね、元気出してよ」
名前はネビルに話し掛けた。「あたしなんか、一人で一日に二百点減点された事あるよ」
隣のアーニーが何かを言いたそうな顔をしたが、名前は無視した。ネビルは名前の発言が彼を元気付ける為の冗談なのかどうか判断できず、申し訳なさそうに少しだけ苦笑いした。名前も笑った。
「ポッターってヤな奴、他の人まで巻き込むなんてさ――」
「ち、違うよ……!」
ネビルが口を挟んだので、名前は少々意外に思った。もっとも彼自身、自分の行動に驚いているようだったが。その、とネビルは小さく言葉を続けた。
「ハリーが夜中に抜け出したのは本当だけど、本当はマルフォイがハリーを捕まえようとしてたんだ。だから、ハリーが悪いんじゃないんだよ。僕は止めに行こうとして……ハリーは僕が来たのは予想外だったんだと思う。すっごく驚いた顔をしていたもの」
だから悪気は無かったんだと思う、とごにょごにょ言葉を結んだネビルに、名前は「そっか」とだけ返した。
名前達がネビルやハリーのことを責めなかったからなのか、ネビルは少しだけ元気が出たようで、ぽつぽつと会話が続くようになった。
「僕、グリフィンドールに相応しくないよ」ネビルはすっかりしょげていた。
「組み分け帽子に何度も言ったんだ。グリフィンドールはやめて欲しいって。けど、結局組み分けられちゃった。ばあちゃんは、僕がパパみたいに勇敢な魔法使いになって欲しいって思ってるみたいだけど、でも……」
そこでネビルが言葉を区切ったのは、実際にハッフルパフに組み分けられている生徒達を前にして、まさかグリフィンドールは嫌だからハッフルパフに入れて欲しかっただなどと言えないと、途中で気付いてしまったからだった。しかも、孤立した自分をわざわざ組に入れてくれたというのに。
気まずい沈黙が流れた。しかし、名前は他の事に気を取られていて、ネビル達の微妙な雰囲気に気付かなかった。
「待って、組み分け帽子って喋るの?」名前が言った。
ハンナも、そしてアーニーも名前を見た。ネビルはぽかんとして、名前を見返した。
「だって、君も話し掛けられたでしょう? 頭の中から、直接声が聞こえてくる感じで」
「ううん」
「ほんとに?」
ネビルは不思議そうにしていたが、ハンナが名前の代わりに答えた。微かに笑っている。
「名前は話してない筈だわ。だって、ぼ、帽子を持った瞬間、ハッフルパフに選ばれていたもの」
「あたし、他の皆は帽子を被って、帽子が寮を選ぶのをただ待ってるだけだと思ってた……!」
ネビルはぽかんとしていたし、アーニーは明らかに笑うのを堪えていた。何なら周りの班の生徒達も肩を震わせたり、顔を俯かせて小刻みに揺れたりしている。植え替え作業の進捗確認のついでにおしゃべりを注意しにきたスプラウト先生でさえ、笑いながら名前達に手を動かすようにと言った。
どうやら組み分けの儀式の際、組み分け帽子を被っていた生徒達は皆、どの寮に入りたいだとか、あの寮はやめて欲しいだとか、そういう事を帽子に伝えていたらしい。名前は完全に不貞腐れた。そんなのってずるい。不公平だ。
そんな名前を見て、「じゃあ他の寮が良かったの?」とハンナが尋ねる。名前は少し考えた末、首を横に振った。ハッフルパフに特に不満があるわけではないのだ。
「あ、でも、スリザリンの談話室から湖が覗けるのは羨ましいよ」
「貴方まだそれ言ってるの……」
困ってしまったネビルは、名前達のやりとりを見て、漸く微かな笑みのようなものを浮かべた。
[ 874/921 ]
[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]