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マートラップが即没収されたと知ると、フレッドもジョージもかなり驚いていたし、何なら彼らも呆れていた。
「寮の部屋で育てようとしたのか?」
「もっとあるだろ、階段下の物置とか、五階の鏡の裏とか……」
名前は返事の代わりに持ってきた凍結卵を投げ付けたが、二人は器用にキャッチしてみせた。彼らはビーターの筈だったが、シーカーとしてもやっていけるかもしれない。二人は口々に礼を言って、仏頂面の名前をその場に残したまま、グリフィンドール塔のある方に走っていった。
北風に身を震わせつつ名前が校庭を歩いていたのは、ケトルバーン先生にマートラップを見せてもらえないかと頼むつもりだったからだ。マートラップは水辺に棲んでいて、背中からイソギンチャクの触手のようなものが生えている小型の魔法生物だ。ウィーズリーの双子が持ってきたマートラップはまだ生まれたばかりで、歯も生えそろっていなかったし、触手も小さくて可愛かった。飼いたいのではなく、単純に勉強の一環として見たいのだと言えば、ケトルバーン先生なら見せてくれるかもしれない。
校庭の外れにある魔法生物飼育学の教場に向かっていた名前だったが、ふと見慣れた姿を見付けた。ハグリッドだ。木箱を抱えている。名前はぬかるんだ道を軽々と飛び越え、ハグリッドの元へ駆け寄った。
「ハグリッド、何やってるの?」
「よう、お前さんか」
近付いてみて解ったが、木箱には何やら生き物が入っているようだった。ぎしぎしと音を立てている。甲虫ならこういう音を立てるかもしれないという音だ。もっとも木箱はハグリッドがやっと抱えられるほどの大きさなので、そんな大きさの虫が入っていると思いたくはないが。
以前は名前の事を毛嫌いしている様子だったハグリッドだが、今ではすっかり気にならなくなったようだった。「実はな、今、ちいとばかし特別なプロジェクトに取り組んじょるんだ」
「特別なプロジェクト?」
ハグリッドが豊かな黒髭をむずむずさせた。言いたくて堪らないといった様子だ。「ハグリッド、あたし口固いよ?」
「――そうだな、お前さんは魔法生物に詳しいし、こいつらの事もきっと気に入るに違いねえ。よーし……」
ハグリッドはそう言って、その“特別なプロジェクト”を見せてくれようとしたようだったが、ファングが吼えながら駆けてきた事で、頭から吹っ飛んでしまったようだった。ファングはハグリッドの元へ辿り着いても吼え続けている。ハグリッドは「こりゃいかん」と呟くように言い、それから抱えていた木箱を放り出した。
どんがらがっしゃんと酷い音がしたが、ハグリッドは気にも留めなかったし、本当に幸運にも木箱は割れなかった。そしてそのままファングと一緒に走っていってしまうものだから、名前も慌てて後を追った。
ハグリッドの全力疾走は凄まじかった。体が大きいので、気付けば遥か彼方に居るのだ。やっとの事で追い付いた時には、名前は自分の肺が破れてしまったんじゃないかと思ったくらいだった。
禁じられた森の外れに、木で出来た小屋が立っていた。家畜小屋だ。そっと中を覗くと、ハグリッドが何か黒い物の前に跪いている。そして、頑張れ、とか、もうひと踏ん張りだ、とか、その黒い何かに向かって頻りに声を掛けている。名前の存在に気付いたらしいファングが寄ってきて、手をべろべろと舐めた。
「ハグリッド……?」
名前が声を掛けると、振り返ったハグリッドは漸く名前の事を思い出したようだった。
「ああ、名前。すまん、呼んでおいてすまんが今度にしてくれ。どうも難産らしくてな、こいつらの面倒を見てやらにゃ」
「ハグリッド、さっき言ってたプロジェクトってこのセストラルの事?」
「いや――……お前さん、こいつらが見えるんか?」
こくりと頷くと、ハグリッドは微かに目を細めた。「……すまんが手伝ってくれんか、俺の小屋に行って湯を沸かして持ってきてくれ。暖炉の近くにやかんがある筈だ」
「小屋って……おうち、勝手に入って良いの?」
「頼んだぞ」
ハグリッドは再びセストラルに向き直った。そのセストラルは立ったまま、何かを待っているように静かに耐えている。多分だが、小屋の中にもう一頭静かに佇んでいるセストラルは、今まさに生まれようとしている仔馬の父親なんじゃないだろうか。どちらもハグリッドを信頼しているようで、少しも暴れることなくじっとしていた。
名前は「わかった」と小さく言って、今走ってきた道を再び走り出した。
ハグリッドの小屋に開錠呪文を使って入り、やかんを探し、どうにかこうにか湯を沸かした。何か拭くものも必要じゃないかと思ったのだが、一緒についてきてくれたファングが持ってくれそうだったので、近場にあった布巾や布切れをファングに持たせ、急いでハグリッドの元へ戻った。
セストラルの仔馬は、どうやら無事に生まれたらしかった。天馬の中では小さめの種類の筈だが、生まれたばかりなのに名前の背丈よりやや大きいくらいだ。既に授乳を始めていて、親のセストラルは辺りに落ちた血やら何やらを食べている。名前がそんな様子に見とれている間に、ハグリッドは手慣れた様子で仔馬の体を拭いてやっていた。
「これでええ。ありがとうな、名前」
「ううん、生まれて良かったね」
ハグリッドがお茶をご馳走してくれると言うので、二人と一匹でハグリッドの小屋に戻った。
「あいつ、親の方はテネブルスっちゅうてな、父親の方だが、この森で最初に生まれたセストラルなんだ。あいつが父親になるとはなあ」
普段は自然の成り行きに任せるらしいのだが、母体の具合が良くなかったので、ああして畜舎に入れていたらしい。時期は早いが無事に生まれて良かったと、ハグリッドは言った。
「テネブルって、フランス語?」
「ああ、うん」ハグリッドが言った。「暗闇とか、暗黒とか、そういう意味らしい」
「ふうん……お洒落な名前だね」
名前はさりげなく言った。ロックケーキを食べていないことがバレないようにしたかったのだ。しかし、ハグリッドは暫く考え込んでいる様子だった。
「――おまえさんの親父さんもそう言っちょった」
「……あたしのパパ?」
名前が尋ね返すと、ハグリッドは小さく頷いた。名前にそれを言うかどうか、逡巡している様子だった。
「一度だけだが、おまえさんの親父さんと話した事がある。奴さんがそこらをたまたま通り掛かって……セストラルが見えとるようだったんで、見えるんかと聞いたら、名前は何て言うんだと来た。テネブルスだって言ってやったら、奴さん、洒落てると言って笑っておった」
父親の学生時代の話を聞いたのは初めてだった。スリザリンの出身だという事だけは知っていたが、それ以外は殆ど知らない。名前の父親はあまり自分の事を話さなかった。
「……パパもセストラルが見えたんだね。子供の頃から」
「そういう時代だったんだ」
セストラルを見る事が出来るのは、死を目撃し、そして――それを理解した人間だけだ。
名前が黙って紅茶を飲んでいると、ハグリッドがぽつぽつと話し始めた。自分はホグワーツを入学し、そしてそのすぐ後に父親を亡くした事。やがてセストラルが見えるようになった事。色々あって退学になったが、ダンブルドアが此処で生活できるよう取り計らってくれた事。
「俺の母親は……あんまり教育熱心な方じゃなかった。親父は男手一つで俺を育ててくれたんだ。俺はあんまり良い息子じゃなかったが、俺は……俺は親父の事を、誇りに思っとる」
「……うん」
ハグリッドはお土産にロックケーキをたっぷり持たせてくれた。小さく割ったロックケーキはそれでもごつごつしていて、歯や頬の内側に当たると痛かった。名前は小さく鼻を啜りながら、城への道を一人歩いた。
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