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水曜日。闇の魔術に対する防衛術の授業の後、名前はクィレル先生に呼び止められた。教師に引き止められる心当たりが沢山ある名前はぎくっとしたが、そんな名前を見て取ったのか、クィレルは少し話したいだけだと念を押した。名前はハンナ達に先に寮に戻ってもらうようお願いし、クィレルの後をついて彼の自室へ向かった。
防衛術の教室のすぐ隣に、担当教諭の部屋があった。スプラウト先生の部屋と違い、肥料の匂いはしないが、その反面やけに無機質だ。きっちりと並べられている本棚、必要最低限の机と椅子。猛烈なにんにくの匂いさえなければ、学者ならこんな部屋に住んでいるだろうと思わせるような部屋だった。
クィレル先生は椅子を出現させると、名前に掛けるように言った。
出された紅茶を飲みながら、名前はクィレルの言葉を待った。話し始めるまでに、彼は二度指を組み替えた。「せ、先日の、魔法薬学の授業だが」
クィレルに言われ、名前は前日に行われた魔法薬学の授業を思い出した。地下牢教室にまね妖怪が現れた授業だ。
「あ、後から思ったのだが、私がく、口を挟んだことで、セ、セブルスは余計に怒ったのではないかと、そうお、思ってね……」
できれば口を挟む前に思い出して欲しかったが、名前は曖昧な笑みを浮かべるだけに留めた。あの後、スネイプは授業を始めたが、普段より生徒達にきつく当たったし、減点も普段より多かった。名前は授業だけで三回も減点された。新記録だった。
名前が答えないのを肯定と受け取ったのだろう、クィレルは静かな声で「も、申し訳なかった」と呟いた。
クィレル先生は名前のまね妖怪への対処は完璧だったと褒めてくれた。
「ふ、普通、此方が複数人であれば、ボガートへの対応はよ、容易な筈なんだがね。い、一般的にはだが。あの時は、生徒達のきょ、恐怖の意識がも、亡者に支配されていた。後から聞いたが、君はボガートの気、気を引き付けて、対処にあたったそ、そうだね。す、素晴らしい」
「あの……ありがとうございます」名前は少し照れた。
先生はあまり人を褒めない――むしろ、生徒と話すことすら怖がっている節がある――ので、そんな彼からの素直な賛辞は、名前にとって面映ゆいものだった。照れ隠しに「先生の前に立ったら、ボガートは何になってたんですか?」と尋ねた。
クィレルは少し間を置いてから、吸血鬼だろうと静かに言った。確かにあの時、クィレルを見て姿を変えようとしていたボガートは、何か背の高いものになろうとしていた。マントか何か外套を着ていたようだったし、人型の存在だったことは間違いない。
お詫びにと出してくれたお菓子を食べていると、クィレル先生は言いづらそうに「ミス・名字にき、聞きたい事があってね」と口にした。
「聞きたい事? わたしに?」
「君はほら、ま、魔法生物に詳しいだろう。三頭犬をし、知っているかね」
「三頭犬?」
名前はクィレル先生の言葉を繰り返した。ギリシャ原産の魔法生物だ。名前が頷くと、先生は此処だけの話なのだが、と静かに話し始めた。
曰く、森番を務めているハグリッドが、ホグワーツで働き始めてもうすぐ五十年になるらしい。普段から世話になっているし、闇の魔術に対する防衛術で魔法生物を扱う時は彼に頼り切りなので、普段の感謝も込めてお祝いに三頭犬を贈りたいという事だ。何故三頭犬なのかといえば、流石のハグリッドでも三頭犬は飼っていないだろうし、ホグワーツの鍵と領地を守る番人の相棒として相応しいからだという。
確かに三頭犬は銀行等でも使われているほど、何かを守るにはもってこいの生き物だ。その盤石の守りは、ドラゴンやスフィンクスにも引けを取らないほどだ。そして、かなり大きくなるので個人で飼うことは難しいが、普通の人より大きいハグリッドであれば、もしかすると何とかなるかもしれない。
ハグリッドは勿論、彼と親しいケトルバーンにもなかなか聞く事が難しいので(「ハ、ハグリッドほどじゃな、ないが、シルバヌスもあ、あまり口が堅い方ではな、なくてね」と、クィレルは困ったように言った)、魔法生物に詳しい名前に聞きたいという事だった。
名前は三頭犬をプレゼントされ、感激しているハグリッドを想像した。あの黒いコガネムシのような瞳に涙を湛え、それから感激のあまりおいおいと泣き始めるかもしれない。
名前は三頭犬について自分が知っていることを教えた。ギリシャ原産の魔法生物だという事、飼い主には忠実で、その命令を死ぬまで守るという事、銀行等でも使われており、何かを守るのには持ってこいだという事。
「そ、そんな生き物を、一体ど、どうやって懐柔するんだい」クィレル先生は恐々と聞いた。
「そうですね、個体差はあるけど、三頭犬は甘い物が好きです」
名前が言った。「それから音楽も」
「……音楽?」
クィレルの声はか細くも震えてもいなかったが、名前は少しも気が付かなかった。
「マグルの神話にもあるじゃないですか、ほら、えーっと……オルフェウスの……」
「め、め、冥界く、下りかね? ギ、ギリシャ神話の」
「それです、多分」
名前はクィレル先生がずばりそのものを言い当てた事を意外に思った。マグル界で育った名前なら兎も角、魔法使いの彼がマグルの神話を知っているのは違和感がある。しかし前にハグリッドの小屋で会った時、以前は闇の魔術に対する防衛術ではなくマグル学を教えていたと言っていたし、恐らくそういう方面にも明るいのだろう。もしくは、彼も名前と同じようにマグル界で育っているのか、もしくはマグル生まれなのかもしれない。
名前は言葉を続けた。「奥さんを助けに冥界に行こうとするオルフェウスを番人のケルベロスが阻むけど、オルフェウスは実は竪琴の名手で、彼の見事な演奏を聞いてケルベロスは眠り込んじゃって、オルフェウスをまんまと通してしまうっていう」
「さ、三頭犬は、どの個体もお、音楽が好きなのかね?」
「好きっていうか、一定のリズムを感じると寝入っちゃうんじゃないかって言われてます」
クィレル先生は何事かを考え込んでいる様子だった。なお、何かを警備させる時には敢えて雑音を聞かせたり、逆に聴覚を取ったりするらしい。名前がその事を付け足すと、先生は慌てて頷いた。
「いや、何、もう少しは、早く君にき、聞いておけば良かったと、そ、そう思ってね……」
それからクィレル先生は、三頭犬の事はとっておきのサプライズなので、誰にも言わないようにと名前に念を押した。また、三頭犬を贈ると決まったわけではないので、他にハグリッドが喜びそうな魔法生物が居たら教えて欲しいと言った。名前は勢い良く頷いた。
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