例の女

 どこかで見た女だ、とソニックは一瞬考えたが、すぐに思い出した。刑務所に居た女だ。無彩色の囚人服を着ていたからだろう、雰囲気が違う。背後に回り込み、「おい」と声を掛ければ、女は振り返った。その顔に驚きの色はなく、ソニックは内心で舌打ちをした。
「お前、刑務所に居た女だろう。何故外に出ている」
「何故って、そりゃ、脱獄したからよ」
「脱獄だと?」
 あの怪人ですら収容できるとされる強固な刑務所から? この俺でさえ例の男色ヒーローの後をついて出たというのに? 虫も殺したことのなさそうなこの女が?
 そもそも何故、この女は刑務所に居たんだ。

「もうあそこにはプリズナーさんは居ないもの。居たって仕方ないわ」
「ああ、なるほ……は?」


 女は名前と名乗った。別にソニックが尋ねたわけではない。女が勝手に名乗り、勝手に自己紹介を始めたのだ。
 曰く、自分は例のぷりぷりプリズナーの大ファンであるということ。曰く、その気持ちは最早ヒーローに対する一市民の感情ではなく、恋愛感情に近しいのだということ。曰く、自分はただの一般人で、しかも女だから、プリズナーに好かれる要素はなく、接点もないのだということ。曰く、プリズナーが収監されている際には、自分も犯罪を犯して同じ刑務所に入れられているのだということ。それは少しでもプリズナーに自分を知ってもらいたいからで以下略。
 聞きたくなかった。色々な意味で。
 あの濃ゆい男の顔は、今でも嫌な意味合いで脳裏に焼き付いている。俺をちゃん付けで呼び、あまつさえ万年男子に発情中だと豪語した男。思い返すだけで鳥肌が立つ。そしてその男に、この女は恋をしているというのか。この世の神秘を垣間見てしまった気がする。

「あの男のどこが良いんだ」
「どこって……」
 女はちらりと俺を見て、それから言った。
「だって、かっこいいじゃない」


 かあっと顔を赤く染めた女を見遣りながら、ソニックは顔を顰めた。妙な趣味をした人間というのは本当に居るんだなあと。そうして、その嗜好の狂った女の照れた表情が、存外可愛らしかったとか、そんなまさか。
「一つ言っておくが、いっそあいつの前で暴れて悪人として対峙した方が、印象に残るんじゃないのか」
「……あなた、結構いい人ね」
 名前は笑った。

 でもしないわ、そうするとプリズナーさんの活躍を見れなくなるもの、という女の言葉を聞きながら、ソニックはその場を後にした。名前はああ言ったが、自分が余計なことを言った気がしてならない。女が本当にヒーローの目前で犯罪を犯し出したとしても、俺には知ったこっちゃない。

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