31

 一月も終わり掛けになると、雪は殆ど降らなくなり、いつしか冷たい雨に変わっていた。遠目に見える山々にはまだうっすらと雪が残っているが、ホグワーツの城の付近では殆ど溶けてしまっていた。屋外での授業もあるからだろう、時折フィルチが悪態をつきながらモップ掛けをしている。
 走ってくる足音は聞こえていたが、まさか自分に向けてのものだと思わず、「名前!」と声を掛けられた時には手遅れだった。
「え、何――うわーっ!」
 後ろから衝撃がきたと思ったら、雨ですっかり冷え切った二人組にいつの間にか肩を組まれている。「し、信じられない! あたしまで濡れちゃうじゃない!」
 げらげらと笑っているフレッドとジョージは、普段と違って真紅のローブに身を包んでいた。クィディッチの練習帰りだったのだろう。しかし普段と一番違うのは、二人共頭から爪先までびしょ濡れになっている事だ。
 ハンナとスーザンは唖然としていたが、双子の一方が「ちょっと名前を借りても良いかい?」と尋ねると、口々に「じゃあね名前」と言って早々に寮へ続く階段を下りていった。要は見捨てられたのだ。
 二人はひらひらと手を振って、そのたびにぽたぽたと水が滴ってくる。名前は仏頂面になった。自分のローブが湿り始めているのを感じたからだ。何なら、タオル代わりにされている気がしなくもない。

 名前はむすっとしていたが、二人が「取り敢えず、もうちょっとあっちの方に行こう」「フィルチにどやされたくはないからな」と言って歩き始めるので、仕方なく黙ってついていった。壁際で止まった二人を前に、名前は黙ったまま杖を取り出し、自分のローブに温風を当て始めた。
「へえ、便利な魔法を知ってるな。まだ授業で習わない筈だけど」
「まあね」
「濡れ鼠な僕達の事は乾かしてくれないのか?」
 名前が無言でジョージの顔に温風を当てると、彼は面白そうに笑った。
「それで、あたしに何か用だったの?」
「ああ」ローブを絞りながらフレッドが言った。「名前、アッシュワインダーの凍結卵を持ってるだろ?」
「……えっ?」
「しらばっくれても無駄さ、調べはついてるんだ」
 名前は二人の顔を代わる代わるにじっと見た。「何で知ってるの?」
「セドリック・ディゴリー」二人の声が揃った。
「あいつがたまたま持ってるのを見てさ」
「譲ってはくれなかったけど、一年生の子と一緒に作ったって言ってたんだ」
「魔法生物に一番興味ある一年生は君かと思ってさ」
「その顔だと、どうやら当たりだったみたいだな」
 名前は彼らに温風を当ててやりながら(練習帰りだからなのか、二人は杖を持っていないようだった)、どうやら名前に声を掛けたのは当てずっぽうだったらしいと理解した。この二人が名前の事を先生に告げ口したりはしないだろうが、アッシュワインダーの生成があまり褒められた行為でないことは確かだ。ホグワーツはケトルバーン先生のような教師ばかりではない。
「あいつ、変な奴だよな。普通、あれだけぼろ負けしたんだから、もう少し怒っても良いもんなのにな」名前は何も言わなかったが、彼らと殆ど同じ気持ちだった。

 何故アッシュワインダーの卵が欲しいのかと尋ねると、フレッドとジョージは自分達の実験の為だと答えた。曰く、以前授業のセドリックが言っていたように、もしも凍結卵の出来によって効能が変わってくるのであれば、同じ製法でも違う効果の薬ができるのではないかという仮説を立てたらしい。
「モントモレンシー式じゃ、ちょっとばかり効き過ぎちまうからな」
 彼らの言うモントモレンシーが何なのかは知らなかったが、おそらく何らかの魔法薬だろう。確か、熱冷まし以外にも使い道はあった筈だ。
「あげないよ」名前が言った。「折角作ったんだもん」
「まあまあそう言うなよ。僕らだって君から強引に取り上げようってわけじゃない」
「例え傍から見れば僕らが恐喝してるように見えたとしてもな」
 ジョージの言葉で、近くを通る生徒達がちらちら此方を見てくる理由に気が付いた。フレッドとジョージは背が高い方だったし、こうして壁際に居ると、彼らが幼気な一年生をいびっているように見えるかもしれない。
「いくらなら出す、と聞きたいところだが、僕達も金欠だからな」
「そこで交渉だ。君の手持ちのアッシュワインダーの凍結卵を全部くれたら――」
 二人が手招きするので、名前は素直に近寄った。こそこそと耳打ちされ、名前はぱかっと口を開けた。
「ほんとう……?」
「僕らが嘘をつくと思うか?」
「交渉成立ってことで良いな?」
 考えてみれば、二人には煙突飛行粉を買ってきてくれた恩があるし、それが無ければアッシュワインダーも生まれなかったのだ。名前が頷くと、フレッドとジョージは同時ににやっとした。


 一週間後、名前はこそこそと寮の自室に戻っていた。何気ない風を装っていたつもりだったし、実際談話室を通る時は誰にも声を掛けられなかったが、流石にトランクを引っくり返しているのはまずかった。トランクから替えのローブやら、失くしたと思っていた靴下やらを引っ張り出していると、「名前?」と声を掛けられた。
「何をやってるの?」ハンナが言った。
「ちょっと探し物」
 名前はしれっと言ったが、あんまり怪しかったらしい。ハンナは納得したようだったが、スーザンは鋭かった。
「今、何を隠したの?」
「何にも隠してないよ」
「嘘よ。名前、今鞄に入れたものを出しなさい!」
「何にも居ないってば」
 結局、フレッドとジョージが魔法生物飼育学の授業でかっぱらってきた生まれたばかりのマートラップは、半日も経たずに元居た場所に戻されることになった。証拠がなかったし、実際に名前が盗んできたわけではないのでお咎めは受けなかったが、スプラウト先生はかなり困った様子だったし、スーザン達はかなり呆れていたようだった。

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